美味しいお仕事には、裏がある
「……はじめまして、では面接をさせていただきます。私はメイド長のシュリと申します」
メイド長のシュリさんは、眼鏡が似合う知的な感じの女性だった。年は40前後、メイド服とカチューシャという萌えアイテムを身につけているのに、年齢からか可愛らしい雰囲気は無い。根っからの職業人の様だ。長い髪を上品に纏めている。
俺とニーアは簡単な質問をいくつかされただけで、簡単に採用が決まった。
ギルドの外に泊めてあった馬車に同乗する様にうながされ、貴族の屋敷に向かう。この世界の馬車に乗るのは初めてだが、高級な馬車らしく揺れはほとんどなかった。
貴族の屋敷は町外れにある巨大な邸宅だった。衛兵に守られた門をくぐってから建物まで、馬車で10分進んでも、未だに広大な庭が続いているのだから。やっと建物が見えた。中世のフランスの貴族の豪邸みたいな建物だ。凄い貴族に雇われたものだ。
まさかとは思うが、この雇い主がセコンの町で話題になっていたユトラント伯爵じゃないのか?少なくともこの町の最高権力者の1人に違いない。
俺の直感は的中した。
「あなた方の雇い主、このお屋敷の旦那様はユトラント伯爵様となります。正式には、オーソン・フォン・ユトラント様、現ユトラント家の家長にしてセコン地方の領主様となります。お二人とも、くれぐれも粗相の無い様になさって下さい」
屋敷の一室に通され、シュリさんから雇い主の説明を受ける。
やはり、ここの主が獣人狩りをしようとしているユトラント伯爵公か。そいつがあえて獣人と人間のハーフのメイドを必要としている、何か裏がありそうだ。
「ではお二人とも、こちらの部屋へ。旦那様自らが、謁見されるとの事です」
ますます怪しい。臨時採用したメイドと使用人にわざわざ会うなんて…
「コホン、お二人とも、旦那様のお見えです」
シュリさんが咳払いをし、重厚そうなドアを開ける。
そこにいた雇い主は、俺たちが知っている人物だった。
「あ!」
「え?」
俺とニーアが思わず声を上げる。忘れもしない、ファーの町の奴隷店でニーアを買おうとした貴族だった。
上品なジャケットと蝶ネクタイ、高価そうなズボン、曇り一つないほどに磨き上げられた靴。しかし額にはルール神の契約違反の666の印、その目に光りはなく、井戸の底の様な瞳で、ただ無言でニーアを見つめている。
貴族は一瞬だけ口元に邪悪な笑みを浮かべると、部屋を出て行った。どうやらメイドとしてやって来た獣人のハーフの娘が、ニーアである事の確認をしに来ただけの様だ。
「くそ、図られた。はじめから、俺たちをここに呼び寄せるために、ギルドの求人をだしたんだ」
納得がいった。なぜあんな条件で求人をだしたのか、獣人のハーフなんて極めて少ないのだから、始めからニーアを狙った求人だったわけか。2万ってのも、俺が買い損ねた部分が2万ルーグってのを、あの奴隷店で聞いていたからか。俺のエロ心まで読んでいるとは、やるな貴族め。
しかしあいつがユトラント伯爵か。獣人のハーフのニーアに異常に執着し、大規模な獣人狩りまで行おうとしている張本人。あのぞっとするほど暗い瞳の下に、何を考えているのだろう。
「では、ルール神様の下で契約を行います。よろしいですね、カナタさん」
シュリさんが雇用契約の儀式を要求している。どうする?契約前に、ニーアを連れて逃げてしまうって手もある。あの貴族のニーアに対する執着は異常だ。その方がいいかもしれない。だが今さら断れるか?まだ正式な契約前だから強引に逃げちゃうって手もあるが、この屋敷の敷地の広大さと警備からして簡単に逃げきれるとは思えない。
「その前にちょっとトイレに言っていいですか?ニーアも一緒に来てくれ」
「トイレはあちらの廊下を抜けた先ですが、なぜニーアさんも?」
シュリさんがトイレの方向を指差しながら、怪訝な顔で尋ねてくる。
「えーと、ニーアの助けが無いと一人でトイレできないんです!」
俺はとっさに嘘をいう。我ながらもうちょっとマシな言い訳は無かったんだろうか。重病人じゃあるいし。
ニーアは顔を真っ赤にしている、そりゃ恥ずかしいだろう。俺も恥ずかしい。シュリさんにはいったいどんな主従だと思われたのだろう。
「とにかくニーア、一緒に来てくれ」(トイレまで)
「はっ、はい。お手伝いします!」
ニーアを強引に呼びつける。ニーアは顔を真っ赤にしながら、小走りで後を付いて来た。
次号、女神スクルドからの依頼、です
3時頃更新の予定です




