B9.予兆−1
※時系列は召喚前となります。
B9.予兆−1
降鷲がこめかみに指を当てながら、地下駐車場に降りた。
「また二日酔いですか? 鎮痛剤は?」
車両を確認をしていた社長室の秘書、霧島が声をかける。
「ありがとう。さっき甲斐さんからもらった。――もう降りてくる」
一瞬、RUFRGTに目をやるが、後方のランドクルーザーに乗り込んだ。
「シフトなんですが……」
「最悪の予感だ。――榛名だろう? さっき聞いた。ふう……」
「誰も馬に蹴られたくありませんからね」
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ」――有名な都都逸節だ。
「私から(保安部)部長に〝それとなく〟言っておく」
「聞いた話では――」
「――知っている。下賜したんだろう?」
保安部長の愛人だったらしい。
「はい。今は摩耶さんが愛人だそうです」
「違う。本人(摩耶)からセクハラの訴えがあった」
「それは知りませんでした」
「なあ、霧島。結婚するのと、同僚でいるのと、どちらが幸せなんだろうな?」
「と言いますと?」
「朝小一時間、夜二三時間合計四時間ほどしか会えない関係と、七時間半フルタイムいっしょにいる関係」
霧島が笑いをこらえられなかった。
「比べるのもどうかと思いますが……」
「ふう……深呼吸」
降鷲がさらにもう一度深呼吸した。
「……紬が成人(十八歳)するまで一年ちょっとか」
「一年と二か月と八日ですね」
霧島が腕時計を見た。
「社主を辞めようかと考えている」
「株を売って何をするんです? 新しい事業? こう言ってはなんですが、そうとう怨まれていますよ? 地獄までもっていく話をしても意味がないのでは?」
「まあな」
「おじさま!」
幼い声は織苑紬だ。飛び級で米国セントルーシー大学を卒業し、帰国後は茶泉学院大学の修士課程に在籍している天才だ。ただ、見た目は年相応の、まだあどけなさを残す美少女だった。ベージュのスカートのフリルが愛らしい。
「またいじめられてたんですか? 霧島さん」
「紬さんは賢いなって話をしていたところですよ」
「フフフ。――おじさま、また深酒をしたんですか? せっかく二人でドライブを楽しみたかったのに」
「紬。旦那を困らせない」
後ろから声をかけたのは、甲斐保安課長だ。独り身の甲斐にとって、孫のようにかわいいらしい。
「はーい。甲斐おばさま」
素直に答える紬だが、甲斐に頭を撫でられて「もう子供じゃあないんですから」と恥ずかしがった。
紬が、エアコンの効いたRUFに乗り込む。
「甲斐さん、長門さんを――」
「――ええ、旦那と同じ車両に。榛名とはダメだから」
霧島の言葉を、甲斐が遮った。
感覚で生きている榛名と、論理的な長門では生理的に無理がある。
そうこうするうちに、HKSのマフラー音が聞こえてきた。




