A15.勇者譚
※時系列は召喚前となります。
A15.勇者譚
王国には、二種類の勇者譚が伝わっている。
一つは誰もが知る、幼いころに親から聞かされたであろう物語だ。
それは「北の寒い魔境で魔王が復活し、王国に攻め入るが、勇者が魔王を討ち滅ぼす」という話だ。
誰もが勇者に憧れ、自分も勇者になれたらと願う内容だ。
僕――ヴェイミン・リーンも例外ではなく、勇者に憧れていた。
ぼんやりとだけれど、僕は「いつか勇者になるんだ」と思っていた。
けれど、本当の勇者譚はそうじゃあなかった。
僕が王国語を学んでから、旧帝国立中央公会堂の壁に描かれた物語を読んだときは、ショックを受けた。
勇者は「異世界から召喚された少年や少女」であり、絶対に「この世界の人間は勇者になれない」――その事実を知ったときの絶望感は、今でもはっきり記憶に残っている。
泣きながら帰った両親のいない僕を、母の母――ビーンミーン婆ちゃんが慰めてくれた。
「いいかい、ヴェイミン。お前が勇者になれなくても、召喚すればいいんだよ。お前は上級魔術師になって、勇者様のお供をすればいいんだよ。お前自身が召喚した勇者様なら、必ずやお前をお供にしてくれるはずさね。お前は勇者様といっしょに、魔王を討伐するんだよ……」
そう言って頭を撫でてくれた。
*
王立魔術学院を卒業する前、内密に公爵閣下に呼び出しを受けた。
「どっ、どうして僕なんかが……?」
卒業試験の成績は首席だったが、非公式に呼び出される理由が分からなかった。
「私は、お前の祖母の友人なのだよ」
「祖母の友人ですか?」
王立宮廷魔術士にして先の召喚魔術師であり、元老院の一翼を担う公爵閣下と、ビーンミーン婆ちゃんが友人とは考えられなかった。
「私は〈土の上級魔術師〉だが、あなたの祖母の〈炎の大魔法使い〉には、ずいぶん手を焼かされたものだ」
「ビーンミーン婆ちゃんは強かったんですね」
「お前は、秘密を守れるかしら?」
「もちろんです。公爵閣下」
僕は生涯初めて、最大級の礼をした。
「では、そこに直れ。――ヴェイミン・リーン。汝を王命により、宮廷魔術師とする」
僕は式典に書かれていたとおり、頭を下げ、その〈祝福〉を受けた。
「我、ヴェイミン・リーン。ここに王室に忠誠を誓います」
王命〈祝福〉は、その者に〈気品〉をもたせる。
王に代わって、公爵閣下自ら僕にマントをかけてくださった。
(ありがたい……)
〈威厳〉はまだないが、宮廷魔術師の衣装を着れば、少しは増すだろう。
(勇者召喚の儀だって?)
「汝ヴェイミン・リーンよ。ここに密かに命ず。その席をもって、勇者召喚の儀を執り行え」
「――ははあ。承りました」
「お前が勇者を召喚できれば、この国に平和が訪れるに違いない。さすれば、お前の母の呪いも解かれるはずだ……」
母の名はミンジャーン・ルーウ。
僕が勇者を召喚さえすれば、魔王を討ち滅ぼしてくれる。
そうすれば、母が忌まわしい異名――〈火焔の魔術師〉にして、希代の魔女。〈滅びの魔女〉〈災厄の魔女〉〈歩く天変地異〉――で呼ばれることはなくなる。――そう信じていた。
だから僕は、卒業式に出席せず、召喚の儀を執行した。




