A14.勇者の力
A14.勇者の力
目の前の魔術式を見た瞬間、息を呑んだ。
忌まわしくも美しい――帝国の魔術式だ。
「こっ、これは……帝国の隷属式!」
王国では、隷属行為は重罪にあたる。
「なっ、何かの間違いだと思います!」
僕は取り乱しながらも、必至に頭を下げた。人生最大の恥だった。
(ここまで帝国の手が伸びていたなんて……)
「帝国? ……そうおっしゃいますが、それはただの被害妄想ではありませんか?」
ナーガの冷静な指摘に、言葉が詰まる。
「いっ、いや、でも、あの……」
「それで少女を攫ったのか……」
ケイの黒い瞳が、刃のように刺さる。
「なるほどね。子供を洗脳して、従軍させる、と」
グースがフンフンと頷いた。
「異世界の方が稼げるかもよ、陸奥」
ナーガが肩をすくめて笑う。
「冗談はやめてくれ、長門さん」
グースが苦笑した。
「――〈光〉の術式を教えてくださいませんか?」
ツッギーが、静かに僕に問いかけた。
「えっ? あっ、はい」
僕は黒板に向かうと、魔術式を描き始めた。
〈光〉の魔術はシンプルだ。
だが、それだけに強大な魔力を必要とする。起動しても不安定で、制御は難しい。それゆえ〈光の魔術師〉には、強靭な精神と頑健な身体を併せ持つことが求められる。
残念ながら、僕が使えるのは切傷を治す程度だ。そんな微力でも、使えばしばらく立っていられなくなる。
「〈水〉の術式も」
ツッギーが隷属式をさらりと書き換え、空中にもう一つ基礎魔術式を作成していた。
僕がチョークで書き始めた瞬間、宝珠が濁ってしまった。
ツッギーが、同時に四つを描こうとしたからだ。
宝珠は非常に高価だが、付与できる魔術式の品質は中程度。三つが限界だ。
「とすると、耐久性かしら?」
ケイの言葉に、ツッギーが頷く。
「紬」
勇者がその名で、ネックレスを起動させた。
宝珠から〈光〉の白と〈水〉の青がゆっくり輝き出し、貴賓室を満たしていく。
目映い〈光〉が僕を照らし、胸の奥が熱くなった。
幸福感が波のように押し寄せる。
やがて〈雨〉が降りそそぎ、世界が静寂に包まれた……。
――パリン。
宝珠が音を立てて二つに割れた。
ツッギーの強大な魔力が、宝珠の限界を超えたのだ。
「さすが勇者」
グースの意見に、僕も深く頷いた。
*
このあと、僕が抱いていた「異世界人=無知」という偏見はあっけなく覆された。
ツッギーの魔術式を見たナーガが、自分の宝珠の式を簡単に書き換えたからだ。
「流石は理工学部」
そういうケイも、ナーガの式を参考に、自分のものを作り替えている。
「……異世界人は魔術式が分からないのでは?」
僕の問いに、グースが苦笑する。
「見本があれば、バカな俺でもマネできる。――長門さんは修士(理工学)だから、解析くらい簡単だ」
「『くらい』とは何よ、陸奥のくせに」
軽口を言い合う二人の空気の自然さに、仲の良い戦友だと僕は感じた。
「もしかして……まさか、皆さん、魔術式を理解している?」
帝室由来の古文書には「異世界人は魔法はおろか魔術さえ使えない」と記されている。
「もしかしなくても、これらの式は古典物理学の範囲――因果関係がはっきりしている――ですから、式自体の改変はできます。……とはいえ、その根本原理は理解できませんが」
「量子力学とか? 素粒子物理学?」
「ダークエネルギーとか使ってるんじゃあないの? 知らないけど」
グースの意見に、ナーガが冗談で返した。




