自虐的な魔法と私(前編)
思い立って気合で書きまくりました。
最初に言います、まとまりなくて申し訳ありません。
私の大事なメリアランお嬢様。
艶のある金髪の巻き毛に、ぱっちりとした愛らしい瞳は黄色い水晶のようにキラキラしていて、この春に16になった笑顔が似合う美しいお嬢様。今は亡き奥様に似られて本当に良かった。旦那様に似たのは、女性としては何の支障もない160センチない身長くらいでございます。大事なのでもう一度言います。本当に似なくて良かった。
私はメリアランお嬢様のお側に、10年お仕えさせていただきました。
5才年下のお嬢様を妹のように…いえ、精神的には前世の分まで合わせて40歳以上年下のお嬢様は、私にとって我が子のような存在です。
そうです。私、前世と思われる記憶があるのです。
そして今、私はお嬢様の涙を止めるために、夜の森の中を土誇りをあげ爆走中であります!
その名の通り足に肉体強化の魔法をかけて、馬並みの速さで走っております。
今まで隠していた魔力を最大限使って、明日は酷使した反動でとんでもない激痛がやってこようとかまわない。とにかく時間がない。
どっかの夜会に出られる旦那様を、お嬢様と下のマーガレットお嬢様(こっちもかわいい!)と一緒にお見送りして、バカオ…旦那様の私室へ入り、とある証拠の品々が保管されている金庫の鍵を嗅覚を研ぎ澄ます魔法を鼻にかけて見つけ、ニセモノとすり替えたのが数時間前のこと。
(私が間違っていたら…)
今更ながら不安が頭をよぎった時、ようやく森の中から抜け出したのに気がついた。
目の前には月明かりに照らされた草原と、少し下ったところには畑が広がっている。その先には目的地であるテナンの町の灯りがあった。
「オルバ様、いてくださいよ」
私は両手でぎゅっと腹部に巻きつけた袋を抱きしめた。
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テナンの町は王都からの街道にある大きな町だ。昼間は中央の商店が賑わうが、夜は街の東と南にある歓楽街が賑わう。露店も出ている。あちらこちらに火がともされており、深夜になろうとしているのにまだまだ賑わっていた。
そんな中を、茶色いローブをきている少女が1人歩いていた。
長い薄い茶髪をみつあみにして腰までたらし、鼻にはそばかすが散っており、黄色の大きな瞳に黒ブチ眼鏡をかけ、少し頬をふくらませてみた地味な私。
今度は顔に魔法をかけた。私の顔はいわゆる派手。お嬢様いわく美人らしいので、歓楽街なんて歩いたら余計な時間がかかるかもしれないからだ。
(あーあ、これで明日は顔まで激痛で腫れてひどいことになるわ)
それでも早く探さなくてはならない。
あのオルバという宝飾商人を。
彼が私の勤めるミードソン子爵家に来たのは2ヶ月程前の事。このバルジ国王都にある王室御用達の宝飾店、“ミルバール”の東支店長代理のオルバ・レングールと名乗った。
いくら王室御用達でもいきなり貴族の邸にはこない。しかもミードソン子爵領は王都から7日はかかる東の領地。つまり田舎。
富豪でもない子爵家になぜ来たか。なんとクロッグ侯爵の紹介でやってきたという。
彼の顔は正直うさんくさい笑顔としかいいようがない。体格も中肉中背といった感じだし、優しいお兄さんって感じの人だったが、サラサラの濃い茶髪と笑顔に騙されてはダメだと直感した。
それから3回ほど商談に来られ、私もお嬢様とともにお会いし、そして確信してしまった。
この人は何かを探している、と。
私は旦那様がよからぬ事に関わっているのは知っていたけど、どうせ小さなことだろうと見て見ないふりをしていた。無駄にお嬢様達を不安にさせることはないと思っていた。
でも、五日前の夕方。
帰宅した旦那様にお嬢様が呼ばれ、お部屋に戻ってきたその顔は蒼白で泣きはらしたのか、目の周りも真っ赤になっていた。
駆け寄った私にお嬢様は言われた。
「ヒルダ、私クロッグ侯爵様と結婚なんてしたくない!」
「当たり前でございます!!」
間髪いれずに私は大声をだしていた。
泣くお嬢様を抱きしめつつ、クロッグ侯爵のプロフィールを頭に巡らせると「最悪」しかでてこない。
年は43才。バツ2で、体格はふくよか、若干ハゲ気味。妻はいないがとにかく女グセが悪く、愛人達との間には認知していない子どももいるらしい。だが公には、亡くなった1人目の妻との跡継ぎだけだ。その跡継ぎは15才前後ではなかっただろうか。
しかもこの侯爵はこの国の政治を担う貴族院にも名を連ねている。ちなみにもう片方の教会院からはその女グセの悪さから、かなり嫌われているらしい。
あのクソバカオヤジめ、とうとうやったな!と私は一瞬でキレてしまい、家を守るため諦めなきゃと泣くお嬢様を説き伏せて、あのオヤジの横領を暴露する事に決めたのだ。
この醜聞が広がればこの話も流れてしまうだろう。
その後の事はいろいろ思うことがあるが、4日後にはクロッグ侯爵が視察に訪れて、そのまま侯爵家のしきたりを学ぶ為にお嬢様を連れ帰ると聞いたので、もうあとの面倒ごとは直面してから考えようと思った。
これまでのことをまとめながら、ふと時計を見ると日付はとっくに変わっていた。
やたらと男が多い(当たり前)この賑わいの中にいるとは限らず、宿に引っ込んでるかもしれない。
私は拳を握り締め、声帯に強化魔法をかけた。
そしておもいっきり名前を呼んでみる事にした。
「オルバ・レングールさまいませんかぁああああ!!」
近くの人は目を見開くか、耳を押さえて固まる。
数秒して「なんてデカイ声だ」とか「やかましい」とか怒鳴られたりしたが、本人からの返事はない。
私はさらに2回ほど場所を変えて叫んでみた。そのたびに恥は消えていった。
そしてまた場所を変えようとした時だった。
「あんた、オルバに何の用だ?」
おもわずびくっとして見上げれば、190くらいありそうなでかい男が側にいた。
年は20代半ばくらいで、肩につかないくらいの黒髪と、ちょっと目つきの鋭い青い目。日に焼けて顔立ちも良くて、服装は旅人みたいだが近寄りがたい雰囲気がある。
「おい」とせかす声にはっとして、のどに左手をあて魔法を解く。
「あの、その、お、オルバ様に言付けがありまして…」
その先は続かない。
なんせ本人に会う前に知り合いなんて想定外だったからだ。
「代わりに伝える。家はどこだ」
「え?」
「バカでかい声出して注目されないとでも思ったか。送ってやるからさっさと帰れ」
ほら、とばかりに背中を押す。
「え、ちょっと、困ります!オルバ様はどこですか!?」
「伝言は伝える」
「会わないと意味ないんです!」
おもわず彼の両腕をつかんで、まっすぐ目をみて必死に言った。
「お願いです、会いたいんです。オルバ様はどこにいらっしゃいますか!?」
彼は黙って睨むように見ていたが、やがて小さくため息をついた。
「今から会う。お前の名は?」
私は顔の筋肉がゆるんだのがわかった。
「ヒルダと申します!」
「修羅場になっても俺はしらんからな」
「は?」
どういうことですかと聞こうとする前に、彼は歩き出した。
着いたのはすぐ近くの怪しい店で、胸元が大きく開いてたり、スカートにスリットが入ってたりするお姉さんがお相手している店だった。
まぁ、前の人生で接待で行った店は、下着が制服だったから別に動揺なんてしない。この店もサービスタイムなんてあって、その時脱いだりしたらさすがに動揺するかもしれないけど。
薄暗い店内を店員がじろじろ私をみていたが、前を歩く男は店に入ってすぐチラッと私を振り向いただけで、そのまま2階にあがった。2階は1階と違い、席と席を薄い壁が仕切っていて、入り口は短いカーテンが机の上の部分を隠すようにつけてあった。どうやらそこそこいかがわしい店らしい。
男が床を2回踏み鳴らした。
すると奥の席から女がゆっくり出てきた。どうやらあそこにいるらしい。
彼女は私をちょっとびっくりした表情で見ていたが、男はそのまま歩いてその席に入っていってしまった。
「あ、待って」
あわてていた私は挨拶もなしに、カーテンを開けた。
そこに座っていたのは左にさっきの男。右には目が落ちそうなくらい目を見開いたオルバ様がいた。
首元やらが乱れて、キスマークがいくつかあったのもあってか、ものすごいマヌケに見えてしまった。
「だ、誰…?」
「お前の名を信じられんほどでかい声で叫んでいた女だ」
2人の顔にそれぞれ違った意味で、眉間にしわが寄る。
「俺、知らないよ」
「そうか」
男に睨まれた直後、私は彼の奥に引きずり込まれた。そして両腕を後ろにねじられる。
「いたっ!」
「手加減しなよ、女の子なんだから」
そういうオルバ様には全然批難する気はないらしい。
男も拘束する右手の力を緩めない。
「お前に伝言があるそうだ。な?」
「はい、ったたたた!」
(どうして語尾で力をさらに入れるんですか!)
身をよじって首を縦に振る。
「俺に?なんだい?」
この状況を見慣れてるのか、穏やかな声で聞いてくる。
オルバ様が男に視線を送ると、少しだけ両腕をねじる力がゆるんだ。
「お、…お探しのものは見つかりましたか?」
次の瞬間、オルバ様の手が私の口を塞ぎ、さらに両腕は強くねじられた。
「…!!」
歯を食いしばって痛みに耐えていると、また穏やかな声がした。
「どうしようか」
「吐かせるしかないだろう」
ガラリと冷たくかわった空気に、ぶっそうな会話。
(ビンゴォ!)
私は痛みを耐えつつオルバ様を見た。
「何?叫んだら、のど、潰すからね」
淡々としたゆっくりとした口調に、腕の痛みより鳥肌がたち、私は小さく何度もうなずいた。
ゆっくり、少しだけ口をふさいでいた手が離された。
「け、血判証がございます。あと書類を」
「どこに?」
「服の中に、いぃ!?」
横から男の左手がローブの中に滑り込んできた。
上半身に男の大きな手がはう。
真っ赤になっているだろう私をかまうことなく、男は「腹になにかある」と言ってブラウスのボタンをはずし始めた。
「じ、自分で取り、むぐっ」
抗議の声はオルバ様の手によって塞がれ、私は素肌に証拠をさらしで巻きつけてしまったことを後悔す ることになった。
ローブで人目にはつかないとはいえ、素肌を男の手が這い回ってどうにかさらしをゆるめ、ゆっくりと破れないように証拠を取り出していく。
「声、出さないでね」
また背筋の凍るような声で言われ、私はうなずいてようやく拘束から開放された。
ゆっくりとしか動けないくらい肩が痛い。それでも両手をほぐしていき、ようやくオルバ様が証拠の品を見ているのと、男が私の様子を伺っているのに気がついた。
先ほどの感触がよみがえり、私はあわててローブの中でボタンをとめはじめた。それが不審なものだったのか、無言でローブを払いのけられた。
(よかった。今日は走ると痛いし邪魔なんでさらし巻いといて)
男をにらみつつボタンをとめ終わると、オルバ様も私を見ていた。
「本物みたいだね。どうしたの、これ」
先ほどより緩んだ口調に思わず「私、お嬢様の侍女のヒルダでございます」と言えば、首をかしげられた。
「彼女は、美人だった」
思いっきりお前は違うだろうと、その表情で言われて気がついた。私、顔の魔法を解除していませんでしたね。
「あの、変装してまして…」
チラリと隣の男を見る。
下手な事したら、次は肩をはずされそうだ。
「私、そのちょっと変わった魔力持ちでして」
「どんな?」
「私は、私の体を変えることが出来るんです」
また2人の眉間にしわがよった。
この世界の人は魔力持っているが、個人差が大きくて、ほとんどの人が妖精を見れるくらいの小さなものだ。
魔力が強いと、妖精よりはるかに力を持つ精霊を惹きつけることができる。
魔力はどの精霊に一番好かれているかで属性分けされる。火、水、風、雷、癒しと大まかに5つだ。つまり水属性だからといって火の魔法が使えないわけではない。ただ簡単なものしかできないだけだ。
普通は魔力を魔石に一時的に溜めたり、物に宿したりする。癒しについてはそのまま怪我を治すくらいで、生き物の形状を変えてしまうなんていうことはありえないのだ。
「で、君は何属性なの」
「教会では癒し属性といわれました」
うさんくさいな、という雰囲気が場を支配する。
どうしようかと下を向くと、下げた頭に視線は集中する。
(仕方ない…)
私は魔法を解除する事にして、顔をあげた。
「今から解きます」
そう言ってすぐ両手で頬を包むようにして、目を閉じた。
顔をかたどっていた魔力が、手のひらから吸い込まれるように体内に戻ってくる。
大きくと息を飲む音がした。
目を開ければ驚く2人の顔があった。
(オルバ様、いい加減そのキスマークと乱れ直さないとマヌケです)
「ヒルダ殿」
髪や目は変えていなかった。頬と皮ふにそばかすと少しアレンジしていただけだが、眼鏡も加わって別人になれた。
「すごいな、初めて見た」
と、男が顔を近づけペタペタと両手で顔を触ってくる。
ついでにむにっと頬の肉がつままれた。
「ひぃっ!」
激痛に首をすくめる。
「こらっ、ジェイ!」と、初めてオルバ様が批難した。
「強くはしていない」
むすっとしてオルバ様を睨むジェイ(と呼ばれた男)。
私は頬をさすりながら、2人を見た。
「すみません、私の魔法の代償のせいなんです」
「代償?」と2人が同時に言う。
「はい、私は勝手に強化魔法と呼んでいるのですが、例えば今魔法を解いた顔ですが、相当負担がかかるようで、解いた後はしばらくすると腫れたり痛みがでたりするんです。もちろん、強化魔法をかけた時も多少は違和感があるんですが」
「癒しの魔法では治らないのか?」
「はい、ひどくなるばかりで。自然治癒させるしかないんです」
だからといって魔法をかけっぱなしなんてできない。変化している間はどんどん魔力が消費されている状態で、しかも長時間魔法をかけていればいるほど、その代償はとんでもなく大きなものになる。
「つまり、もう一度さっきの顔になろうとすると痛い?」
「はい、なりたくないです」
顔は特に痛みがひどいから、だから一部しか変化させなかったのですっと話した。
「それより!」
声がかすれる。声帯にも代償がおよんできたらしい。
「オルバ様や、あのジェイ、様でしたか。お2人はどのような?」
ここで3度目のオルバ様のマヌケ面を見て、ジェイ様もまた目を見開いた。
「知らないで俺を訪ねてきたの?」
「はい、なんとなくで。自分のカンを信じました」
「はぁ~」
やたら大きな、呆れるようなため息をついてオルバ様が背もたれに背中をつけた。
ジェイ様は相変わらず私を見ている。
「あの…」
答えをせかす私にオルバ様はうなずいた。
「正解だよ。でも運がよかったね。
確かにミードソン子爵の疑惑について捜査しているよ」
「オルバ」とジェイが睨む。
「この証拠は予想以上だよ。彼女は君が保護して連れ帰ってくれ」
「は?」と間の抜けた声を出したのは私。
ジェイはじっと私を見た。
「名はヒルダ、で間違いないな」
「は、はい。ヒルダ・グレイソンと申します」
「俺はジェイ」
「ジェイ様、ですね」
「ぶっ!」
噴き出した口を押さえていたオルバ様をジェイ様が睨む。
「様はいらない。ジェイでいい」
「わ、わかりました」
どうやら様付けで呼んだのがツボにはまったらしい。
にやにやするオルバ様から目をそらして立ち上がると、「行くぞ」と私に低く言った。
「嫌です、まだ何もきいてませんよ!?」
「静かに」
「ダメです、時間がありません。お嬢様の未来がかかっておりますから」
動きませんよ、と私は座りなおしてオルバ様を睨んだ。
「クロッグ侯爵様がお嬢様を嫁がせろと言ってきました。私はお嬢様をお救いしたいのです。エノンの水晶洞の横領だけでも、十分に醜聞になるはずです。すぐにで・・・」
「水晶洞!?」
いきなりオルバ様がくいついた。
ジェイも座りなおして私を見る。
「侯爵に水晶洞。お前をいくつ知っているんだ?」
「え?知ってることですか?えっと、エノンで一昨年発見された水晶洞の利益を横領したってことですけど」
それを捜査してたんじゃないのとばかりに見れば、2人とも初耳だって顔していた。
あら、私余計なこと言ったのかな。
でも私の感が正しいなら、この2人はこの東の地と王宮を結ぶ機関である、東総括部の関係者だろう。よっぽどのことがない限り王宮騎士団の特捜部や諜報部などの上層部は動かない。小さな地方領主の横領捜査なんて、地方役所の仕事だ。
それに水晶洞や鉱山などの開発は、まず領主からその地の総括部に開発計画書等を届け出し、その後王宮にて審査されて資金援助や開発に必要な人材や物資、税収についての取り決めなどが行われる。
それを総括部の関係者が知らないわけない。
「あなた方、誰なの」
疑惑を持った目でみれば、オルバ様は私を見て言った。
「みんな、今の聞いたよね」
それは私に言われた言葉ではなかった。
シャッとカーテンが開いて、私はびくっとして反射的にジェイの方に近づいた。
そこには5人の男と3人の店員と思われる女が立っていた。
「水晶洞、すぐ調べて。これ証拠ね」
私を見たままのオルバ様が机の上で書類を横に滑らせると、1人の男が「はい」と言ってそれを手にとり、一礼してみんな立ち去ってしまった。
「大丈夫。ちゃんと説明するからね」
にっこり笑ったオルバ様だったが、やはり首もとのキスマークのせいか怖くはなかった。
「その前にその首をどうにかしろ」
「くび?うわ!」
触った手に口紅がついたらしい。
「え、俺かっこ悪くない!?」
「悪いな」
私も便乗してうなずいた。
「キメたはずだったのに!」
「似合わないことするからだ」
机に伏せるオルバ様。
そんな彼に深いため息をついて、ジェイは私の腕をひいて立ち上がった。
「あの」
「知りたいなら来るんだ。お嬢様を助けたいならな」
今度は居座れそうにない。
私はまだ机に伏せるオルバ様に一礼して立ち上がった。
それから店を出て、しばらく歩いた先にある2階建ての普通の宿に案内された。
中に入るとイスとテーブルの席が5つほどあり、何人かがいた。そして受付には1人の若い男がいて、ジェイが部屋の番号を言って「追加で1人」と言った。男はジェイの後ろにいた私をちらっと見て「ではこちらに」と、用紙を差し出していた。
記入が終ると2階の部屋へ入った。
ベッドが2つと、テーブルとイスが2つあるだけのシンプルな部屋だった。
そこで私はジェイから話を聞く事になった。
話の冒頭、彼らの身分を聞いて、私は深く頭を下げることになった。
彼らは地方役人ではなくて、王宮騎士団の人間だった。
しかもオルバ様は諜報部、ジェイは遊撃隊所属らしく、あの店で席に来た男女も騎士団の人間らしい。
「ことの発端は数年前になるが、ようするにクロッグ侯爵の金回りが良過ぎるということが始まりだった。不正や賄賂の類だとすぐ調査が入ったが、なかなか切り札となる証拠がない。
そんな中、国や魔法庁が管理しているはずの魔石が、大量に国外に流出していることがわかった」
「それって、まさかエノンの!?」
ジェイはおそらく、とうなずいた。
魔石は元は高純度の水晶だ。純度の高い水晶は魔力を溜め込んで魔石と呼ばれる。そうでない水晶は装飾品などに加工される。
魔石の利用法は日常生活の必需品から、戦争の道具にまで幅広い。
だから水晶は国や魔法庁が厳しく管理し、開発から埋蔵量の算定や発掘量さえ指定されている。
「現在わが国には6つの水晶洞が確認されている。エノンはその中に含まれていない」
「でも、ですが、許可証は発行されたようですし、発掘量も少ないと聞きます」
「そのあたりはこれから調べる。
それよりお前、顔が腫れてきたぞ」
わかっている。ものすごく顔が熱いし、頬が腫れてきて口の中で歯が肉にあたってきた。視界もまるでものもらいを患ったかのように遮られ、鼻の奥もつんとした痛みがじわじわとでてきていた。
本格的に反動がくるこれからの痛みの恐怖より、恥ずかしさが勝り、あわてて両手で顔を隠して下をむいた。
「冷やすものを持ってくる。この部屋からでるな」
本当は「はい」と言いたかったが、もはや唇も麻痺が始まって小さくうなずく事しかできなかった。
パタンとドアが閉まった音を聞いて、お嬢様の事を考えた。
思ったより大きなことになってしまった。
私の考えていた成功プランはこうだ。
ミードソン子爵横領発覚⇒クロッグ侯爵は議員という立場を守るため縁談破棄⇒水晶洞の横領につき揉み消しが難しいと判断され、子爵家当主実刑⇒一族会議で異母兄が当主となる⇒お嬢様達ハッピー!
それなのに、なんでいきなり実刑確定、いや、下手すれば子爵家が取り潰される。
やはり東総括部に勤めていらっしゃる、異母兄のフレイダス様に直談判するべきだったのかもしれない。しかし3日はかかるし、フレイダス様は前子爵の愛人の子として負い目を感じていらっしゃるから、旦那様に強く進言できるか微妙だし。
でも愛人の子ってだけで結婚すら許されず、そのかわりお嬢様達をものすごくかわいがっているから怒って下さったかもしれない。
どちらかといえば、フレイダス様が父親のほうが外見的にしっくりくるってことは、家人全員が思っているが言ってはいけないことだ。多分、旦那様もそれは思っているみたいで、フレイダス様がお嬢様達に会うのをものすごく嫌っているし、手紙だって破棄してる。でもこっそりやり取りは続いてる。私とか執事様とか一部の家人が協力してる。
「あ゛ーぅあういぃ(あー、どうしよう)」
もはや何かのうめき声のような声しかでない。
「だ、大丈夫じゃなさそうだな」
若干引きつった声がした。
「ひぃ!」
驚いた私はおもわず顔を上げた。
「…今のお前に驚かれたくないな」
ものすごく失礼な事を言われた。
言い返す前に、顔に冷たいタオルがぺったりと張り付いた。
タオルから薬草のにおいがする。おそらく折りたたんだタオルの間にあるのだろう。
(あー、湿布気持ちいい)
「他に冷やすところはあるか?」
冷たさにうっとりしていた私は、そう聞かれて少し考えた後、とんでもないことに気がついた。
「…ぁぃぁう(あります)」
「どこだ」
震える指でほとんど感覚のない足を指差した。
「…ぁうえてあうや(忘れてました)」
「お前、馬鹿だろう」
大きなため息と呆れた声が飛んできた。
すごいな、通じたよと別のところで関心していた。
だって、最悪町中駆け巡ろうと思っていたから、最後まで解除せずにいたんだもの。それが裏目にでて、今こうして麻痺している。解除したとたんに激痛がくることが予想される。
「少し待て。足の分の準備をしてくる」
「ぁい」
もう一度ドアが閉まった後、私はブーツを脱ごうとしたが、すでに足はパンパンに腫れており、しかも麻痺しているのでイスから転げ落ちそうになった。
再びドアが開いてジェイが戻ってきた。
「店員が夜間でも診てくれる医者がいるといっているが、どうする?」
「ひゃいひょ・・・」
片手を振って「大丈夫」とお断りのジェスチャーをする。
「わかった。まずは寝ろ」
言うが否や、首の後ろと膝の裏に手が回されて抱き上げられた。
「ひょ!?」
そしておろされたのは、当然ベットの上だった。
「足もすごいな。ひっぱるぞ」
スカートを膝上までめくられ、膝下を押さえられてブーツを剥ぎ取られる。
自分の皮までひっぱられてつっぱった痛みがきた。
どうにか両方のブーツを脱がせて貰ったわけだが、このときあまりの恥ずかしさに放心状態に近かった。
男前に介抱してもらっているのが、普通の状態の私ならドキドキもする。しかし今は顔は凹凸がわからないくらいに晴れ上がり、足もおそらく倍近くにはれ上がった私。胴体、手はそのままだが、全体的にみたらそのアンバランスに言葉を失うだろう。
「よし、解除しろ」
私は寝たまま、足の付け根におそるおそる両手をはわせて解除した。
とたん、下から上に突き抜けるような痛みがはしり、おおきくのけぞった私は瞬間的に気絶していたらしい。気がつけば、人の温もりが私を抱きしめていた。
「大丈夫か?」
驚きより先に痛みが体中にはしる。
なんとかタオル越しにうなずくと、彼は離れた。
熱を持ちズキズキと痛む足に、シーツを握り締めて耐える。
その間にジェイはスカートをきわどい所までめくりあげ、薬草入り湿布をペタペタと貼っていった。
そこへドアの開く音がした。
「やぁ」
入ってきたのはオルバ様。
あれ?私あられもない格好じゃないですかね。
あわてて腰の辺りにあるスカートの布地を下に放ると、「服がぬれるぞ」と再びめくりあげられてしまった。
(ぎゃあ!!この人デリカシーないわ!)
抗議することも、もう一度スカートをなおすことも、段々と強くなる痛みと倦怠感でできなかった。
「なるほどねぇ」
含み笑いした声が聞こえた。
「何だ」
「いやねぇ、店員に言われたのさ。『他のお客様のこともありますので、あまり激しいプレイはご遠慮願います。もしよかったら、ご紹介しますので』だって!わはははっ!」
弾けたように笑い出した。
「紹介?」
「くくっ、つまり、君は女性を痛みつけてイタすのが趣味だと思われたってことだよ」
そしてまた笑い出した。
なるほど。この町は歓楽街。女を連れて帰ってきたってきたってことはそういうことで、しかもしばらくしてから大量の痛み止めの薬草やらを貰いに来て、医者をすすめるが聞きにこない。盛大に誤解されてしまったらしい。
「どいつだ」
怒気をはらんだ声がした。
「聞いてどうするのさ」
「ここへ連れてきて誤解をとく」
「ひょい!?」とは驚いた私の声。
ちょっと待って。ここに連れてきてこんな格好の、しかもミイラのように湿布だらけの私を見せるんじゃないでしょうね。誤解が真実味を帯びてしまうよ、あんた。
同じ事もオルバ様も思ったらしく、じっくりとジェイを説得していた。
そして私は騎士団の2人の徹夜の看護、という名の羞恥プレイを受けることになった。
「自分でします」とどうにか主張すれば、大事な証人だしとか、お前のうめき声で寝れるわけないだろうとか(これはジェイ)、だったら部屋を別にといえば万が一に備えると物騒な事をいわれ、最後は説得というか脅しに近い形で受け入れることになった。
ちなみに水替えにはオルバ様が行き、店員には連れの女性は彼の妻で、長旅で古傷が痛んでしまい看病に不慣れな夫が薬草の量を間違えた。ついでに疲れから熱を出して寝込んでいると説明してきたと言っていた。もちろん、この説明にもジェイは文句を言っていたが、1番納得していないのはあなたじゃなくて私だと思っていたのはいうまでもない。
読んでいただき、ありがとうございます。