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第四章 美奈恵とベア

 美奈恵ちゃんの家の庭では、一本の桜の木が、花を降らせていました。とても暖かい日差しがわたしを照らします。

 今日は、美奈恵ちゃんの小学校の入学式の日です。ちょっとおめかしをした美奈恵ちゃんはとってもご機嫌です。お父さんとお母さんに連れられて、家を出ようとした美奈恵ちゃんは、急にわたしの元へ戻ってきました。

「パパ、ベアも連れて行こう!」 わたしも美奈恵ちゃんの入学式に行けるのですか!? なんと嬉しいことでしょうか。絶対にお留守番だろうと思っていましたのに。

 わたしは、美奈恵ちゃんとお父さんとお母さんと一緒に小学校へ行きました。そして、小学校の前で写真を撮りました。おめかしした美奈恵ちゃんと、ピカピカのランドセル。美奈恵ちゃんの腕に抱かれているわたしは、それが初めての写真でした。

 美奈恵ちゃんは、小学校での生活がとても楽しいようで、毎日の学校での出来事をわたしに教えてくれました。遠足に行ったときは、わたしにお土産をもってきてくれました。運動会のときにはかけっこで一位になったメダルをわたしにかけてくれました。お友達が遊びにきたときにはわたしも一緒に遊ばせてもらいました。

 そんな日々が早くも六年が経ち、小学校の卒業式がやってきました。すっかり大きくなった美奈恵ちゃんは、卒業式の日、わたしも小学校へ連れて行ってくれました。そして、入学式と同じように、わたしを抱いて写真を撮ったのでした。

 

 一ヵ月後、今度は中学校の入学式がやってきました。今度も、わたしは連れて行ってもらいました。そして、美奈恵ちゃんと一緒に中学校の前で写真を撮りました。これはもう、恒例の行事となりました。これからも、入学式と卒業式にはわたしと一緒に写真を撮るのだと、美奈恵ちゃんは決めていました。きっと、わたしをリョウ君と重ねているのでしょう。一緒に学校へ行きたかった気持ちを、この写真たちには込められていることでしょう。

 中学生になった美奈恵ちゃんは、部活動で帰りが遅くなることが多くなりました。疲れているのでしょうか、時々、わたしに学校の出来事を話している途中で寝てしまうことが増えてきました。美奈恵ちゃん、大丈夫でしょうか? 無理はしないでくださいね。

 三年生になった美奈恵ちゃんは、二学期から部活動を引退しました。今までよくがんばりましたね。でも、今度はお勉強が大変になってきました。高校生になるために、美奈恵ちゃんは毎日夜までお勉強です。わたしは部屋の反対側から、机に向かう美奈恵ちゃんの後姿を、ただ見つめるだけでした。それでも、たまに息抜きでわたしに話しかけてくれました。

「わたしね、どうしても行きたい高校があるの。その学校で英語をたくさん勉強して、それから……れか……」

 美奈恵ちゃんは眠ってしまいました。わたしを抱いたまま眠ってしまいました。美奈恵ちゃん、お勉強がんばってね。でも、夢の中ではゆっくり休んでいいのよ。


 美奈恵ちゃんは、見事、希望の高校に入ることができました。合格発表では一番にわたしに報告してくれました。中学校の卒業式と高校の入学式では、もちろん一緒に写真も撮りました。

 高校生活も、なかなか大変そうです。部活や勉強で忙しいのは以前からですが、美奈恵ちゃんが急に泣き出すことがありました。そんなとき、美奈恵ちゃんはわたしを抱きしめます。

 泣かないで、美奈恵ちゃん。泣いていたら可愛い顔が台無しよ。大丈夫よ。美奈恵ちゃんならきっと大丈夫。辛くて苦しいことは誰にも訪れること。乗り越えたとき、人は大きくなれるのよ。

 美奈恵ちゃんは、乗り越えられたようです。今度は大学受験のために一生懸命、勉強をしています。ですが、美奈恵ちゃんの行きたい大学について、お父さんとお母さんは反対をしているよです。なんと、美奈恵ちゃんはイギリスの大学へ行きたいと思っているのです。理由は、きっとリョウ君に会うためなのでしょう。お父さんもお母さんも、猛反対です。美奈恵ちゃんはご両親と話し合いをしました。わたしにその話し合いは聞こえてきませんでしたが、どうやら美奈恵ちゃんはイギリスの大学をあきらめたようです。

 それでも、美奈恵ちゃんは決して挫けません。美奈恵ちゃんはとても意思が強く、とても前向きな女の子ですもの。その証拠に、高校の卒業式の写真に写る美奈恵ちゃんは、とてもしっかりと前を見つめていました。


 美奈恵ちゃんは地元の大学へ入学しました。でも、イギリスをあきらめたわけではありません。美奈恵ちゃんは、その大学の短期留学でイギリスを目指そうと思ったのです。

 二年生になった美奈恵ちゃん、たった三ヶ月だけですが、イギリスへの留学が決まりました。もちろん、ご両親も承知しています。


 さあ、イギリスへ出発です。美奈恵ちゃんと一緒に、わたしもイギリスへ行きました。まず、美奈恵ちゃんは留学先の大学でリョウ君を捜しました。でも、リョウ君はいませんでした。他の大学も調べました。休日は街に出て捜しました。それでも、リョウ君は見つかりませんでした。

 もうすぐ三ヶ月。日本へ帰らなくてはなりません。美奈恵ちゃんからは元気がなくなっていくようでした。イギリスにいられる最後の日、美奈恵ちゃんはわたしに話しかけてきました。

「ねぇ、ベア。やっぱり無理なのかな? イギリスに来ればリョウ君を見つけられるなんて、考えが甘かったよね」

 美奈恵ちゃんは、初めてあきらめてしまいました。だめよ、美奈恵ちゃん。あきらめないで。

「何も知らない外国で、一人の女の子が一人の男の子を見つけるなんて奇跡なんだね。わたしとリョウ君が小さい時に出会えたのって、それも奇跡だったのかもしれないわね。もしかしたら、幻だったのかもしれない……」

 幻なんかじゃないわ。だから、今ここにわたしがいるのよ。お願い泣かないで、美奈恵ちゃん。

「もしも、またリョウ君に会えても、リョウ君がわたしのこと忘れていたら? わたししか覚えていなかったら? もう、十五年も昔のこと、覚えていてくれないわよね……」

 そんなこと言わないで。リョウ君は絶対に美奈恵ちゃんのことを覚えています。美奈恵ちゃんとの約束も、わたしのことも忘れていませんよ。美奈恵ちゃんが信じないで、他に誰が信じるのですか? リョウ君はあの時、きちんと言いました。泣きたいのに涙をこらえて、あの時約束しました。必ず帰ってくるよと。

 待ちましょう。日本でリョウ君の帰りを待ちましょう、美奈恵ちゃん。


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