女神スクルドからの依頼
トイレの中で、作戦会議を行う。
ちなみに貴族の邸宅だけあって、元の世界の俺の部屋より大きく、そして綺麗だ。つまり俺の部屋は、トイレ以下と言う事になる。
「ニーア、この契約の話なんだが……」
ニーアと相談して、断るか、強引に脱出するか決めなければならない。
だがその時、妖精ミルクが実態化し、話しかけて来た。
「その契約についてなんですが、結んじゃってくれませんか、カナタさん」
「え?ミルク様??」
ニーアは驚いている。俺もミルクの突然の登場に驚いた。というか契約の儀式以外の場で、ルール神の使いが現れていいのかよ。
「あ、はじめまして……じゃないですね。こんにちは、ニーアさん。えーと、妖精は普段はあんまり必要がないと姿を現しちゃいけないんですけど、今日はスクルド様の特命をおびて参りました」
「スクルド神様の特命!?」
「はい。お二人には聞いていただきたいお願いがあります。これはあの貴族と多くの獣人に関する、重大な事です。お二人はもう知っていると思いますが、近々北の森に対する大規模な獣人狩りがおこなわれ、多くの人間と獣人が死ぬ事になります」
『獣人の災悪』の事か。俺はともかく、ニーアにその事を言っていいのかよ。だがニーアは瞬き一つせず、その大きく澄んだ瞳でミルクを見つめている。表情は真剣そのものだ。
「お二人には、この悲劇を回避してもらいたいのです。そのためには、獣人狩りの中心にいるユトラント伯爵公の側にいて欲しいのです。もちろんお二人には拒否する権限もありますので、命令というよりお願いに近いものですが」
ミルクの話に目新しい点は無い。だがニーアにとっては、初めて聞く話であり、神話でしか知らないスクルド神を初めて身近に感じた話だろう。
「俺は反対だ。ニーアをあの貴族の近くに置いておくなんて、ありえない。ましてや国レベルで獣人狩りをしようとしている奴だなんて、何をされるかわかったものじゃない」
このままでは押し切られてしまう。俺は明確に反対の意思表示をしておく。だが言っている内容は本心だ。
するとシルクは俺の耳に向かって、俺にだけ聞こえる小声でつぶやいた。
(ニーアさんには内緒ですが、スクルド様が言われるには、ニーアさんが死んでしまう運命はまだ変わっていないみたいです)
「なんだって?運命は変わったって、スクルドは言ってたじゃないか!」
(声が大きいです。ニーアさんに聞こえてしまいます。確かにニーアさんがあの商人に奴隷にされて売られてしまう運命は変わりましたが、近々死んでしまう運命まではまだ変わっていないみたいです)
そういえばスクルドも、『ニーアが売られて死ぬ運命は無くなった』と言っていたが、死ぬ運命が無くなったとは言ってなかった。
くそ、スクルドに騙された気がする。
(ニーアさんが、あの貴族に殺される運命は、いまだに変わっていないと解釈すべきです。それを回避するには、運命を変える力を持つカナタさんが、あえてあの貴族の側にいて、直接運命を変えるべき、というのがスクルド様の意見です)
勝手な事言いやがって、結局俺を使って運命を変えたいだけじゃないか。ニーアをそんな危険な目にあわせられるか。
「それならあの貴族から遠くに逃げる。獣人狩りからもだ。運命だかなんだか知らないが、もう振り回されるのはうんざりだ」
(運命は物理的な距離に影響されませんから、どんなに遠くに逃げても関係ありません。それに、仮に『獣人の災悪』から逃れられても、世界が1年後に滅びてしまう運命は今のところ絶対です)
なんでそう言い切れるんだ。地の果てまで逃げ切ってやる。世界の運命など知らん!
運命だかなんだか知らないが、もうミルクやスクルド神に振り回されるのはうんざりだ。
「あの、カナタさん。この獣人狩りを止めさせて欲しいというスクルド様のご依頼、受けていただけませんでしょうか?」
ニーアまで何を言うんだ!
「私はハーフですが、同胞がたくさん殺される運命は何としても避けて欲しいんです。もちろん人間達も死んでもらいたくないです。私の心配は無用です、カナタさんが側にいれば、怖くなんてありません」
むむむ……そう言われてもな。だがニーアは意外に頑固だ。こうなったらなかなか意見を変えない。
その後ニーアは、とんでもないことを言った。
「もし、カナタさんが獣人狩りを止めてくれたら、その……夜のお勤めの権利を買い取ってくださってもかまいません」
ニーアが視線をそらし、頬を赤らめながら言う。
なんだって?!夜のお勤めの権利を、売ってくれるの??
今まで近くにいるのに手が出せなかった、この猫耳の美少女に、毎夜毎夜好きな事ができる!
あんなことやこんなことを、朝から晩まで……
朝から○○○して、昼は△△△のコスチュームで▲▲▲して、お風呂で□□□して、ベッドで一晩中■■■する。
猫耳に☆☆☆したり、尻尾に★★★したり…
いかん、鼻血が出てきた。
「……あの、そういう事は声に出して言わないで下さい」
「……カナタさんの変態」
思わず声に出していたらしい。二人の批難の視線が冷たい。だがそんな事は些細な事に過ぎない。
「この依頼を受けて、獣人狩りを止めたら、本当に夜のお勤めの権利を2万ルーグで売ってくれるの?」
ニーアが視線をそらしたまま、恥ずかしそうにコクリと小さくうなずく。
俄然やる気が出てくる。
「やりましょう!」
孫正義並みに断言する。もちろん下心のためではない。多くの獣人達が殺される運命を変えるためだ。正義のためである!
神の依頼となれば仕方が無い。それがあのロリ年増女神であったとしても。
ミルクとニーアが嬉しそうにタッチしている。ニーアの頬だけほんのり赤かった。
メイド長のシュリさんに、契約を結ぶことを伝える。再び何食わぬ顔であらわれ、ルール神の名による契約の保護を宣言するミルク。
「カナタさんはこの使用人の服に着替えてください。部屋は、後でメイドに案内させます。ニーアさんは、着替えを手伝いますので、こちらに来て下さい」
そう言って、シュリさんはニーアを連れて行く。
着替えが別室なのはわかるが、ニーアの着替えになぜシュリの手伝いがいるのだろう?と疑問に思ったが、とにかく着替えよう。こうなった以上、ここはもう敵地だ。ズボンを履き替え、使用人の服を着る。使用人と言うより執事が着るスーツみたいな服だ。今まで着ていた服より上等だ。などと鏡を見ながら思っていると、スクルドが現れた。
「カナタ君、なかなか似合ってるじゃないか。馬子にも衣装、ニートにもスイーツ(笑)ってね」
褒めてないな。しかし前者はともかく、後者は聞いたことないし、意味もよくわからん。
「着替え中にいきなり現れるな。この変態ロリ年増女神」
「イヤン……あんたの裸なんてみたくないよ。女神に逆セクハラするなんて、あんたくらいだよ」
体をくねらせ、目を手で隠す女神。相変わらずわざとらしい。
「あんた、何でいまごろ姿を表したんだ?」
「まあこれでも女神だからね。あんまりあんた以外の前に出る訳にはいけないんだよ。これでも一応、獣人やハーフの神だしね。権威ってものがあるんだよ」
確かにこいつは獣人やハーフの神でもあったし、ニーアとは会わさないほうが良いかもしれない。ニーアがスクルドに抱いている幻想を打ち砕いてしまう可能性がある。
というか、姿を現すのが神の権威にかかわるのであれば、以前みたいに時間を止めてでてくりゃいいじゃないか。
「時間を止めるのは結構疲れるんだよ。1分あたり、MP1万は使うし……それはそうとアタシの依頼を受けてくれてありがとうね。まあ下心からなんだろうけど、このスケベ」
ドキ!!ナンのコトでしょう。
「まあ動機は強ければ何だっていいんだけどね。今時珍しい肉食系男子だね。関心関心」
うるさい、それに俺は肉食系男子ではない。
「とにかく1年後の世界の滅亡を防ぐには、この『獣人の災悪』を防ぐのが不可避だからね。おそらくあの貴族に、何か秘密があるはずだよ。これだけ多くの人の運命に、影響をあたえるだけの何かがね。……おや、誰か来たね。じゃあ、消えるとしよう」
トントントン
「カナタ様、メイド長からカナタ様をお部屋にお連れする様にとの事です」
次回の投稿予定は、午後9時です。
初のニーア視点となります。
よろしくお願いします。