圧倒!伝説の自宅警備士(ニーア視点)
私は悪魔の台座に登り、愛剣のシャムシールで悪魔の像を斬りつける。固い、私のシャムシールでは歯が立たない。
助走をつけて斬ろうかと思ったが、動き回るにはドレスが邪魔だ。それにしても、なんと気味の悪い像だろう。
「ニーア、どいていてくれ」
カナタさんがノートゥングを持って、台座に上る。
両手で思いきり斬りつけているみたいだが、手応えはなさそうだ。そもそもあんなへっぴり腰で、本当に斬れるのだろうか?
以前は重装甲の魔人を叩き切ったらしいが、実際の剣さばきを見ている限りは、とても信じられない。
剣を振るっているというより、片手両剣の重みに、振り回されている気さえする。
「炎の悪魔って事ですから、氷結魔法で攻撃してみてはどうでしょう」
ミルクの提案に従って、私は氷結魔法を唱えてみる。
ーー氷結魔法アイスストームーーー
氷結の嵐が吹き荒れ、悪魔の像の台座が凍り付き、周囲に灯っていたロウソクが全て消える。
何となくだが、ダメージを与えている気がする。
「うお、冷めてえ!」
カナタさんもダメージを受けているらしい。巻き込まれない様に注意しているつもりだが、魔法防御力も低いみたいだ。
……本当に以前、魔人の電撃魔法を耐えきったのだろうか。
「そういえば、像を攻撃している事は、憑かれている本体にもわかるそうですよ」
ミルクがとんでもない事を今になっていう。この妖精は結構いい加減かもしれない。
グオアアワツアアア!!!!!!!!!!!!!!
突然、稲妻の様な咆哮が屋敷中の響き渡る。
私ははっとして、方向がした方を振り向く。
男が立っている。
伯爵公だろうが、もはや人間としての原型をとどめていない。
下半身はロバの様で、醜い。
上半身は、熊の様に大きく、僅かに残る衣服が、それが元人間であった事を証明している。
大きなヤギの角、それは頭から生えている。
唯一、人間の形をとどめていたのは、顔だけだった。
この世全ての苦悩を味わった様な顔、絶望の底の目。
その目は、真っすぐに私だけを見つめている。
【悪魔ヴァフォエル】
間違いない、あれは、もう人間という存在ではない。あの貴族は、この悪魔に身も心も乗っ取られたのだ。
心の底から凍りつく様な恐怖を感じる。脚がすくむ、まるで蛇に睨まれたカエルみたいだ。まるで魅了されたかの様に、私は全く動けない。
「ニーア、こっちだ!」
よく知っている人の声がして、左手を掴まれて強引に引っ張られる。カナタさんだ……そうだ、逃げなければ!
でもどこへ?
転がる様に廊下に飛び出し、そのままさっきの書斎へ向かって駈ける。
再び稲妻の様な咆哮、解き放たれる暗黒魔法。
その魔法の威力は、この屋敷の全員を殺戮してあまりある事は、容易にわかった。
ーー暗黒魔法ナイトメアデスパイヤーー
「かがめ!ニーア」
カナタさんがそう言うや否や、私に覆い被さってくる。背中が暖かい。
このぬくもりと共に死ねるなら、いいかもしれない、そう思った。
最後の瞬間を噛み締める。
だが奇妙な事に、そのぬくもりはいつまでも失われなかった。
カナタさんは立ち上がると、私を抱える様にして再び走り出した。
ーー灼熱魔法インフェルノーーー
再び悪魔が魔法を唱える。今度は灼熱魔法だ。周囲がたちまち灼熱地獄となる。
私は直撃を受けなかったが、カナタさんは背中に火炎弾が直撃したはずだ。私たちは火だるまになりながら、倒れ込む様に書庫の扉を抜けた。
「カナタさん、大丈夫ですか!?」
急いで背中の火傷を確認する。私をかばった背中の火傷と暗黒魔法は、死に至るもののはずだ。
だが、カナタさんは、何事も無かったかの様に立ち上がる。
ガタン!!
カナタさんの背中から何かが音を立てて落ちる。
落ちたのは、魔人マクスウェルの外殻で作ったという盾だ。この盾を亀の様に背中に背負い、先ほどの灼熱魔法の直撃を防いでいたらしい。だが暗黒魔法は、どうやって防いだのだろう?暗黒魔法は、物理的に防げる魔法ではない。
「ニーア、奥で隠れていろ」
真っすぐに悪魔がいる廊下の方を見つめながら言う。
その声が鋭く、心に響く。おかしい、私がよく知っているこの人の声と違う。
ーー剣が小さい。不思議だ、あの片手両剣ノートゥングは両手でも重そうだったのに、今は片手に収まっている。小さいくらいだーー
ーー背中が大きい。おかしい、この人の背中はこんなに大きかっただろうかーー
ノートゥングを片手に、執事のスーツ姿で仁王立ちするその背中は、驚くほど頼もしかった。
悪魔が扉をあけ、部屋に入ってくる。
不思議と以前ほど怖いと感じない。
「俺の部屋に勝手に入ってくるんじゃねー!!」
カナタさんが叫ぶ。
悪魔も負けじと咆哮で答える。
私は両者の絶叫に、思わず耳を押さえる。
「うるせー、俺の部屋で騒いでんじゃねー!!」
立ち会いは一瞬だった。
次の瞬間には、悪魔の丸太の様に太い右腕が、カナタさんがいた地面に突き刺さっていた。
直撃を食らえばいかなる者でも即死だろう、私もカナタさんの死を覚悟した。
……だがカナタさんは既にそこにはいなかった。
悪魔の背中から、血塗られた片手両剣ノートゥングの剣先が見える。
驚く事に、悪魔の一撃より更に早く、カナタさんは間合いを詰めて悪魔の懐にもぐりこみ、剣で悪魔の腹を串刺しにしていたのだ。
信じれれないほどの速度……猫人である私の視力をもってしても、その動きを全く把握できなかった。
カナタさんはそのまま身を翻し、剣ごと悪魔の巨体を投げ飛ばす。
無数の本棚をなぎ倒し、壁に激突する悪魔。
悪魔は壁にもたれたまま、呪文を詠唱する。剣はまだ腹に刺さったままだ。
ーー暗黒魔法ナイトメアデスパイヤーー
絶望の闇が部屋を覆い尽くす。だがカナタさんは無造作に左手を突き出す。
その左手に、闇は渦を描いて吸い込まれて行く。
「へへ、完全回復の上にMPまでもらって、悪いな。お返しだ!」
ーー雷撃魔法サンダーボルトーーー
稲妻が悪魔を襲う。凄い、魔法の達人だってこれだけの雷撃魔法は使えない。しかも全くの無詠唱だ。
「倍返しだ、まだまだいくぞ!」
カナタさんはそう言うと、雷撃魔法を連続で叩き込む。
雷撃の嵐が荒れ狂う。腹に突き刺さっているノートゥングが避雷針の役割を果たしているのか、稲妻は全て剣を通じ、直接悪魔に注ぎ込まれていく。避雷針のおかげで威力は数倍に膨れ上がっているだろう。まさかそれを見越して、悪魔に剣を突き刺したままにしておいたのだろうか。
勝てるかもしれない、私がそう思った瞬間、悪魔は再び呪文を唱えた。
ーー灼熱魔法インフェルノーーー
しまった、この広範囲の灼熱魔法を使われると、たとえカナタさんが耐えられても、私自身が耐えられない。
たとえ勝てたとしても、私は焼け死んでしまっているだろう。
ーー灼熱魔法インフェルノーーー
カナタさんが魔法を使う。またしても無詠唱、しかも驚く事に悪魔が唱えてきた魔法と同じだ。
正面からぶつかる紅蓮の炎と炎、こうなった以上、火勢の強い方、つまり詠唱者の魔力が強い方が勝つ。
カナタさんの灼熱呪文は悪魔のそれを圧倒し、悪魔の炎ごと押し返す。
自らが召喚した炎の、倍以上の業火に襲われ、悪魔は断末魔の叫びを上げる。炎の悪魔とはいえ、自分が出した数倍の炎には耐えられないのだろうか。この世のものとは思えない不快な叫び声だ。
炎の中を、カナタさんが悠然と悪魔にむかって歩いて行く。
さっきまでと違い、高い魔法防御力のため炎のダメージを受けないのだろう、とんでもないくらい、でたらめな強さだ。
「自室警備士は、自宅警備士の局地戦特化型ですから、こうなった以上、悪魔付きとはいえ人間に過ぎないあの貴族に勝ち目はありません」
ミルクが言う。戦闘中は姿を消していたらしい。
「いったい、自宅警備士って何なの?カナタさんはいったい何者なんですか?」
「カナタさんは、女神スクルド様の大いなる力によって召喚された、伝説の勇者……ではなく伝説の自宅警備士です」
「伝説の……自宅警備士?」
自宅警備の伝説など聞いた事が無い。
「そしてカナタさんは、スクルド神様の使徒です」
「使徒?スクルド神様の??」
「はい、大いなる使命をおびた、この世界の救世主と言って良い存在です」
使徒、救世主……
スクルド神様はこの世界でもっとも信仰されている神の一人だ。その使徒で、しかも世界の救世主だと?
とても信じられない。
突如、吹雪が巻き起こり、部屋中の炎を消していく。カナタさんが、今度は氷結魔法を使った様だ。悪魔は氷漬けになり、動きを止める。
炎の悪魔だけあって、やはり冷却魔法には弱いらしい。だがあの魔法は……まさか……?
ーー氷結魔法アイスストームーー
先ほど私が悪魔の像に使った魔法だ。だが威力は私のそれの数十倍。
まさか……カナタさんを一度巻き込んでしまったが……あれだけの事で覚えてしまったとでも言うのだろうか?
信じられない。この強さはもはや、伝説を超えて神話の域に達している。
これだけ桁違いの戦闘力を見せられると、信じるしかない。
あの人は、スクルド神様の使徒なのだと。
「自室内戦闘では無敵と言っていい自室警備士ですが、弱点があります。ニーアさんには、それを潰して欲しいのです」
「わかったわ。私にできる事ならなんでも協力するわ、でも一つだけ教えて欲しいことがあるの」
「……あの貴族の命を助けたい、命を助ける方法ですか?」
私ははっとしてミルクの顔をみる。見透かされた?私の考えが。
「可能です。ニーアさんの協力があれば、ですが……」
私は無言でうなずいた。
チート再びです。
>>自宅警備の伝説など聞いた事が無い
作者も無いです。
明日も21時に更新します。




