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この家族には四季があります。  ある春の一日

作者: 梨清 愛水





 「なあ、親父。はるかが一番この中でかわいいと思わないか。」

新生児室を食い入るように見つめる冬雪ふゆきの頭をぱかんとはたく。桜が満開の、春の日だった。

「おまえのようなものを親ばかというんだ、馬鹿者。生まれたばっかりの赤ん坊なんぞ、みんな似ようなもんだろうが。」

つれないなとそっぽを向いた息子の背中に、心の中で毒づく。


はるかが一番かわいい・・・当たり前だろうが。はるかは、俺の孫なんだからな


 俺は改めて、自分にとっての初孫をじっくりと眺めた。春に桜と書いてはるか。わが息子ながら、なかなかセンスのいい名前をつけたもんだ。 




 はるかが生まれて半年ほどたって、孫の顔を見に冬雪たちの住む家をおとずれた。大荷物を抱え、泊まる気まんまんである。インターホンを押すと、はい、と心なしかすっかり母親の声になった冬雪の妻、秋葉が答えた。おもむろにドアが開いて・・・

 まったく、赤ん坊の成長の早さだけには、驚くわい。

 秋葉に抱かれたはるかをみて、思わず顔がほころぶ。おうおう、泣き出しちゃって。いや、いいんだよ、秋葉さん。赤ん坊はな、泣くのが、食べるのが、健康に育つのが仕事だ。大きい声で泣くなあ。元気な証拠じゃあないか。声のすみからすみまでエネルギーが詰まっておる。

 そのとき、ふいにはるかが泣き止んで、こちらを見た。ぱちりと目が合う。そして俺の体を、何かの衝撃が貫いた。深くて、吸い込まれてしまいそうな、聡明そうな瞳が、俺を射抜いていた。どこかでみたことのある目だ。とても、身近な人の目なような気がする。

 少し考えて、ああ、と思いいたった。


 多季の瞳だ。


 三年前に他界した、俺の伴侶。あいつもこんなふうになんでも見通してしまいそうな目をして、世の中を見つめていた。顔立ちも、似ているような気がする。そりゃあ孫なんだから似ていて不思議は無いのだが。




 俺も多季も、おしゃべりなほうでは無かった。冬雪が家を出てからは、二人でのひっそりとした生活を続けていた。しかしそんな中に、一日だけ、過去の自分を語り合った日があったと思う。そうあれも、はるかが生まれたのと同じ、桜がひらひらと空を舞っている日だったような。


 「あたしはね、天才なんですよ。何でも昔から良く出来てね、人が十回やって出来ないことを、私はお手本を見ただけで出来た。料理、裁縫、勉強、運動。何でもね。」

言葉だけきくとただの自慢のようだが、それをいう多季の表情は晴れなかった。ソファに座って新聞を読んでいた俺の前に湯飲みを置いて、自分も俺の隣に座る。つけっぱなしのテレビには、ピアノをすごいはやさでひく天才少年がうつしだされていた。 

「まあ、そうだな。お前は器用なほうだろうし、不注意の失敗もあまりないな。」

ええ、と多季は遠くを見ながらうなづいた。俺は多季が皿やその他のものを自分の失敗でこわしたところを見たことがない。

「でも、天才には二種類あるんですよ。ある一点だけが秀でた天才と、器用貧乏がちょっと進化しただけの天才。私は後者ですね。小さな頃は手がかからない子だっていわれてほっとかれて、大きくなれば隙がないっていって敬遠される・・・。なかなか損な天才でした。」

首をかしげる。

「ん・・・、いや、お前は隙がない女なんかじゃあなかったぞ?人付き合いが苦手気味だったし、やきもち焼きだし。」

多季のくすくすという笑い声が耳に心地よく響く。年をとって、多季はまるく、かわいらしくなった。肩のあたりでくるりと内側にカールした髪型も似合っている。若い頃は、確かに誰に対してもつんつんした印象だったかもしれない。そして多季はお茶のおかわりを入れてくれながら、

「それをわかってくれる人が、あなただけだったんですよ。」

と、今度はそっと微笑んだ。

 

 やきもち焼き、というのは本当で、俺たちが高校生のころ、俺がたまたま特定の女の子と何回か話すようなことがあれば、そのたびに不安そうな顔をして、あの子はだれなの、と、自分ではさりげない口調をよそおっているつもりであろう声で問いかけてきた。

 そんなときだけ、多季の世をすべてみすかすようなその瞳はくもり、ゆらゆらとゆれていた。そのことをいうと、自分のぶんのお茶をずるずるとすすりながら、

「恋は盲目というやつですよ」

と、言い放った。


―たきちゃんは心配いらないわね。

―たき、着替えぐらいできるでしょう。

―たきは他の子よりものわかりがいいから、分かってくれるでしょう?お父さんのお仕事のつごうなのよ。引越ししたらお友達と会いにくくなるけど、大丈夫よね?


―多季ってなに考えてるか分からないわ。

―多季は良いわよね。何にもしなくても何でも出来るんだから。

―いっつも黙っちゃって。あたしは凡人とは違うわよ、なんて思ってるんじゃないの。


 親から、友達から浴びせられたこれらの言葉を、優しくて、本当は不器用な多季は受け入れるしかなかったのだろう。

 つらくなかったと言えば嘘になりますね、と多季は少しだけ涙を見せた。

「でも良いんです。不器用な私を見つけてくれた人が、目の前にいますから。」





 長い回想から覚め、変わらずこちらを見つめているはるかに、心の中で話しかける。


 なあ、はるか。俺の孫のはるかよ。お前さんも、多季のようになるかもしれないな。器用貧乏の延長線にある天才になって、色々苦労するかもしれないな。そうじゃなくても、人間は苦労の絶えない、めんどくさい生き物だ。 


 でも忘れるな、なにがあっても、俺が、冬雪が、秋葉さんが、味方になってくれるだろう。もちろん多季だって。

 

 そんでもっていつか、お前さんのその目を盲目にする誰かがあらわれるのだろう。


 ぐるぐるめぐる季節の中で、お前はどんな人と出会い、結ばれるのだろうな?






                         終わり   

    





読んでくださるだけで、嬉しくてしょうがないです。


ありがとうございました。

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