訓練と上司の本性
痛い表現とまた軽い変態がでてきます
お嬢様、ヒルダは恋をしました。
でもそれは叶わぬ恋でした。
相手の方にはすでに妻子がいらしたのです。
しかも例にもれず、愛妻家!とのこと。
やはり男はこうでなくてはいけません。
一瞬で失恋したものの、伊達に前世お一人様でアラフォー満喫してませんよ。いちファンとしてこれからも、末永く憧れて見惚れていようと思います。
これが初めて騎士団長様に出会った日の決意。
午後、再度訓練用に着替えて指定された屋内訓練場に向かう。
テニスコートくらいある広さの部屋で、天井はアーチ状になっている。
天井のあちこちに魔石が埋め込まれており、訓練で使用された魔法の流れ弾なんかを自動で吸収し、部屋の破壊を防ぐ役目を担っている。
「いらしたぞ」
ジェイに促されて目線をあげると、そこには騎士団長様の姿があった。
「やぁ、メイグ殿から話は聞いているよ。ずいぶん上達したそうだね」
紅茶色の短髪に口ひげ。スラリと背も高く、優しい目元のしぶい美中年。
若い時に出た剣闘大会では10年連続優勝し、出場停止になったらしい。
教官と同期だと聞いたときは卒倒しそうになった。
同じ41才でこうも違うのか。
ちなみに教官の引退理由は持病の悪化だそうだ。
持病持ってるようには到底見えないが、本人がごり押ししたようで、国としてもまだ軍の教官としているわけだから黙って見守っているとのことだ。
「ありがとうございます!」
しっぽがあったら、ものすごく振っているに違いない。
「すぐ始めるか?」
あ、隣に隊長がいた。
遊撃隊の隊長はクリーム色の長髪で、一つに結んで背中に垂らしている。目が少し細いのが特徴の32才。体の線も騎士としては細いほうだ。
「お願いします。
おい、準備できたか?」
「あ、はい」
あわてて手足に強化魔法をかける。
「顔以外全身だぞ」
「はい」
そんなやり取りを見ていた騎士団長様が口を開く。
「強化魔法と言っても、見た目には変わらないのだね」
「は「はい。残念ながらワシュラ(ゴリラみたいな動物)のように、手足が太く変化することはないようです」」
私の返事にかぶってジェイが答えた。
「ただし、強い強化魔法を使った後は…」
「聞いている。相当痛むのだろう。今日は訓練だ。ほどほどでいい」
「ありがとうございます」
頭を下げるジェイ。遅れて私も頭を下げた。
それから訓練場の中央で向かい合う。
ほどほどに、と騎士団長様も釘を刺してくれたので少し安心する。
「始め!」
隊長の合図と同時に動こうとしたが、それより早くジェイの蹴りが目の前にきた。
「ひっ!?」
思わず両手を曲げてガードするも、踏ん張りがきかずに数メートル後退する。
(ほどほどじゃないじゃないよ!!)
睨むように顔を上げれば、薄ら笑いを浮かべたジェイの顔があった。
悪い上司だ。
部下に華は持たせてくれない。
あいにく私も憧れの騎士団長様と久々会えたのだ。無様に負けるのは嫌だ。
それに最近のお嬢様からのお手紙に「一度その素敵な騎士団長様にお会いしたいわ」と書かれていた。
ここで覚えがよければ、その夢叶えて差し上げられるかもしれない。
(お嬢様、頑張ります!)
私は魔力を上げた。
ジェイの顔から笑みが消える。
「いきます」
思いっきり床を蹴って突っ込むと、両手を繰り出す。
だがそれを両手で外側へ弾くように受け流すと、右膝が飛んでくる。
顔はそらさず同じく左足でそれを防ぎ、体勢を低くし右肘を突き立てる。
どすっと確かに腹部に入った。
硬い弾力のほとんどない感触が肘に伝わると同時に、背中に衝撃が走った。
「かはっ」
強制的に肺から空気が出され、呼吸ができなくなる。
振り上げた両拳が背中に落とされたのだ。
床に叩きつけられそうになったが、反射的に右手で床を押して横へ逃げた。
肩膝をついた姿勢で睨めば、平然としてる顔があった。
断言しよう。
こいつはワシュラに勝てる人間だ!!
馬並みの脚力の蹴りを受け止めるってどんだけなの。
腕力だって樽を持てるくらいにあるはずだ。
(化け物だわ~)
下から見上げる私を見下ろしていた顔に、またも薄笑いを浮かべる。
誰かが言ってた話を思い出す。
--遊撃隊第4席は戦いになると、性格が変わるらしい--
前々から訓練と普段が違うなぁと思ってたけど、今日はあからさまに変。
とてもお弁当のゼリーをくれるような人には見えない。
「次、いくぞ」
そんな笑顔で言われたら、ものすごく怖い。
体勢を整え、視力を強化する。
よく見える、というより昆虫の持つ複眼という能力に近い。
図形認識能力を上げ、とにかくかわすことに重点をおいた。
30分後、失神はしなかったが、文字通り床に倒れこんでいた。
「すばらしい!とても元メイドとは思えない」
拍手をしながら騎士団長様に褒められているが、あいにくと立ち上がる気力はない。
「ありがとうございます」
私の全力をぶつけたものの、爽やかな汗くらいしかかいてない、そしてあの怖い笑みが消えたジェイが私に代わってお辞儀していた。
「ぜひ正式に騎士団への入団を検討して欲しいものだ」
「ありがたいお言葉ですが、彼女は補佐官として貴方に付いていきます、と言っておりまして」
「そうか。無理強いはいかんが、説得は続けたまえ」
「はい」
私の知らないところで話が進む。
(いやいや、待て!誰が付いて行くって言った!?私はお嬢様の素敵な学園ライフのお助けになればと頑張っているだけですけど!)
疲れで気が遠くなりそうだったが、ここで解除したら騎士団長様の前でとんでもない失態をしてしまう!それだけは避けなくてはと、必死に頑張っていた私は偉いと思う。
本日2話、ありがとうございます。