A11.守護神
A11.守護神
異世界の文字はとても複雑で、優美に書かれていた。
しかし、装飾は一つの字に限るべきで、それ自体に意味を持たせることに、僕は何の価値も見いだせなかった。
僕は「物事はよりシンプルであるべきだ」と教えられている。
「黒板にお名前を書いていただけますか?」
僕がお願いすると、年齢不詳の美しい女性――ケイ――がチョークを手にした。
「白墨……懐かしい。――まずは代表の名前から」
黒板に「降鷲譲」と書かれた。
「(読めない……)縦に書くんですね……」
「横にも書きますが、正式には縦書きとされています」
「甲斐さん」
勇者の隣に座っていた美しい女性が声をかけた。
「なに?」
「正式という訳では……」
「ああ、そうよね。訂正します。伝統的には縦書きが使われます。――代表は、降鷲譲です」
「フワシ・ジョウ?」
「この国では、ヴェガのほうが呼びやすいでしょうね。ヴェガはこう書きます」
ケイが書いた「VEGA」は旧帝国文字に似ていた。
「意味は『降る鷲』です」
「『降ちた鷲』――ですか?」
あまりに非常識だ。吉祥を第一とする王国的観念では、奴隷の名にあたる。
「鷲が獲物を獲るために急降下している状態です」
「なるほど」
「――あなた方が勇者にした少女は、織苑紬」
「オリゾン・ツッギー? ツイッギー?」
「ツッギーのほうが発音は近いですね。紬はどう?」
ケイが尋ねると、少女が頷いた。
「どう呼ばれても、わたしは変わらない」
「では、ツッギーでお願いします。――ケイさんは?」
「――私の名は甲斐。ケイでいいわよ」
描かれた文字は、美しかった。
「左右対称……」
「紬の隣が、長門」
「ナガッートゥ? ナギートッ?」
「ナーガで。巳年ですから」
ナーガがそう返事した。
「ミドゥーシ?」
「蛇は分かりますか? ヴェイミンさん」
「はい」
「――あっ、さん付けでよかったですか?」
「呼び捨てで構いません。単なる担当ですから」
「では、ヴェイミン。……日本には、十二支――子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥――があります。私の場合は巳にあたります」
「――長門さん、それ絶対に伝わらないよ」
ナーガの背で控えていた男性が、声をかけた。
「でしょうねえ。どう言ったらいいのかしら?」
「世界の位相?」
勇者が提案した。
「守護神、はどうでしょう?」
もう一人の男性が呟いた。
「それ、霧島さん。私には蛇の守り神がついている」
「なるほど……」




