自室警備士と悪魔ヴァフォエル
屋敷のメイドに連れられて、しばらく寝泊まりする部屋に案内してもらった。
「え、ここって書庫じゃね?」
案内されたのは大きな書庫だった。ざっとみて小さな町の図書館ほどの大きさがある。無数の本棚が規則正しくならんでいる。さすがに掃除が行き届かないのか、少々ホコリっぽい。
「はい、こちらの書籍の整理がカナタさんのお仕事となります。種類別に整理してほしいとのことです。また当屋敷内は男性の使用人室はございませんので、こちらで寝泊まりしていただきます」
仕事内容は詳しく聞いていなかったが、こんな内容だったのか。どうもこちらの仕事は誰でもいい仕事を押し付けられたらしい。あくまでニーアを呼び寄せるのが狙いだったという事だ。ちなみにベッドは、部屋の隅に布シーツが何枚か置いてある。ここで寝ろとの事らしい。
しかし、ここで寝泊まりするのか……
自宅警備士が本来の戦闘力を発揮するには、ロジー爺さんの家でないとダメだが、寝泊まりする限りはここが『自室』ということになる。ここはマイホームではないが、マイルームだ。
「ミルク、いるか?」
「いますよ~」
ミルクが光と共に実態化する。
「ジョブチェンジを行いたい。マイホーム・ガード(自宅警備士)からマイルーム・ガード(自室警備士)にジョブチェンジだ」
「はい。こちらの部屋でカナタさんが寝泊まりされるという事ですので、カナタさんのマイルームはここになります。この部屋の中では、カナタさんはマイルーム・ガードのプラス補正を受けることができます」
ミルクが手を叩き、ジョブチェンジは無事行われたらしい。同一種のジョブチェンジだからだろうか、外見にはこれといった変化はない。
「この部屋の中で受けられるプラススキルとしては、自宅警備士以上の防御力と、戦闘力。食事やトイレを必要としないといった能力、屋敷内で誰がどこにいるかを把握する能力等があります。反面、自宅警備士と違い、この部屋以外では、戦闘のプラス補正がなくなります」
まあ自室警備士だからな、俺も経験があるが、部屋にいながら家の中の住人の居場所がわかる。これは経験者しかわからない事だ。スクルド神の能力によって、その特性は大幅に増強されているはずだ。
自室警備士のユニークスキル
【篭城】
自室内なら、食事やトイレを必要しないで、数ヶ月の篭城が可能
自室内での戦闘において、自宅警備以上の防御力と攻撃力を有する
【住人感知】
自室内において、住居内の住人の動きを感知することができる
もし戦闘になった場合は、この部屋に引き込んで戦うことになる。魔人マクスウェルの場合と同じだ。
「カナタさん、こちらいますか?」
ニーアの声がする。俺はドアをあける。
白銀の髪飾り、清楚で上品なロングのドレス、まるでシンデレラの様なガラスの靴……髪飾りからちょこんとでている猫耳がなければ、ニーアと気づかないほど美しい貴族の令嬢の姿をしたニーアがそこにいた。
「に、ニーア?」
俺は目をパチパチしている。
「えーと、似合いますか?」
ニーアがドレスの裾をつまみながら可愛らしく微笑む。
はっきりいってすんごくよく似合っている。物語のお姫様みたいだ。
「ああ。とてもよく似合っているよ。しかし、なんでお姫様の格好をしているんだ?俺は使用人の雑用の仕事で、ニーアはメイドとして雇われたはずだが……」
「それがよくわからないんです。お部屋に連れて行かれて着替えさせられて……お部屋も凄く素敵なお部屋でした。えーと、ここは、書庫……ですか?」
ニーアが俺の部屋を見渡しながらつぶやく。そうだよ、書庫というかほとんど図書室だよ。そして俺の部屋だ。マイルームだ。
なんでこんなに待遇が違うんだ?
「ニーア、仕事の内容はどんなだった?」
「それもよくわからないんです。とりあえず、こちらの旦那様、つまりユトラント伯爵公と夕食を食べてくれとのことです」
ドレス姿で共に夕食、か……まるで家族待遇だ。
うーん、怪しい。
どちらにせよ、調査するしかない。スクルド神は、伯爵公にはなにか秘密があるはずと言っていた。
先手必勝だ。伯爵がニーアに何かをする前に、行動するべきだ。この屋敷を調べ尽くしてやる。
俺は耳を壁にあて、全神経を集中させる。
自室警備士の【住人感知】のスキルを解放させる。
ーー自室警備士は、自室において、家の全てを把握しているーー
頭の中に屋敷の構造を描いたマップがあらわれる。住人は、緑の光りで表されている。メイドが12人……男は、伯爵1人だけだったな。奥の部屋にいるみたいだ。ニーアに与えられた部屋は伯爵公の部屋のすぐ近くか。
「台所周辺のメイドは4人、これは食事の準備係だな。それ以外の8人は、掃除のためか各部屋に散らばっているみたいだ」
「凄いですね。猫人の私も耳はいいですけど、そこまでわからないのに」
ニーアが関心している。まあ自室警備士だからな、そのくらいできて当然だ。
30分ほどメイド達の動きを調査して、不思議な点に気づく。
「おかしい、構造上、伯爵公の部屋の隣に大きな部屋があるはずだが、メイド達は誰一人その部屋に行っていない」
「伯爵公の部屋の近くに大きな部屋ですか?そんな扉は無かったと思いますけど」
ニーアが言うには、自分にあてがわれた部屋は、伯爵公の部屋のすぐ近くだったが、そんな部屋の扉は無かったそうだ。
「そこが怪しいな、場所からして隠し部屋の可能性が高い」
俺はニーアとミルクと隠し部屋がありそうな場所に向かう。自分の部屋である書庫をでると、戦闘力が一気にダウンする。自室でしか戦闘のプラススキルの恩恵を受けられないのだから、当然だが。
幸い、【住人感知】のスキルは自室を離れても有効らしい。だからメイド達の動きは分かる。
このあたりに部屋があるはずだが。
そこには少女を描いた絵画が掲げられている。驚いた事に、絵画に描かれていた少女は、ニーアそっくりの少女だった。
「ニーアにそっくりだな、伯爵公の縁者か?」
「……カナタさん、この絵の後ろに、扉があります。絵で扉を隠していたみたいです」
でかしたぞ、ニーア!
俺たちは絵をどかして、扉から隠し部屋に侵入する。
部屋の中には異様な光景が広がっていた。
大きな祭壇、中央に真っ黒なヤギの顔をした人間の大きな像が鎮座している。不気味だ。何と言うか、昔何かで見た悪魔の像を思い起こさせる。
「これは、ヴァフォエルの像ですね」
ミルクが像を指差しながらいう。何か知っているみたいだ。
「ヴァフォエル?」
「昔からこの地方に伝わる悪魔で、生け贄と契約の引き換えに願いを叶えてくれると言われています。もちろん、悪魔ですからその願いはかなり悲惨な形で実現する事も多いとの事ですが」
生け贄で願いを叶えてくれる悪魔か。
「うーん、この像があるということは……」
ミルクがウンウンうなっている。いったいどうしたというんだ?
「この悪魔は、強い願いを持つ人間に憑いて、大きな犠牲と引き換えに願いを実現させるそうです」
「それで、願いは実現するんでしょうか?」
「実現はしますが、いびつに歪曲されるといいます。最も悲惨な形で実現するとさえ言われています。所詮は悪魔、祈るべき神ではないということです」
最も悲惨な形で実現ね。なんとなく、あの貴族のぞっとするほど黒い目の正体が分かってきた気がする。
「カナタさん、ひょっとして、あの貴族にこの悪魔が憑いているんじゃないでしょうか?」
俺もそう思っていた。あの貴族の異常なほどの獣人、さらにはニーアに対する執着心の理由は、こいつが憑いてるからだろう。
俺は情報強者で悪魔の像をスキャンする
【悪魔ヴァフォエルの像】
古よりセコン地方に伝わる悪魔で、多くの犠牲で願いを歪な形で叶えるとされる悪魔の像。
メルフィスの13柱の悪魔の一つであるバーフォルと同一視されるため、炎の悪魔とされる。
召喚者に憑依し、大きな魔力が与えるが、像が壊されると魔力は半減する。
スキャンでも同じ様な結果だ。
像を壊されると魔力半減か……
いいこと聞いた、さすが情報強者の自室警備士、情報戦を制する者は、全てを制するのだ。
「ニーア、ミルク、この像を、壊すぞ」
「はい!」
「了解!」
「了解」とか言っても、ミルクは特に何もしないんですけどね。
冬休みも終わってしまいました。
1月末頃までは、毎日午後9時に更新する予定です。
文字数はちょっと長めで投稿しようと思います。
冬休み中、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次話のタイトルは「圧倒!伝説の自宅警備士」です。
ニーア視点となります。