B3.罠
B3.罠
壁の奥で――再び小さな音がした。
――カチリ。
カクナロクナが目にも留まらぬ速さで、降鷲に突進した。
(『脱兎のごとく』とは正にこのことだな)#孫子
降鷲は避けず、カクナロクナを受け止める。
鈍音。
背にしていた石壁が二人に押され、外側に倒れた。
次の瞬間、飛礫が室内を縦横無尽に舞う。
カクナロクナの下敷きになった降鷲は、折れた肋骨を押さえることもできない。
(無音……魔術か……)
音もなく飛来する飛礫が、その衝撃で室内のすべてを破壊する。
時間は八秒ほどだっただろうか。室内は無茶苦茶になっていた。家具がサイコロのようだ。
「ふう……」
カクナロクナの息が降鷲の顔にかかった。立ち上がる。
「失礼……」
ゆっくり膝をつきながら、降鷲が吐息を払うように身を整えた。
「どうして分かった?」
カクナロクナが質問した。
「一つは演繹法。どれだけ優秀であろうと、偶然は存在する。『逃げ道』を用意しておくのは定石だ。であるなら、『隠し扉がある』と仮定する。ただ、開け方は分からない。まさか力技とは思わなかったが」
「もう一つは?」
「気配だ」
「気配? ニンジャーのスキルか?」
「似て非なるものだ。技術ではないな。感覚だ」
「センス? 理解できん。ふう、さてどうしたものか……」
「さっき言ったが」
降鷲がジャケットを脱ぎ、袖を胸に巻いて痛みを抑えた。
「『悪人だが、善行を求める』? ――フッ、笑わせるな」
「引っ張ってくれ」
袖を片方、前に出す。
「治してやろうか?」
手をかかげるカクナロクナを、降鷲が制した。
「ラスボス用にとっておけ。上級レベルじゃあないだろう? そろそろやってくる時間だ」
「……ああ」
死体の検分だ。
「検死したあと、命令を伝えるか、呼び出しを受ける」
「だろうな」
「私なら、そこであなたを殺める」
「理由は?」
カクナロクナが腕を組んだ。
「知っているだろう? 考えれば分かることだ」
「……」
腕を組んだまま、片手を顎にあてた。
「君だけが亡くなれば、勇者が敵対する。……バランス。同じ力を与える。施政者の死か」
一対一の会談の場で殺害されれば、痛み分け――結論はいったん持ち越されるだろう。
「……私の命も安くみられたものだ」
「何の弱みがあるんだ?」
「伯母だ」
「『血は水よりも濃い』? 御母堂様を殺められたのに?」
「証拠がない。――私の記憶を読んだな?」
「捏造しろよ。証拠を消されたように」
「……」
「気高く、理想に燃える、若人の人生を壊されたのだろう?」
「悪魔め」




