闇の真相
「それについては、私から説明するよ。謝罪もかねてね」
この声は、スクルド神か?
目の前にスクルド神が立っている。以前のふざけたスクール水着ではなく、最初に会ったときに着ていた着物みたいなローブみたいな衣装だ。どうもこれが正装らしい。
「え?スクルド神様、ですか?」
ニーアが驚いて声を上げる。というかニーアの前に現れていいのか?姿を現すのは権威がどうたら言ってたんだが……
「はじめまして、ニーアちゃん。あたしがスクルド神です。苦しい思いをさせてしまって、ごめんね」
スクルド神はニーアに謝罪の言葉を述べる。神話でしか知らない憧れの神様に謝罪され、ニーアは戸惑っている様だ、言葉も出ない。
だがそんなことはどうでもいい。俺にはスクルドに聞く事があるのだ。
「スクルド!今回の事、いったいどういう事か教えろ!返答次第じゃもう神の依頼なんか受けないからな!」
「はにゃ!……か……カナタさん、スクルド神様にそんな言葉遣い、というか呼び捨て?!」
ニーアが俺の態度をとがめるが、聞く耳は持たない。
「そんなに怒鳴んないでよ。だからこうやって、直接謝罪に来ているんじゃないか。あたしが天界に一般人をよぶのって、そっちの世界じゃ300年ぶりくらいなんだよ。もうちょっとありがたがってよ」
「俺はお前の顔はほぼ毎日見てるぞ。ありがたみなんかねーよ。それより、これは一体どういう事なんだ!説明しろ!」
「あんたは超特別なんだよ。まったく、女神の権威をもうちょっと尊重してよね。まあいいや、1年後の世界の滅亡の話はもうしたよね」
「ああ」
「あの『闇』がフィフスガルドを滅ぼす原因なのさ、そしてあんたが正気を失ったのも、闇のせいさ」
『闇』……あの衝動が、闇だと?
「知っての通り、この世界は異なる種が、異なる知的生命体が並存する世界だよ。そして異なる種族が対立したりすると、大きなストレスが発生する。それが〝闇〟の正体だよ。もちろん同種族の間でも『闇』は発生するけど、異種族間のそれは数十倍に増幅されてしまうんだ」
異なる種族が対立すると、『闇』が生まれるということか。
「〝闇〟は負のエネルギーであり、それに影響されると生き物が凶悪化したり、天変地異が起こったりする。見ててごらん」
そう言うと、スクルドは立体映像を作り出した。
町の中……屈強そうな人間の男と美しいインムの女、そして人間の女……痴情のもつれらしい。
美しいインムは人間の女から男を奪っている。勝ち誇ったインムの横顔……憎しみにかれれ、修羅の形相の人間の女。そこから、黒いエネルギーが生じているのが見える。
開拓者の男達が、森を焼き払い畑にしている。獣人達は荒らされた縄張りを守るために開拓者の男達に戦いを挑む。死闘を繰り広げる人間と獣人の男達。両者から黒いエネルギーが発生している。
黒いエネルギーは集まり、『闇』と呼ばれる存在として集約されている。
『闇』は虫や小動物に影響を与え、それらは巨大化凶悪化し、魔物と呼ばれる存在になった。
『闇』は、人間の男に影響を与え、男は人間とは思えないほど醜悪な怪物に姿を変えてしまった。
『闇』は、大地に影響を与え、火山活動を活性化させてしまった。
「異なる種族が対立する時、『闇』が生まれる。蓄積された負のエネルギーである『闇』は天変地異を誘発し、魔物を生み、正気を狂気に変えてしまう。蓄積された〝闇〟は、いずれこのフィフスガルドを滅亡へといざなう。その期限は、あと1年……これが神々が把握しているこの世界の摂理だよ」
スクルドは無表情に述べる。俺は驚きで声すらでない……
信じられない……魔物や天変地異は、人間や他の種族が生み出した『闇』が原因だったなんて……
「『闇』にのまれてしまうと、正気を失ってしまう。さっきのあんたや、あの貴族みたいにね」
「あの貴族も闇にのまれていただけ、という事か?」
「そうだよ。元のユトラント伯爵公って言えば、温厚な名君として知られていたんだよ。娘を失ってから、その悲しみから闇にとらわれたらしい。もともと、人の上に立つ人物は、闇にのまれやすいんだ。悪魔は、その闇に取り付いた魔物に過ぎないんだ」
にわかに信じられないが、確かにあの衝動は逆らう事のできないものだった。
「このセコン地方は、元々は獣人達の領土で、人口が増えすぎた人間達が植民してきた所なんだよ。だから、もともと多くのいざこざがあって、闇が大きく蓄積されていたんだ。その闇があの貴族に集まって、最後にあんたに移った」
「俺に移った『闇』は、どうなったんだ?」
「指輪からあんたに吸収されて、そしてあんたとニーアが消滅させたよ」
俺とニーアが?あれだけの『闇』を消しただと?
「正確にはあんたのニーアや獣人に対する思いが、『闇』に打ち勝って消滅させたんだよ。ニーアはその過程で、『闇』にとらわれたあんたが自分に暴行することも、了承の上でこの役目を志願してくれたん」
なんだって?俺がニーアに暴行を行うことも、計算通りだったってことか?
みんなして俺を騙したってことか?俺はニーアの顔を見る。
「カナタさん、ごめんなさい。どうしても、同胞達も助けたかったんです。そしてあの貴族も、助けたかったんです。あのままだと、カナタさんは間違いなくあの貴族を殺害していましたから」
ニーアが弁解する。謝る必要はない、一番苦しい思いをしたのはニーアなのだから。だが1つだけ、ふに落ちない点がある。なぜそうまであの貴族の命にこだわったのだ?
「獣人達の事は理解できる。だがなぜ、あの貴族を助けようと思ったんだ?」
「それは……あの方が、私の本当の祖父だからです」
なんだって?確かにニーアの母、シータは獣人と駆け落ちした元貴族の娘だとロジー爺さんは言っていたが……
「シータというのは、母の本来の名前シルフィエッタを略した名前だと思います。私の名前もそうですが、獣人の名前は基本的に短いので、結婚したときに省略したでしょう。何よりこれが証拠です」
ニーアは母の形見だという曲刀シャムシールを俺に見せる。その先に、母がつけたというストラップが付いている。不思議な紋章がかたどられた宝石が付いているが、今は見覚えがある。
この貴族の屋敷の紋章と同じだ。これは家紋だったのか。
「お母様の部屋に連れて行かれたときに、そうじゃないかと思ったんです。そしてあの肖像画を見たとき、確信しました」
なるほど、あの貴族がニーアを攻撃しなかったのは、そういう理由か。最後の理性が、攻撃を踏みとどめさせたのか。
だとすると、一連の不信な行動の証明にはなる。あの貴族は自分の娘そっくりの孫であるニーアに、シータの衣装を着させていただけだったのか。
「まあ悪魔が憑いていたからね、最後にはニーアを生け贄にしていたろうけど。悪魔は最悪の形で望みを叶えるから、正気に戻った貴族が娘そっくりの孫娘の遺体に会う、って運命になる予定だったんだよ」
スクルド神が説明する。生け贄って……なんて趣味の悪さだ、やはり悪魔は悪魔だ。
「……じゃあ闇が消えた事で、ニーアが生け贄になる運命は、変わったんだな?獣人の災悪も、無くなったのか?」
「ああ、今度こそ運命は変わったよ。あの貴族に集まっていた獣人と人間に関する膨大な闇が、消えたからね。運命に影響を与える闇が消えたんだ、獣人の災悪は回避できるよ。前の魔人マクスウェルを倒したり、奴隷商を破産させただけでは、闇の量はそう減らなかったから、運命は変わらなかったけど、今回は闇がごっそり減ったから、もう大丈夫だと思うよ」
思う……だと?そんないい加減な意見は聞きたくない。
絶対の保証が欲しい。
「思う、じゃ足りない!ニーアが死んでしまう運命を、絶対に避ける方法を教えろ!」
そう、これで2回目だ。ニーアの命を理由に、いい様に使われるのはもうごめんだ。
「そう言われてもね……元々ニーアちゃんが死んじゃう運命を回避するには、この世界の運命の外にあるカナタ君の眷属になるしかないんだよ」
「眷属?眷属って何だ?」
「まあ使徒みたいなものだよ。神の使徒の、そのまた使徒を眷属と言うんだよ。女神スクルドの使徒がカナタ君であるみたいに、あたしとあんたの関係みたいなものを、カナタ君とニーアちゃんとの間で結べば、運命は絶対に変わると言い切れる。この世界の運命の外の存在になるわけだからね」
「使徒……ちょっとまて、いつから俺はお前の使徒になったんだ?」
「いつからって、最初っからカナタ君をあたしの使徒として召喚したんだけど……」
「ガーン、知らなかった。というかそんなこと一度も言ってないだろう?」
「あれ?言わなかったっけ?ごめんごめん」
スクルドは笑って謝ってる。謝ってすむ問題なんだろうか?
「……ニーアが死ぬ運命を回避するためには、ニーアを俺の眷属にすればいいんだな」
「うん。でもそれは、あんたと運命を共にすると言う事でもある。ニーアちゃんが死ぬ運命から逃れられる代わりに、あんたが死んじゃえばニーアちゃんも死んじゃうことになる」
うう……それは結構厳しいぞ。
俺はあくまで外来者だ、たまたまこの世界に来たに過ぎない。いつ死んで、元の世界に戻ってもおかしくない。
さっきから黙っていたニーアと目が合う。
「あの、カナタさん、私、カナタさんの眷属になりたいです。私を眷属にしてください」
とんでもない事をいう。
「正直、スクルド様が言っていた内容は、ほとんど理解できませんでした。でも……カナタさんが私を助けるために、必死で戦ってきてくれたことはわかりました。私を眷属にしてくれるなら、私も一緒に戦えるはずです。守ってもらうだけなのは、嫌なんです」
「ニーアちゃんがカナタ君の眷属になれば、カナタ君の加護が受けられるはずだから、一緒に戦えるはずだよ。世界の滅亡まであと1年、私も味方が多い方がいいと思うよ」
「世界が1年で滅亡してしまうなら、なおさら使徒であるカナタさんと一緒に戦いたいです。お願いします、カナタさん」
ニーアの決意は固い。ニーアの性格は知っているが、こうなったら結構頑固なんだよな。
どうもスクルドにいい様にハメられてしまった気がするが……
そもそも俺はこの世界の滅亡を防ぐために、戦う気なんて無いんだが……
「分かった。ニーアを眷属にするよ」
細かい事は後で考えよう。ニーアが確実に助かる道があるなら、その選択をすべきだ。なんとかるだろう。
「ありがとうございます」
「じゃあカナタ君、この指輪を……」
スクルドは白銀色の指輪を俺に渡す。中央にブルーの宝石がはめられた指輪だ。俺の闇の指輪とは違い、この世のものとは思えないほど綺麗だ。
「何だこれは?」
「これは眷属の指輪といって、はめれば主人と運命を共にする事になる指輪だよ。ニーアちゃんにはめてあげて」
「ニーア、いいんだな?俺と運命を共にする事になるが……」
「はい。喜んで!生きるも死ぬも、一緒です」
ニーアが微笑む。その笑顔が、まぶしい。ゆっくりと、ニーアの左手の薬指に指輪をはめる。
まるで結婚式だな。運命の女神も立ち会っているし……スクルドでさえなけりゃな~
「すっごく綺麗な指輪ですね……」
ニーアはうっとりしている。
「これでニーアちゃんはカナタ君の眷属となったよ。その運命は、使徒カナタ君と共にある。これで、ニーアちゃんの運命は変わったよ」
そうか……やっと運命は変わったのか。正直、闇云々には興味は無かったが、ニーアが死ぬと言う運命が確実に回避されたのなら、良かった。
しかし、どうしようもない事件だったな。俺は一連の事件を振り返る。
獣人の王子と駆け落ちしたシータを、父親の貴族は獣人に拉致されたと思った。その思いが、この地方の人と獣人の争いの闇を集め、正気を失わせた。
ちくしょう、じゃあ悪い奴はいないじゃないか。誰を恨めばいいんだ。
「誰も悪くないんだよ。ただ闇が悪いんだ。獣人達の土地に人間がやって来た事が原因。もっというと、異なる種族が並存するこの世界が悪いってことになるけどね」
「ーーあら、よくわかっているじゃない。スクルドちゃん」
高く澄んだ声がする、俺たち全員の視線は、声のした方に注がれる。
背の高く美しい女性が立っていた。服装はスクルドと同じ着物とローブの融合した衣装、髪もスクルドと同じ銀髪、複雑にかつ優雅に纏めている。神話で語られる理想の女神はこんな姿だろう。スクルドはもちろん、ニーアにもまだ無い大人の上品な美しさを醸し出している。
微笑んでいるようだが、長い切れ目の下に何を考えているのかはわからない。
「ベルダンティ……ねえ…さん」
これでこの世界の基本的な設定の説明が終わりました。
ポイントは、異なる種族が対立したときのみ、闇が多く発生すると言う点です。
同種族間の対立ではほとんど闇は発生しません。
ここに、棲み分け、種の分断という概念が成立します。
次回タイトルは「隔離の女神ベルダンティ」です。
次回明日21時、スクルドの怖い姉ベルダンティ女神が登場します。