A4.謝罪と歓待−2
A4.謝罪と歓待−2
カクナロクナ議長が一礼して振り返った。
「オルコ伯爵はいずこに?」
「議長、ここに」
騒ぎを聞きつけ集まった宮廷魔術士たちの奥から、一人の巨躯が歩み出た。
オルコ伯爵〈水の上級魔術師〉ウオルコオル元老院議員だ。
勇者召喚が決まった時から、やや食が過ぎたのだろう。今では別人のように太っていた。
(面倒見のよい方だ……)
僕の出自を気にせず、まるで孫のように気遣かってくれた恩人だ。
議長が歩み寄り、短く耳打ちした。
〈水の上級魔術師〉が静かに頷き、一歩前に出た。
「皆さま、わたくし元老院議員ウオルコオルでございます。これより〈水〉の魔術により、故人様を保護いたします。――ケイ様、ご許可を賜われますでしょうか?」
「よろしくお願いいたします」
ケイが深く頭を下げた。
「では……『この世の理を解す。理の女神よ、理の女神。貴女に告ぐ。貴女の御使いにして水の精霊よ。願わくば、この者を癒やしたまえ。水の精霊よ、この者を癒やしたまえ。癒やしたまえ』」
その声が響くと同時に、僕の背筋がヒヤリと冷たくなった。
リョウの遺体を水が包み、内部からゆっくりと凍らせていく。
やがて透明な氷の棺桶と化し、静寂の中に安らかに輝いた。
「これにて、七日のあいだ、〈水〉の加護により故人様は守られましょう」
「感謝いたします」
ケイが礼を述べ、ふと隣の議長に目を向けた。
「……議長、よろしいですか?」
ケイの不敬に僕が前に出ようとしたが、議長の視線で押しとどまった。
(おっと! 「次はないぞ」という目だ)
「どうぞ」
議長が促す。
「わたくしの国では葬送の折、死化粧と申しまして、故人の顔に化粧を施すのですが……そういったものはございますでしょうか?」
議長が深く眉をひそめた。
「化粧ですか。……確かに。女神様の御前に立たれる折には、そのほうがふさわしいかもしれませんね。――王国では、どのような形で亡くなったとしても、生前もっとも輝いていた時の姿で女神様とお会いすると信じられております。……さてどうしたものか」
「議長」
声をかけたのは、ウオルコオル議員だった。
「それならば、わたくしの魔術でどうにかできるかと」
「おお、なるほど」
「ただ、故人様のお姿を再現するため、肖像画などがあれば助かります」
「何か書くものがあれば、良いのですが……」
「では、すぐにご用意いたします」
「それでは、故人様を移動させていただきます。これより、広間にて祭壇を設置いたします」
「よろしくお願いいたします」
ケイが頭を下げると、異世界人たちもそれにならった。
ウオルコオル議員が先頭に立ち、氷の棺を抱えた従者たちが静かに行列を組む。
その姿が扉の向こうに消えるまで、誰ひとり声を発さなかった。
見送ったケイが、ぽつりと呟く。
「葬送には、その国の人の在り方が映し出されるようですね」
「『人の在り方』ですか……」
復唱する議長の声に、僕はその言葉の重さを噛みしめた。




