B5.暗殺者−2
B5.暗殺者−2
キクナラクナが、左から逆袈裟に降鷲を斬り上げた。
「おのれ!」
――カキン!
金属音が通路に響く。
降鷲は真っ二つに斬られたが、それは石の人形だった。
「しまった!」
黒い霧が、キクナラクナの手首を押さえつける。落とした剣先から霧が消えた。
「まったく惜しい。どれでもいい――〈上級魔術師〉の一つがあれば見破れたものを」
剣を拾い上げたカクナロクナが、娘に諭した。
「お父様!」
「〝お前も〟操られている。国王陛下から拝領したものはどれだ?」
「何のことだ!」
キクナラクナが身をよじる。
「じっとさせてくれないか? 罠解除は得意じゃあないんだ」
降鷲が手をかざし、宝珠を探した。
「ないぞ。護符か? 刺青?」
「女神様の紋章か、聖なる言葉か――いずれかだろう」
「髪の毛で見えないとか? ……違うな。――あった」
「どこだ?」
「胸骨だ。正しくは、胸骨体を中心に肋軟骨に刻んでいる」
「分かりやすく言え、ヴェガ」
「心臓を中心に、胸の骨に紋章を刻んでいる。――この国で聖なる言葉は何文字だ?」
「四文字だ」
「もっと多い」
「十五文字だ。――『光あれ』」
「七文字ずつ左右に、最後に中心で……違うな。句点だ。頭だ」
「いやあ!」
クナロ伯爵の黒い霧が、毛髪をかきわけ頭皮を探った。
「ないぞ」
「じゃあ、正中線上のどこかだ。口蓋は?」
「どこだ?」
「口の中」
「あった」
舌の裏に、淡い黒子があった。
「私ならもう一つ二つ、罠を仕掛ける」
「執念深いな」
「用心深いと言ってくれ。『慎重、臆病、謙虚』だよ。『軽率、勇敢、強欲』で長生きした者はいない。……私なら、解除した途端に起動する何かを仕掛ける」
「他に魔術具はないぞ」
「では、暗示か条件反射だな」
「そこまでするのか? だとしてもこの子の魔術では、私を殺しきれない」
「心を殺めればいい」
その言葉に、カクナロクナが絶句した。
「……」
「……何をしている?」
「深呼吸。……〈光〉の魔術の呪文を唱えてくれ」
「ノーモーションで起動できる」
「唱えたほうが気がまぎれる」
「チッ」
カクナロクナが舌打ちした。
「……『我この世の理を解す。理の女神よ、理の女神。貴女に告ぐ。貴女の御使いにして光の精霊よ……』」
〈闇の上級魔術師〉の手に光が集まる。
降鷲が手首を回転させた。
――カチャ。
解除の音。
「……ぼどゔざば」
「キーラ!」
声を聞いたクナロ伯爵が、娘を抱き起こした。
次の瞬間、キクナラクナの手刀が、カクナロクナの首を切り裂いた。




