B2.非公式会談
B2.非公式会談
カクナロクナが、会談用に隣室のドアを開けた。
「入りたまえ」
「お先にどうぞ」
降鷲が首を傾げた。
「用心深いのだな」
カクナロクナの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
手首を反転させると――。
――カチャ。
何かが作動した。罠の解除音だ。
「……自分で引っかからないのか?」
「フッ、〈上級魔術師〉であれば、誰でも対処できる」
カクナロクナが、豪奢な椅子を手で示した。
「――座りたまえ」
壁沿いに歩く、降鷲が立ち止まった。
石壁を軽く叩く。
「いや、このままでいい」
「ん?」
「ギリシア神話に〈忘却の椅子〉がある」
壁を背にした降鷲が、片手で冥府の神ハデスの逸話を紹介した。
「……興味深いね」
「――謝罪を受け入れる。条件は何だ?」
「いきなり本題とは、これだから異世界人は……」
「どうして自分たちで解決しない? 魔法があるなら――ああ、そういうことか」
「何がだ?」
「勇者が討ち滅ぼす者の名は?」
「魔王だ」
「それは知っている。その名は?」
「……魔王の名は私たちには発音できない。ちょうど異世界人の、君の名前を正しく発音できないように。正確には何と言うのかね」
「フルワシ・ジョウ――降鷲譲だ」
「書いてみてくれ」
カクナロクナが魔術で、空中に自らの名「カ・クナロ=クナ」を描いた。緑に輝く文字が揺らめく。
「クナロ伯爵だ。語尾を繰り返すことで、家名とする。――異世界人、特にニポーンジーンは家名が先なのだろう?」
「『降る鷲』が家名だ」
「『降ちた鷲』とはまた不吉な……」
「『降つる鷲』とは、獲物を捕らえた状態だ。アラビア語では『ヴェガ』だな」
「では、ヴェガ殿とお呼びしよう。――ヴェガ殿には、謝罪受け入れの礼として、これを贈ろう」
懐から取り出したのは、赤い宝珠の首輪だった。
宝珠は微かに脈打ち、内に炎のような光を宿している。
「〈光〉の魔術で、加護を受けられる」
「外せるのか? 就寝中は遠慮したい」
「施術者と被術者以外には解除不可能だ」
「では、あなたを信用しよう」
――カチャリ。
留め具が魔術で施錠され、宝珠が赤く煌めいた。
「ふう……これで君の呪言は使えん」
カクナロクナが安堵の息をもらす。
「技術であって、呪術ではないのだが……」
――カチャ。
解錠の音。
「何だと! どっ、どうやって――」
「――術式を解読した」
「……」
「目の前で見せたのは失策だったな、クナクナ。さっきの罠解除を参考にした。基本動作と、あとは伯爵家の鍵があれば開く」
「鍵は複写できぬ」
カクナロクナが失笑した。
「本人が目の前にいるのにか?」
降鷲がカクナロクナの鍵を真似してみせた。
「……なるほど」
「クナクナ、正直に話せ。私は悪人だが、善行を求める」
「それこそ悪魔だろう……いや、罪人か」
「お互い、敵は多い。悪いようにはしない」
カクナロクナは微笑んだが、その瞳は笑っていなかった。
次の瞬間、壁の奥で――再び小さな音がした。
――カチリ。




