B15.偽魔術師
B15.偽魔術師
キクナラクナから借り受けた魔術式を、降鷲が起動した。
カクナロクナの首の傷が、〈光〉の魔術で静かに癒えていく。
だが、キクナラクナは〈上級魔術師〉ではない。魔術式の構成自体があまく、安定性に欠けている。
「さて――(確かに未熟だな)」
カクナロクナの血圧が低下していくのを感じた降鷲が、もう一つ魔術式を起動した。
「ダッ、ダメだ。ひっ、ひとつのほうが、力が強い……!」
息ができるようになったキクナラクナが、苦しげに声を絞り出した。
「それは上級者の発想だ。順を追って一つずつ行うのは。それで間に合えば問題ないが、緊急事態には、特措法(特別措置法)という考え方がある」
もう一つの〈光〉の魔術が、流れ出た血を体内に戻していく。
「初心者が複数の術式を同時に起動すれば、力が分散して効果が弱まるんだろう? であれば、弱いなりの使い方をすればいい」
キクナラクナが必死で閉じた頚動脈の傷を再び開き、流れ出た血液を僅かずつ戻し入れる。
それでもまだ顔色が戻っていない。
(脳が酸欠状態になる。片足を犠牲にしよう)
降鷲が、カクナロクナの脛に手を添えると、膝から下がみるみる痩せ細り、干からびていった。
「……偽魔術師め」
「偽魔術師か……確かに魔術師にはほど遠いな。――もう大丈夫だ」
左足が元に戻っていく。
「麻痺は残るだろうが、それこそ本物の〈光の上級魔術師〉に頼め」
「そうするとも」
「ウッ!」
「父上!」
「……助かったのか? キーラ!」
目を開けたカクナロクナが娘を抱き寄せた。
「まだだ。確認してくれないか?」
「ああ。――問題ない」
カクナロクナが娘と自分――双方を確認した。笑みがこぼれる。
「さて、首魁に会うとしますか……操られてなければいいんだが」
「……どういうことだ? どうして異世界人が伯爵の魔術を使えるんだ?」
キクナラクナが強く訊いた。
「今は後だ。時間が惜しい。戻るぞ。案内してくれ」
「お前は、何を言っているんだ?」
異世界人に命令されたキクナラクナが抗議した。
「言われた通りにせよ。黙って、お前に命じた者のもとに案内せよ」
「はい。父上」
*
キクナラクナを先頭に、降鷲がカクナロクナに肩を貸しながら、長い石の通路を進む。
途中、天窓から差し込む光が等間隔に道を照らしていた。
(凝った仕掛けだ)
西の塔自体が、石で組まれたパズルのように複雑に造られている。
(通路自体が、魔術で構成されているのか……)
右に曲がったはずなのに、天窓の光の位置が変わっていない。
(私なら天窓自体も細工する。通路を毎回変えて、許可した者しか辿り着けないようにする)
唐突に、音もなく壁が立ち上がった。
振り返るまでもなく、背後も閉ざされている。




