B19.湯殿−1
B19.湯殿−1
女使用人の案内で、女性たちが浴場に案内された。
甲斐と長門、そして紬が続く。
湯屋の床は、淡く光を返す花崗岩だった。
「こちらは旧帝室の湯殿でした」
女使用人が一礼して説明する。かつて、第三皇女タミタスナが愛用していたらしい。
設えは、日本の温泉とほとんど変わらなかった。
「甲斐さん」
「何?」
「どうやって維持しているんです? そのスタイル」
服をたたみながら、長門が真剣に尋ねた。
「気合い」
甲斐が笑いながら返した。
「そういうことじゃあなくて」
長門が一瞬、眉をひそめる。
「早寝早起き腹八分目。適度な運動。ストレス溜めない。酒は飲んでも飲まれるな。――簡単なことほど、案外できない」
「そうなんですよね……私はどうしても肉がついてしまって」
長門は着痩する体質らしく、見事な筋肉がついていた。
三人の首には、赤い宝珠が光っていた。〈加護〉による癒やしで、熱傷の心配はない。
「胸はどうしてるんです?」
「閉経したら、風船が萎むようにふにゃふにゃ。まあでも、運動していればそう崩れない」
「なるほど……」
「……」
二人の会話を聞いていた紬が、両手でそっと胸を隠した。
「心配しなくても、胸なんて子供ができたら勝手に大きくなるものよ」
気づいた甲斐がやさしく教えた。
「甲斐おばさまは、お子さんがいたんですか?」
紬は言ったあとで「しまった」という顔をした。
「そうね……」
甲斐が視線を落とし、口を濁した。
降鷲重工業保安部の人間はすべて偽名だ。身寄りのない人物だけで構成されている。でなければ、本当の意味で死を賭して守ることはできない。
亡くなった山城の本名が「リョウ」だと知ったのは、榛名が叫んだからだ。
「――これは天国ね」
長門が小さく息を吐いた。
皇女タミタスナ殿下は風呂好きだったらしく、広い湯船は見事な造詣だった。
「これ、御影石よね?」
甲斐が美しい足でチョンチョンと、床材を示した。
「はい。正式には花崗岩です。六甲山の花崗岩を、御影の港から出荷したのが名前の由来です」
紬が答えた。
「ふーん」
「甲斐さんて、興味ないことは徹底的に無関心ですね」
長門が微笑む。
「花崗岩の七割強は、二酸化硅素(SiO2)です」
紬が足に掛け湯しながら説明した。腰に、胸にお湯を掛けていく。
「案外、酸素が多いのね」
髪を洗おうとしたが、石鹸が一つあるだけだった。もっとも、紬の二の腕ほどもある大きさだったが。
シャンプー、トリートメントはない。
「こっちの人って……」
三人が絶句した。
*
湯気のなか、女性たちが露天風呂につかり、夜空を見上げていた。
「知っている星座がひとつもない」
長門が嘆く。
「本当。地球じゃあないってことを、思い知らされるわね」
甲斐が相槌を打つ。
「大気とか、どうなっているんでしょう?」
紬が素朴な質問をした。
「ハビタブルゾーン(生存可能領域)ではあると思うけれど……天体に詳しい人がいたわよね?」
「今はいないです」
長門は無表情に、甲斐に答えた。




