A10.ノンゼロサムゲーム
A10.ノンゼロサムゲーム
貴賓室の外に出された僕は、用意された黒板の横でチョークを手にしながら、扉を見ていた。
台車の上には白い布がかぶせられ、衛兵が左右を守っている。
しばらくして、議長が現れた。
交渉の結果、「ヴェガの助命をもって王国への糾弾の回答とする」と口頭で、通達があった。
「それでは本末転倒ではありませんか!」
僕は声を上げた。王国も異世界人も、どちらにとっても不利益でしかない。
「ヴェイミン、言葉が過ぎるぞ」
ウオルコオル議員が、僕の肩を掴んだ。
(痛い!)
「異世界人は卑怯なのだ。旧帝国由来の『正正堂堂』という考え方はない。――であれば、こちらもそうした手に応ずるほかない。考えてもみよ。異世界人ひとりの命を助けるだけで、勇者様は魔王討伐を約束してくださった。――計画に狂いはない」
「卑怯な異世界人が約束を守るのですか?」
「そのための人質だ」
オルコオル議員の答えに、ようやく僕は納得した。
前に公爵閣下から「こちらの弱点を容赦なく打ってくる」と聞かされたことを思い出しす。
(受け入れるしかない……ヴェガを人質にできれば、勇者による魔王討伐は成就する)
僕が感情的になって正論を述べても、異世界人には通じない。
母のことも気がかりだったが、今は他に手はない。
(議長はそれを知っていて、僕に話をさせなかった……?)
正論だけでは政治は動かない。
議長は政治家だ。
そして、僕にできることは限られている。
*
議長に従って、僕たちは貴賓室に入った。
メイドが黒板を設置しているなか、議長に紹介された。
「こちらが、此度の召喚の儀の執行者、ヴェイミン・リーンです。先日成人したばかりの若輩者で宮廷魔術師の末席ですが、いずれは王国随一の魔術師となるでしょう。――王国語の付与については、この者に任せますのでご安心ください。では、よろしくお願いいたします」
議長が深く頭を下げたあと、静かに退室する。
(〈魔法使いの弟子〉と呼ばれずに済んだ……)
議長ではなく、予定通り僕が担当することになった。
台車の布をめくると、美しいネックレスが八点、整列していた。
「この〈加護〉の魔術具を使うと、王国語――こちらの言葉――を理解できます」
僕は美しいネックレスを見せた。
宝石のまわりに、微細な細工が輝く。
中央の赤い宝珠の底には、王国式の高等魔術式が描かれている。
異世界人が目を見張った。初めて見る高価な装身具だったのだろう。
「それってたぶん……」
若く麗しい女性の異世界人が眉をひそめた。
「奴隷の首輪でしょうね」
もう一人の女性が即答した。




