A1.勇者召喚したら異世界人から誘拐だと訴えられました
A面『滅びの国の魔女:勇者召喚したら異世界人から誘拐だと訴えられて国が滅びました』
〝The Ruin of the Witch〟
A1.勇者召喚したら異世界人から誘拐だと訴えられました
召喚儀式は滞りなく終えた――はずだった。
僕、ヴェイミン・リーンが、たったひとつのミスをしなければ。
公爵閣下が、異世界からの勇者に祝福の言葉をかけようとしたその瞬間――。
――突然、結界が裂けた。
帝国の魔族兵――竜人族が咆哮とともに雪崩れ込む。
恐怖の軍音楽が高らかに響き、悲鳴をかき消す。
〈火〉の魔法矢が雨のように降りそそぎ、荘厳な召喚の間は一瞬で地獄と化した。
「公爵閣下、お逃げください――」
振り返ると、公爵閣下の姿はすでに消えていた。
目の前の床には、一人の異世界人──男性の遺体が横たわっている。
「リョウ!」
倒れた男性にすがる若い女性の悲鳴が、燃え上がる広間にこだました。
*
僕の名は、ヴェイミン・リーン。
たとえ僕を知らなくても、母の名は他国まで届いている。残念ながら良い意味ではない。
母の名はミンジャーン・ルーウ。
〈火焔の魔術師〉にして、希代の魔女。〈滅びの魔女〉〈災厄の魔女〉〈歩く天変地異〉――そんな忌まわしい異名で呼ばれている。
僕は祖母に育てられた。
呪われた母の名誉をそそぐため、王国宮廷魔術士を志した。
祖母の友人である公爵閣下の後押しを受け、末席ながらも念願の宮廷魔術士となった。
そして今日、異世界からの勇者召喚儀式を執り行うという、かつてない栄誉にあずかった。
「勇者を召喚できれば、この国に平和が訪れる」──そう信じていた。
*
しかし、召喚を終えた直後、帝国の魔族兵を退けた勇者一行の一人が静かに言い放った。
「断固非難する」
三十代後半の異世界人の男性だ。
その背には、召喚された勇者の少女がしがみついている。
「軍事目的で少女を略取する行為の、どこに正義がある?」
澄んだ声に、広間の空気が凍りついた。
「控えよ! こちらにおわす御方は宮廷魔術士にして元老の一翼、公爵閣下なるぞ!」
僕は、いつの間にか戻った公爵閣下を必死に擁護する。だが声が震えていた。
けれど、相手の声は冷たく返ってきた。
「であるならなお、罪が重い。無位無官の国士が国を憂えて罪を行うならまだしも、貴族がそれを行うのであれば国益しかない。他国の、それも未成年を略取し、従軍させるなど片腹痛い。断固非難する」
異世界人が静かに主張した。異世界の論理は、僕には理解できない。
(……この場を収めなければ。でも、どうすれば──)
──そのとき、僕の胸の奥で何かが冷たくざわめいた。
まるで〈滅び〉の呪いが目を覚ましたかのように。




