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誘われました

 ランクインにびびっております。

泣いた私の目は赤く充血して腫れた。

 10分も泣かなかったと思う。

 ここで私が泣いて現状が改善するならいくらでも泣くが、泣いて自分を責め過ぎるのは良くない。ただの自己満足だと分かっている。

 良い方向に考えよう。

 確かに降格されたが、それだけですんだ。

 最悪な話はあのまま侯爵家に嫁いでいたら、今頃お嬢様は流刑か身分剥奪で国外追放。子爵家も取り潰され、マーガレット様も路頭に迷うことになっていたに違いない。

 トカゲのしっぽ切り、ではないが最善だったのだ。

 よくよく考えれば、元凶は前当主だし、自業自得。

 子どもじゃないんだから、しかも当主なんだから、いろんな覚悟と予測たてて行動して欲しかった。

 残された家族は、一生その人の尻拭いをしなくてはならないんだから。

 「よしっ!」

 パンッと両頬を叩く。

 「くよくよしたって始まらないわ!一生かけてお助けするんだから」

 生きていれば笑う事ができる。

 いつか良かったって思うことができる。

 記憶の中の誰かがよくそう言っていた。

 「さ、まずは目を冷やさないと」

 泣いた後っていうのは、どうにも恥ずかしいものだから。

 水場でしばらく目を冷やした後、共同執務室に戻れば、ジェイとエド、それにフランドールさんとサリーが戻っていた。

 「おや?目が赤いね。また魔法使ったのかい?」

 「あ、はい、そんなところです」

 ははっとあいまいな笑顔で言えば、彼はふむっと考えてこう言った。

 「女性が腫れた目をしているのを晒すなんて恥ずかしいだろう。

 よし、色眼鏡付きの仮面型帽子があったはずだ。貸してあげよう」

 「えっ」

 サッとサリーが棚から取り出したのは、ダークレッドの色をしたキャスケット型で、前のほうに赤と銀の装飾のついた仮面、左右から白い毛がふわふわとついた長い鳥の羽みたいなのが数本突き刺さっている。

 「さぁ、遠慮なく」

 にこにこと悪気なくサリーさんが差し出してくる。

 申し訳ないが、これを被ってしまうほうが恥ずかしい。

 「えっと、その」

 「そんなもの被れば余計視界が悪くなる。午後はここで執務作業させるから、いらん」

 ほらっとばかりに、ごちゃっとした書類の束を持ち上げる。

 「そうかい?良かったらいつでも言ってくれ」

 「あぁ」

 「ご心配かけました」

 さっと一礼して席に戻る。

 「あの」

 「このチケットを枚数とリストで確認しろ。この書類もだ」

 渡されたのは紙袋に入った長方形のチケットの山。

 「何です、これ」

 「公開演習の特別演目の入場チケットだ」

 全体演習は郊外の演習場で行われ、入場は無料だ。貴族も平民もそれぞれ見ることができる。

 その後王城内の訓練場、並びに王城前広場にて行われるのが特別演目といわれ、警備や王侯貴族の安全面から入場制限があり、チケット制となっているらしい。

 見目麗しい騎士の剣技大会の他、交友会と称してのお茶会等もあるらしい。

 まさに客寄せパンダ状態!

 「…このチケット余ってませんか?」

 「ない。足りないくらいだ」

 リストを見れば、ほとんどが貴族。そうでない人の後ろには、推薦人や身元証人としての貴族の名が書かれている。

 チケットには自筆でサインする個所があるので、入場もこのリストで照らし合わせるのだろう。

 「あと1ヶ月ですね。いつこのチケット発売されたんですか?」

 「春の園遊会の後だったと思うが、お前は俺の補佐官だからチケットなしで入場できるぞ」

 「あ、私じゃなくてお嬢様達を招待しようと思ったんです」

 ジェイは少し考えて、

 「考え物だな。貴族ばかりが集まる社交場と変わらないところに、降格された家の者が参加すれば話のネタにされるのがオチだ」

 「そう、ですね」

 気分転換に来ていただけたらと思ったが、甘かったらしい。

 「来年なら1枚確保してやる。それまでにお嬢様に頑張ってもらっておけ」

 視線は書類に落としたまま、ぽつりとそう言ったジェイを見つめる。

 それに気づいて目線を向ける。

 「何だ」

 「いえ、意外に優しいんですね。見直しました」

 「…意外か」

 「はい」

 そのまま机に肘をつき、頭を抱えてなにやら考えていた。

 (優しいのは分かったけど、やっぱりあの冷笑は強烈だわ)

 さて仕事、とさっさと頭を切り替えて、チケットとリストのにらめっこに没頭したのだった。

  

***********************


 夏になれば貴族は別荘のある避暑地へと出かける。

 自然豊かな、静かな地方での静養。

 そして寄せられる嘆願書の数々。

 内容はほとんど同じものだ。

 魔獣が出た!と。

 そりゃあ出るよ、普段いない貴族が散歩がてら、私有地とはいえ森に入れば出るさ。地元の人間は魔獣の行動パターンを良く知っているから、そこまで被害報告はない。

 だけど夏だけやってくる貴族には、そんなこと関係ないし。魔獣はもっと関係ないはずだ。

 夏に退治され、秋に増え、冬に退治され、春に増える。

 毎年繰り返されるのだ。

 騎士塔の前広場で数十人の騎士が4列に並んでいた。

 彼らの前に1人の男性が立ち、大きく声を張り上げる。

 「これは訓練とは言え、実戦だ。くれぐれも気を抜かないように!」

 「はい!!」

 と、数十の声が重なる。

 それを2階の窓から見ていた。

 「あぁ、討伐隊の決起式ですか」

 肩越しにエドが声を掛かる。

 「今年も依頼が多いですからね。もう10の討伐隊が組まれてでましたよ」

 「見習いの騎士も混ざるのね」

 「元々は彼らのための実地訓練ですからね。辞める人はいても、死んだ人はいませんから」

 僕には無理ですけどね、と付け加える。

 「ヒルダ!」

 廊下の向こうから片手を上げて、ジェイが呼んでいる。

 「はい、どうしましたか?」

 小走りに駆け寄れば、彼は書類を突きつけた。

 「魔獣狩りに行くぞ」

 出かけるぞ、と誘うくらいな軽さで言う言葉ではない。

 若干嬉しそうなのは気のせいではないようだ。

 「いってらっしゃいませ」

 軽く頭を下げると、怪訝そうな声が返ってきた。

 「お前もだ。一緒に魔獣狩りに行くぞ」

 「私もですか!?」

 百歩譲って果物狩りなら行こう。

 いや、まず魔獣狩りってなんだ。討伐隊だし。

 「場所は北のバゼルーンだ。明後日出発する」

 「え、早くないですか!?」

 「普通だ。今から他のメンバーを推薦表から選びに行く。着いて来い」

 すたすた歩き出した背中をぼけっと見ていたら、後ろからエドが声をかけた。

 「ジェイさん、毎年最後まで討伐隊やってるから。あの…気をつけてね?」

 なぜ語尾が疑問詞なんだ、エド!!

 



  


 今日もありがとうございました。


 

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