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第三章 リョウと美奈恵とベア

 何時間も飛行機という乗物に乗っていて、リョウ君はすっかり飽きてしまっているようでした。飛行機はようやく地に足を下ろしました。そこは、日本という国でした。

 日本にやってきたばかりのリョウ君は、環境の変化に驚き、わたしやお母さんにぴったりと付いて離れませんでした。新しい家に行ってもリョウ君はわたしとお母さんの手を、しっかり握り続けていました。 リョウ君のお父さんとお母さんは、ご近所に挨拶に行くことになりました。リョウ君は後ろに隠れるようにして付いていきました。もちろんわたしも一緒です。

 右隣の家には、やさしそうな老夫婦が住んでいました。老夫婦のおばあさんが、リョウ君に声をかけましたが、リョウ君はお母さんの後ろに隠れてしまいました。

 次に左隣の家に挨拶に行きました。そこでは奥さんが一人出てきました。旦那さんは仕事中で、息子さんは一人立ちして、都会に住んでいるそうです。リョウ君はずっと影に隠れたままだったので、そこの奥さんはリョウ君に気が付きませんでした。

 最後にお向かいにある家に行きました。その家には、若い夫婦がいました。リョウ君のお父さんとお母さんと、その若夫婦はすぐに打ち解けたようでした。

「まぁ、イギリスからいらしたの」

「ええ。わたしの仕事の都合で……」

「子どもが生まれる前にイギリスへ行ったのですが、また戻ってくることになりまして。また、いつイギリスへ戻るのか分かりませんが、これからよろしくお願いします」

 このような大人の会話を聞いて飽きてきたリョウ君が、ふと後ろを振り向くと、リョウ君と同い年ぐらいの女の子がいました。

「わあっ!」

 リョウ君は思わず声を出して驚きました。

 女の子はリョウ君のことをじろじろと見つめています。

「なに?」

「ねぇ、名前はなんていうの? あたし美奈恵」

「ぼ、僕はリョウ……」

 そう、リョウ君が答えると、美奈恵ちゃんは「リョウ君、一緒に遊ぼう!」と、リョウ君の手を引っ張ってお母さんたちの間を通り抜けていきました。

 この日から、美奈恵ちゃんはリョウ君の初めてのお友達になったのでした。

 幼稚園に行く時や、幼稚園から帰ってくる時も二人は一緒でした。幼稚園から帰ってくると、二人はリョウ君の家か美奈恵ちゃんの家や近くで遊びました。幼稚園がお休みの日も二人はよく遊びました。

 美奈恵ちゃんというお友達ができてから、リョウ君はすっかり明るくなりました。前は、ずっと家の中にいたのに、今では外にいる時の方が好きなようです。それによく笑うようになりました。

 でも、前まではわたしのことをひと時も離さなかったのに、今ではよくわたしは家の中で一人、お留守番をしています。ちょと寂しいかなと思いますけど、リョウ君が元気でいてくれる方がわたしは嬉しいのです。それにリョウ君は時々わたしに話しかけてくれますし、美奈恵ちゃんはリョウ君の家に来ると、いつも私を抱っこしたりして可愛がってくれます。

  

 こんな日々が二年続き、四月からリョウ君と美奈恵ちゃんが小学校に入ることを喜んでいた、ある日のことでした。

 わたしにまたお別れの日がやってきたのでした。

 この日、リョウ君たちが夕食を食べていると、電話が鳴りました。お母さんが電話に出ましたが、すぐにお父さんが代わりました。電話が終わると、お父さんはリョウ君とお母さんに言いました。

「イギリスの会社からだった。また、向こうで仕事をすることになった」

「まぁ。じゃぁ、リョウは向こうの小学校に行くことになるわね……」

「僕、美奈恵ちゃんと一緒の学校に行けないの?」

 リョウ君のお父さんとお母さんは、リョウ君を説得するかのように話をしました。そして、リョウ君はそれを受け入れたのでした。

 またあの時のように、家の中はガランとしていました。そしてわたしは、今度もリョウ君にしっかり抱かれていました。一つ前とは違うのは、美奈恵ちゃんがずっとリョウ君の服を掴んでいたことです。美奈恵ちゃんはリョウ君とお別れするのが嫌だったのです。

「美奈恵ちゃん、僕、一緒の学校に行けなくなっちゃったんだ。ごめんね」

「いや! あたし、リョウ君と一緒に学校に行きたい!」

 美奈恵ちゃんは、力強くリョウ君の服を掴みながら泣き出してしまいました。美奈恵ちゃんがこんなに駄々をこねるのは、初めてのことでした。

 美奈恵ちゃんのお母さんが、美奈恵ちゃんをリョウ君から離そうとしても、美奈恵ちゃんは決して手を離しませんでした。

 お母さんたちが困っていると、リョウ君がわたしを美奈恵ちゃんの手に渡しました。

「美奈恵ちゃん、これ。ベアはね、いつも僕のことを見てきてくれたんだよ。美奈恵ちゃんと友達になる前までは、ベアだけが僕の友達だったんだ。僕の大切なベアを僕だと思って持っていてよ」

「でも、リョウ君の大切なものだもん。もらえないよ」

「ううん。あげるんじゃないよ。美奈恵ちゃんに預かっていてもらいたんだ。僕の大切なベアを預かっていてね。いつかベアを返してもらいに、必ず帰ってくるよ。約束するよ」

 リョウ君と美奈恵ちゃんは、小指を出して指きりをしました。

 美奈恵ちゃんの手は、もう、リョウ君の服を掴んでいません。しっかりと、わたしを抱きしめていました。


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