自室警備士と悪魔と闇と
悪魔の灼熱魔法を同じ灼熱魔法で押し返す。灼熱魔法は食らったから、闇の指輪の能力のおかげで覚えていたようだ。
とはいえ危なかった、直撃したら俺はともかく後ろのニーアは耐えられなかったろう。
強力な灼熱魔法がぶつかったのだ。周囲は火だるまである。部屋が焼け落ちるのはマズい。自室警備のスキルの恩恵を受けられなくなる。
ーー氷結魔法アイスストームーー
覚えたばかりの氷結魔法で悪魔ごと周囲の炎を消す。
悪魔は氷漬けになり、動かなくなった。やはり、氷結魔法には弱いのか。
MPはほぼ使い切ってしまった、まあいい、自室内にいる限り、負ける気はしない。局地戦特化型だけあって、自宅警備士より戦闘能力は高いみたいだ。特に防御力は高く、さっきから全くダメージを感じない。
ダメージが残っているのか、悪魔は近づいても、もう微動だにしない。あれだけの電撃魔法と灼熱魔法、さらに苦手属性の氷結魔法を食らったのだからな。
「そろそろ返せよ、お前の血で錆びさせるわけにはいかない、ニーアが研いでくれた大切な剣なんだ」
悪魔からノートゥングを無造作に引き抜く。血しぶきが勢いよく吹き出し、俺の顔面に降り注ぐ。
「ほう、悪魔のくせに血は赤いんだな。血も涙も無い魔物だと思っていたぜ」
血しぶきを浴びたせいだろうか、怒りが込み上げてくる。
こいつがニーアを殺した、だと?
たとえ別の運命の、別の世界線の出来事であったとしても、断じて許す訳にはいかない。
「死で、償え!」
まだ犯していない罪であったとしても、許すつもりは無い。俺は怒りに身を任せ、ノートゥングで滅多切りにする。
だが悪魔は余力を残していたらしく、悪魔の最後の一手を許してしまった。
悪魔の両目が怪しく光り、暗黒魔法が直撃する。
ーー暗黒魔法ナイトメア・アイーー
至近距離での不意打ちだったため、闇の指輪での吸収が間に合わない。俺は3メートルほど吹き飛ばされたが、両足で踏ん張り踏みとどまる。幸い、自室警備士の防御力のおかげで、ダメージ自体は大した事は無い。
悪魔の次の一撃を警戒したが、悪魔はこちらではなく反対方向に逃げ出す。何をする気だ?
しまった、部屋から外に逃げる気だな。
自室警備士は自室内でこそ圧倒的な戦闘力を誇るが、外に出られては、戦えない。
ただのニートに悪魔と戦えと言う様なものだ。
逃げられる!
突如、悪魔の動きが止まる。
ニーアだ、ニーアが悪魔の前に立ちふさがっている。
何をしている?!
殺されてしまう。余りに無謀だ。殺して下さいと言っているようなものだ。
当然、悪魔はその大きな手を振りかぶり……
ーーニーアの姿を見て、動きが止まる。
ドレスに身を包んだニーアはその手にシャムシールを持って、母親から貰ったという飾りを悪魔に向けている。
「……シルフィエ…ッ…タ?」
悪魔が何かをつぶやいた。何にせよ動きが止まった。これはチャンスだ。
俺はノートゥングで動きが止まった悪魔を背中から斬りつける。
「ニーアの仇!殺してやる。何度でも、殺してやる」
何度も何度も斬りつける、悪魔はもう声も出ないのだろうか、俺に斬られるがままだ。
この悪魔にニーアが殺される運命だっただと?許せるわけが無い。俺は怒りに身を任せ切り続ける。
「私は死んでいません。もう止めて下さい、カナタさん」
ニーアの声が聞こえるが、脳には届かない。
突然悪魔の体が弾け、黒い霧となる。魔人マクスウェルの時と同じだ。後に残されたのは、全身血だらけの初老の紳士の姿だった。
黒い霧は部屋中に大きく広がったかと思うと、俺の闇の指輪に吸収される。
霧といっしょにドス黒い感情が、俺の中に入ってくる。
ーー獣人が憎い、娘を拉致した獣人が憎いーー
ーー汚らわしいケダモノめ、一匹残らず除去してやるーー
ーー獣人と交わるなど、信じられないーー
ーーシルフィエッタ……娘を、私の全てを、奪った、報いをーー
ーーそのためなら、悪魔だろうが邪神だろうが、なんだっていいーー
ーー生け贄、それを捧げれば、娘に会えるのか?ーー
すざまじい獣人に対する負の感情が流れ込んでくる。それは俺自身の感情へと変化していく。
獣人が……憎い!?
憎い獣人は、ドコニイル??
獣人なら、そこにいるではないか……
俺はニーアを捕まえ、首を絞める。
ニーアが必死に何か言おうとしている様だが、聞こえない。
獣人が憎い、獣人が憎い!
一匹残らず……
この可愛らしい猫耳も、ふわふわしたしっぽも……
憎い……?!
首を絞められ、何も言えない状態でも、大きな目で涙を流しながら必死に訴えかけているニーアが……憎い……だと?
ニーアは抵抗はしない、このまま絞め殺してしまうことは、簡単だろう。
憎い……なぜ?
この猫耳も、しっぽも、絹の様な黒髪も、しなやかな体も、綺麗な目も……
真面目でしっかりした性格も、たまに泣き虫で寂しがりな点も、奴隷商から取り戻した時の満身の笑顔も……
憎い……なぜ?愛おしい対象じゃないのか?
俺にとっては、唯一無二のかけがえの無い存在じゃないのか?
怒りが、憎しみが消えて行く。ドス黒い感情が消え、正気が戻ってくる。
意識を取り戻して、手をほどく。ニーアは余程苦しかったのか嗚咽を上げている。
「すまない、俺はとんでもないことを……」
ニーアを抱きかかえ、背中をさすりながら介抱する。決して許されないかもしれない。自分の行為に涙がでてくる。
「ゲホ、ゲホ……カナタさん、正気に戻ったんですね。良かった……」
だがニーアは、俺を批難するわけでもなく、ただ正気に戻った事を喜び、抱きついてくる。首には首締めの跡がつき、目からは涙が首まで流れている。
「よかった……いつものカナタさんです」
ニーアが流していた涙が、苦痛のそれから歓喜の涙に変わる。
俺は抱きしめながら、猫耳を撫でる。なぜこんなに可愛い猫耳を憎いと感じたのだろう、不思議だ。
「……にゃん、耳ばっかりなでて、くすぐったいです」
「ニーアはいつでも耳をなでてもいい、って言っただろう」
「……言いましたけど、こんな所で……」
そう言えばそうだ。これだけの騒ぎだ、じきに屋敷のメイド達も駆けつけてくるだろう。
だがあのドス黒い感情は、一体なんだったのだろう?なぜニーアにこんな事をしてしまったんだろう?
「それについては、私から説明するよ。謝罪もかねてね」
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次回も明日午後21時更新となります。
次回、闇の真相