A9.交渉−3
※時系列は「A6.交渉−2」の直後となります。
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A9.交渉−3
静寂のなか、カクナロクナ議長が眉間に指をあてた。
(亡国の徒だと?)
ハンナを軽んじていた議長が天井を見上げ、試算した。
――「本音は、魔王討伐報酬の前払いです」――
ケイではない、もう一人のナーガという知的な女の言葉だ。
確かに「前払い」は、双方にとって魅力的な提案だった。
魔王が討伐されたなら、王国は勇者に報賞を与える。
(順序が前後するだけのことなら、前払いしてもよいのではないか?)
当然のことながら、ヴェガを死刑にしてしまうと、後払いできなくなる。
――「本案の目的は『降鷲の死刑回避と榛名の即時釈放』です」――
議長がようやく理解した。
「つまり、こういうことか――『ヴェガの死刑回避とハンナの即時釈放』を行えば、魔王を討伐してくれると。そして、逃亡の恐れがあるからヴェガを人質として差し出すと」
「正解」
ケイが即答した。
「榛名の力は、どうしても必要です。もし可能なら、降鷲ではなく紬を残したいのですが」
「それはどう考えても不可能だろう。『勇者でなければ討伐できない』とされている」
「紬はそれで構わない?」
ケイが勇者に問うと、少女が頷いた。
「わたしは迷信深い人間です」
勇者の言葉に、ケイがそっと顔を横に向けた。物静かなナーガが手で顔を覆い、笑いをこらえている。男二人も噛みしめていた。
「どういうことかね?」
「陸奥、説明してあげて」
「『降鷲が収監中に亡くなれば、王国を滅ぼす』――そう明言しました。病気や事故にあって亡くなっても、同じ運命になります。衛兵に刺されても。独房で首を吊ったとしても同じことです。地震、落雷、火災、津波で亡くなっても決して許さないと」
「では、私の城に収監しよう――さて、元老院と高等法院は、どうしたものか」
「簡単です」
ケイが笑顔で次のように述べた。
「部下にその通り、言えばどうにかしてくれます」
今度は議長が苦笑する番だった。
*
とはいえ、決裁権をもつ議長が動かなくては前に進めない。
議長自ら行おうとしていた、加護による王国語の付与は、異世界語を話せる召喚魔術師、ヴェイミンに引き継がれることになった。
黒板を押しながら、ヴェイミンが静かに貴賓室に入ってきた。
十五歳にして召喚の儀の執行者だ。
ただ、さきほど退室させられたあと、かなり反省したのか、かなりおとなしい。
議長から「くれぐれも丁重にな」と念押しされる。
「わたくしの名は、ヴェイミン・リーンです。勇者様のご来訪を、心から歓迎いたします」
ヴェイミンが発した次の言葉に、部屋の空気が凍りついた。




