あの事件のその後
忘れてませんでしたよ、はい。多分・・・。
本日は筋肉痛とのことで訓練は休み(ジェイが言った)、淡々と午前中の事務作業をこなした後、昼休みに入った瞬間に「ちょっと出ます!」と言いながら、共同執務室から駆け出した。
匂いで探そう!と思って嗅覚を強化すると、場所がいけなかったのか、汗の激臭に気絶しそうになった。
(あ!そもそも匂い覚えてない)
根本的なミスに気づいて、地道に足で探すしかないと小走りに探し始めた。
食堂が1番確立高いかな、と向かう。
前にサリーが「ジックイットさん(オルバ)なら食堂でよく見るわ」と言っていた。
ちなみにオルバはあの時の役名だったそうで、騎士団の中ではジックイットの名前でいるそうだ。それが本名かどうかは知らない。
ジックイットさんは騎士団第2大隊所属の騎士となっている。
諜報部っていうのはみんなどこかしらの隊に所属していて、いわゆる裏の役らしい。
その人間を探すのはタブーで、見つかればどうなるかは知りたくない。
広ーい食堂に入れば、ものすごい数の人がごちゃごちゃ動き回り、ざわざわ話していた。
(仕方ない…)
視力強化の魔法をかける。
はるか上空からでも獲物をすばやく察知できる鷹の目だ。
(いた!)
少し奥のテラスに近い席で、1人パスタを食べている人を発見した。
人の波をかき分けるようにして近づき、背後からその肩にぽんっと手を置いた。
くるりと振り向いた濃い茶髪の男性は「見つけた」と、つぶやいた私をみて驚きの声をあげた。
「わぁあ!」
「ジックイットさん?」
「め、目がギラギラしてるよ、ヒルダさん!」
あ、また解除忘れてた。
「すみません」
すぐさま解除して、勝手に向かいの席に座る。
「あの、お伺いしたい事があってきました」
「え?何?」
再びパスタを食べ始める。
トマトソース系パスタを口に運べば、にっこり幸せそうな顔になる。
「あの、ジェイさんのことなんですが」
「何?あいつ浮気でもした?」
「浮気?じゃなくて、お嬢様との縁談の話、覚えてらっしゃいますか?」
「縁談~?」
もう一口パスタを食べてから、上を向いて考えて、ポンと手を打つ。
「あぁ、あのついでにヒルダさんがって話?」
「それです!その話はどうなったかご存知ですか?」
ぐっと前に詰め寄ると、彼は首をかしげた。
「さぁ、君が補佐官になったからあの場限りのことじゃないかな」
「そうですか、良かった」
ほっと胸をなでおろす。
「何、お嬢様が恋敵とでも思ったの?」
なぜかわくわくした様子で聞いてくる。
「恋敵?何おっしゃってるんですか?
私が心配しているのは、お嬢様がお家の為とはいえ、あの腹く…いえ、ジェイさんと縁談だなんてとんでもないって話ですよ。
と、いうか彼女いらっしゃるんですか?」
「へ?」
「見かけは良いですが、あの怖い笑みを見たら彼女さんも逃げるかもしれませんね」
ぽかーんと口を開けたままのジックイットさん。
口の周りに小さくソースがついてますよ、と教えたい。
「昨日訓練で見たんですよ、あの笑みを。ジェイさん有名なんですか?」
「あ、うん、一部にね」
「公開演習なんかしたら、せっかくのファンが卒倒するでしょうね。人様に見せる笑みではないと思いますが」
「大丈夫。興奮しないとアレはでないから」
「そうなんですか、興奮…」
興奮してあの冷笑。
戦闘狂か!?あの人!
でなければ変態か…。
「そういえば、あの事件の刑罰が決まったらしいよ」
「え?」
「ジェイも知っていると思うよ。じゃ、またね」
あっという間に食べた皿を持って席を立って行ってしまった。
とりあえずお嬢様の縁談の話はなさそうだが、念のためお嬢様へ確認のお手紙を差し上げよう。
1人うんうんとうなずいて、ぐぅっと主張したお腹の主にご飯を与えるべく席を立った。
「どこに行っていた」
急ぎの仕事でもあったのか、少し不機嫌そうだ。
部屋にはエドが書類整理しているだけで、あとの3人はいなかった。
「ちょっと部屋に戻ったんですよ。何かありましたか?」
「別に」
ふんっと顔をそらす。
「そういえば、あの事件のその後ってご存知ですか?」
「あの?」
少し考えてからこっちを向く。
「あぁ、エノンの水晶洞か。一応な」
「聞いてもいいですか?」
「今まで忘れていたのだろう、聞かなくてもいいだろうに」
「忘れてませんよ!」
半分図星。
最初は覚えていたけど、訓練やら人の顔を覚えるのやらで日々殺伐としていて忘れていた。
「前子爵は流刑だ。侯爵は爵位剥奪、財産没収で同じく流刑。一族も財産の没収や爵位の降格などの処分をうけている」
「流刑…」
平民であれば死罪だろう。
貴族は法でも優遇される。
流刑は孤島にある貴族の幽閉先だ。一生出ることはなく、もちろん世話人などはいない。監視の目の下に自給自足を余儀なくされる。貴族として傅かれる生活をしていた人にとって、これほど過酷で屈辱的なものはないだろう。発狂する人も多いという。
「死罪を免れたのは、魔石の大部分を一族総出で回収にあたったからだ」
「あの、子爵家は…」
「男爵家に降格となった」
背筋に悪寒が走った。
無意識に握り締めた拳が震える。
「言っておくがそれだけで済んだのは、お前が告発した事で事態の収拾が早くついたからだ。男爵家とはいえ領地はそのまま、水晶洞の採掘も任される。いくらでもやり直しができるはずだ」
ジェイなりのフォローだろう。
いくら言われても、降格された醜聞にミードソン家は、お嬢様達は耐えなくてはならない。
私は1人その場から逃げている。
「今更だが、お前は悪くない」
頭にポンと温かい大きな手が乗る。
「お嬢様の友達なんだろう。
信じて、お前は自分のできるやり方で彼女を支えればいい」
「…はぃ」
歯を食いしばって声は出さない。
下を向けば涙がポタポタと落ちてきた。
「エド、少し手伝ってくれ」
「はい」
何も言わず2人は部屋を出て行った、いや、出て行ってくれた。
数秒後、私は大声を出して泣いた。
多分、この世界に転生して初めての大泣きだったと思う。
ちょっと株あげないとね(笑)
読んでいただきありがとうございます。