第三話:厨房の炎と、庭園の賢者
自由に歩き回れる許可を得た俺が真っ先に向かったのは、屋敷の心臓部の一つ――厨房だ。
「おーい、オリー! 今日は何を作ってるんだ?」
「おっと、ジオ坊ちゃま! 厨房は危ないですから、あまり近づいちゃいけませんぜ」
オリーが、丸太のような腕で巨大な鍋を回しながら笑う。俺は子供らしい好奇心を装いながら、まずはこの世界の「基本リソース」を把握すべく、彼に質問をぶつけた。
「これ、なあに? 見たことないお野菜!」
「こいつは『ガムル芋』ですよ。皮は硬いですが、煮込むと極上のとろみが出る。こっちは……」
俺はオリーから、この大陸特有の食材やスパイスの特性を熱心に聞き出した。
(……なるほど。澱粉質の含有量、脂質の融点、それに魔力を帯びた野草の薬理効果。前世の知識をそのまま転用できる部分と、未知の定数が必要な部分があるな)
一通り食材のレクチャーを受けた後、俺は「ある一点」に目を留める。
(……やっぱりだ。あの大型の魔導コンロ、熱伝導の効率が悪すぎる。炎が鍋の底に均一に当たっていないし、排気熱のリサイクルもできていない。これじゃガス……いや魔力の無駄遣いだ)
「ねえオリー、この火、ここをこんな感じで手で囲うみたいにしたら、もっと熱くなるんじゃない?」
「手をですか? ……ああ、風除けのことかな? 室内だから必要ないと思いますが……」
「んー、風じゃなくて、熱を『ぎゅっ』て集めるの!」
俺は積み上げられていた耐熱煉瓦を、燃焼力学に基づいた「煙突効果」が生まれる配置に、遊びを装って並べ替えて見せた。
「こうすると、火がシュゴーッてなって、お鍋がすぐ熱くなるよ!」
「シュゴー......、ですか......。……おや? 待てよ、確かに火足が安定したな。おいおい坊ちゃま、あんた天才か?」
(よし。これなら『子供のひらめき』で通る。これで調理時間は二割短縮、味の浸透率も上がるはずだ)
ホクホク顔のオリーを後にし、次に向かったのは庭園の奥、ロー爺の定位置だ。
「ロー爺! むかしのお話、きかせて!」
「ほっほっほ、ジオ坊ちゃま。また老いぼれの昔話ですか」
ロー爺の隣に座り込み、俺は「むかしの国のこと」や「不思議な草木の名前」をせがんだ。
(この人は、グラフィ家の三代を見守ってきた生きたデータベースだ。公的な歴史書には載らない、土着の伝承や別大陸の理……。俺が魔法をリファクタリングするための、重要なヒントが隠されている)
「ロー爺の国では、お花に『ちから』を込める時、なんて言うの?」
「私の故郷では『理』を流す、と言いましたな。力ではなく、流れに逆らわぬように……」
(……ビンゴだ。やはり別大陸には、今の主流とは違う『魔力制御の基礎』が存在する。母さんたちが使っている『詠唱による力押し』よりも、俺の理論に近い考え方だ)
俺は、無邪気な幼児のフリをして知識の断片を拾い集める。
オリーの厨房で得た「実技」と、ロー爺から得た「理論」。
この二つを組み合わせれば、俺の目指す「ロマン」への基盤は、予想以上のスピードで組み上がるだろう。
「ジオ坊ちゃま、そろそろおやつの時間ですよー!」
遠くから聞こえるミアの呼声。
俺は「はーい!」と元気よく返事をしながら、脳内のデバッグ・ノートに新たな一頁を書き加えた。




