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8.リナ・ドールマン、お兄さまの帰宅


8.リナ・ドールマン、お兄さまの帰宅




 扉が叩かれる音で目が覚める。


「リナ」

 私がベットの上で起きあがった気配でも感じたのか、ノックは終わり、代わりに声が掛けられる。

 だが、扉の向こうからかけられる声に聞き覚えはない。

 ニワではないし、ディーン・ドールマンでもない。

 勿論、執事長でもないはずだ。

 というか、彼や使用人であれば私を呼び捨てになどしないだろう。

「リナ」

 黙って、扉をジッと睨んでいると再び声がかけられた。

「私だ」


「・・・・・・」

 いや、誰だよ。

 私だ、じゃねぇんだよ。

 オレオレ詐欺の亜種か?


「お、お嬢様!」

 ニワの声がする。

 恐らく、声の主の近くにいるようだ。

 もしかすると、案内してきたのかもしれない。

「・・・・・・あ、あの、えっと」

 いつも以上にビクビクしている気がする。

「ニワ?」

「あ、お目覚めになられたんですね! あ、あの・・・・・・お、お坊ちゃまです」

 思わずニワの名前を呼ぶと、彼女は勢い込んで伝えてきた。




「と、扉の前にダークお坊ちゃまが来られてます!!」




「は? 何で?」

 ニワの言葉に思わず素で聞き返してしまった。

 いや、何でだよ。

 帰るかもしれないと聞いたけど、正直帰ってくるかは五分五分で、帰ってくるとしても数週間ないしは数ヶ月は先の話だと思っていた。

 なのに、本当に帰ってきた上、どうして寝起きの私の部屋にやってきているのだろう。

 全く理解ができない。


「何で・・・・・・あの・・・・・・えっと?」

 ニワが扉の向こうで戸惑っているのが分かる。

 あ、ダメだ。

 ニワを困らせてしまった。

 いや、うん。


「・・・・・・あー、お兄さま。お久しぶりデス」

「あぁ、扉を開けていいか」

「いえ、ダメです」

「は」

 とりあえず、お兄さま、ダーク・ドールマンの方をどうにかしなくてはと声を掛けてみると、なぜか部屋に入ろうとしてきた。

 なんでだよ。

 入れるわけないだろうが。

 こっちは寝起きだぞ。


「お兄さま、お兄さまはもう子供ではないですよね」

「は? あぁ・・・・・・」

「子供ではない男性が身内といえども婦女子の__それも寝起きの婦女子の部屋に入ろうとしてはいけません」

「・・・・・・」

「ドールマンの子息として恥ずべきことはなさらないように」

「・・・・・・」

「ニワ、お兄さまをお部屋にご案内して」

「あ、は、はい!」

「・・・・・・いや、場所は分かっている。一人でいい。騒がせたな」

 どうやら、納得してくれたらしい。


 ダーク・ドールマンが扉から離れていく気配。

 足音が遠くなってしばらくするとため息が漏れた。

 そして、そのため息は扉の前のニワとの二重奏だ。





 お兄さまはやはり眼鏡キャラになっていた。

 金髪碧眼、髪質こそはストレートだったものの、私たちは本当にそっくりで、昔は姉妹にすら間違えられた。

 しかし、今はどうがんばっても麗しのお兄さまはお姉さまには見えないだろう。


「に、兄ちゃん、俺、姉ちゃんが進言してくれて剣術の稽古をつけてもらえることになったんだけど、すげぇ筋がいいって言われて・・・・・・!」

 私の横でディーン・ドールマンが必死に眼鏡キャラになったダーク・ドールマンに話しかけている。

 それに、ダーク・ドールマンが「あぁ」とか「はぁ」とか相槌なのだか呼吸なのだか分からない音を出す。

 かわいい弟の言葉をちゃんと聞いているのだろうか。

 女嫌いなのかと思ったけど、そもそも人間が嫌いなのかもしれない。

 そんなダーク・ドールマンがいずれヤンデレになるとは、正直考えにくいんだけど、なるらしいのだからしょうがない。

 ダーク・ドールマンが初めて執着したのが聖女だったということだろう。


 執着。

 もしくは、ダーク・ドールマンの世界に初めて入ってきた人間だったのかもしれない。

 ダーク・ドールマンは自分以外の人間を見下し、同じ生物とは思っていないような節があるから。

 私のことも、ディーン・ドールマンのことも、家族どころか鬱陶しい虫けらとしか思っていないかもしれないとすら思う。

 まぁ、年上の頼れる家族であり、たまにしか会ってくれない家族に引っ付こうとしていた私のせいもあるかもしれないが。

 しかし、もうずいぶんと会っていなかったのに、自分を慕っているた幼い家族に手紙一つ寄越さないのは酷いなとは思う。

 だが、まぁ、まとわりつかれて不快だったのだろう。

 ダーク・ドールマンに関しては、愛情を伝える以前に、なんとか認識を虫けらから人間まで戻すことに専念しなくては。

 虫けらと思っている有象無象から愛を貰っても突き返す男だ、ダーク・ドールマンは。



 それにダーク・ドールマンは恐らく話しかければ話しかけるほど、好感度が下がるタイプだ。

 ヒロインであれば話しかければ上がったかもしれないが、モブが話しかけても意味が無いどころか逆効果だろう。

 ダーク・ドールマンにとって有益と思わせ、好感度を稼ぐのが攻略のポイントって奴に違いない。

 もしかすると、ヒロインの【聖女】という役割がそれに当たるのかもとは思うのだが、聖女って何なのか未だに分からないんだよな。

 あの本、もう一度読んでみようかな。


 ・・・・・・まぁ、ディーン・ドールマンは久々に帰ってきたダーク・ドールマンに夢中だし、私は二人とは関係なく生活しよう。







「お嬢様・・・・・・」

 オーメンが戸惑ったように私に声を掛ける。

 私にはニワがついているからわざわざついて回らなくても大丈夫なのだが、最近、というかダーク・ドールマンが帰宅してしばらくしてからはずっとこの調子だ。

 ニワが萎縮してしまうので、少し困る。


「どうしたの、オーメン」

 この問いかけもかなり繰り返したものだ。

「い、いえ・・・・・・」

 そして、こう答えられるのも繰り返しである。

「いってよ、オーメン」

 それに嫌気がさしてきた私はついに言ってしまった。

「・・・・・・あの、ダークお坊ちゃまにお声かけしなくてもよろしいのでしょうか? ダークお坊ちゃまもそんなに長く屋敷に留まることはできないかと・・・・・・」

 オーメンは恐る恐るといったように口を出してきた。

 やはり、ソレだったらしい。

 はぁ、と大きく息を吐く。


「出過ぎた真似をお許しください」

「いいわ、気にしてない」

 オーメンの謝罪に首を振る。

「本当にいいのよ、どうせ話しかけても大して反応しないんだから」

 それだけ答えるとニワに持ってきて貰った魔法の学術書をめくる。

 ディーン・ドールマンがいたら一緒に読もうとして、自分が理解できないと愚図るようになってしまったので、読むなら今の内なのである。





「明日の朝、屋敷を発つ」

 夕食の席でダーク・ドールマンがそう宣言した。

「え!」

 ディーン・ドールマンが絶望したような声を出す。

 あんなに一緒にいたのに、弟にすら言っていなかったのか。

 そして、オーメンの手がピクリと動いたあの感じ、この屋敷を取り仕切る執事長にすら伝えていなかったのだろう。

 まぁ、らしいといえばらしいか。


「に、兄ちゃん、今度はいつ帰ってくるの・・・・・・?」

 ディーン・ドールマンが哀れっぽい声でダーク・ドールマンに尋ねた。

 恐らく、今すぐに席を立って、ダーク・ドールマンにすがりつきたいのを我慢しているのではないだろうか。

「さぁ」

 それに答えるダーク・ドールマンの声はやはり冷徹だ。

 いや、冷徹どころか無機質ですらある。

 お兄さまは顔はお母様に似ているけど、中身はお父様にそっくりだよな。

 まぁ、いいけど。

 そう思いながら、目の前のラム肉を一口大に切り分ける作業に集中する。

 結構、弾力がある。

 今は大して感じないけれど、前世の私は北海道でジンギスカンを食べる事になった時、独特の臭いに吃驚した記憶がある。

 小さい頃からラム肉を食べていたから、この身体の方が臭いに慣れているということなのだろうか。


「リナ」

 呼ばれた自分の名前に顔を上げる。

 お兄さま、ダーク・ドールマンが真っ直ぐにこっちを見ていた。

「明朝、ここを発つ」

 そして、もう一度、私に出立の予定を告げてきた。

 もしかしたら、聞こえていないと思ったのかもしれない。


 下品にならない程度のスピードで口内の物を咀嚼し、水で喉に流し込む。

 そして、ナプキンで口元を隠しながら頷く。


「__えぇ、わかりました」

 そして、ようやくそれだけ答えた。

 これで、きちんと話を聞いていると伝わったことだろう。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



 沈黙。

 これ以上、話すことはないということでいいだろうか。

 話しかけられる度に急いで咀嚼し水で流し込みたくないので、何かあるなら纏めていって欲しいのだが。

 というか、もう、話すことがないなら視線で刺すのをやめて欲しい。



 まぁ、いい。


 私は再びラム肉を切断する作業に戻った。



「リナ、明朝、ここを発つ」

 ダーク・ドールマンがもう一度繰り返した。


 いや、だから、それ、もう聞いたって。

 蟀谷がひきつりそうになる。

 いや、ダメだ。

 笑顔が大切だ。

 貴族令嬢はいついかなるときも笑顔で受け流す。




「・・・・・・えぇ、無事の帰途をお祈りしております」

 私はただ、にっこりと微笑んでそれだけ言うと、後は刺さる視線を無視してラム肉の解体を続けた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」





 扉が叩かれる音で目が覚める。


「リナ」

 私がベットの上で起きあがった気配でも感じたのか、ノックは終わり、代わりに声が掛けられる。

 だが、扉の向こうからかけられる声には聞き覚えがあった。

 ニワではないし、ディーン・ドールマンでもない。

 勿論、執事長でもない。

 というか、明朝発つとか言ってたはずのダーク・ドールマンの声である。

「リナ」

 黙って、扉をジッと睨んでいると再び声がかけられた。

「私だ」

 その声は柄にもなく緊張しているかのように聞こえた。


「・・・・・・」

 再放送してんじゃねぇよ。

「・・・・・・はい」

 渋々返事をすると、扉の向こうの気配がすこし落ち着いた気がした。


「手紙を書く」

「いりません」

 反射的に断ってしまった。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・いえ、ディーンに送ってあげてください」

 気まずい沈黙に耐えきれずに言った言葉だが、いい考えだ。

 そう、私じゃなくてディーン・ドールマンにあげればいい。

 その方が喜ぶだろう。


「わかった、お前とディーンの二人宛にする」

「いえ、ディーンにだけでいいです」

「何かあれば手紙の返事に書け」

「いえ、本当に大丈夫なんで」

「また、帰ってくる」

「いや、そういうのディーンに言ってもらえれば・・・・・・」

「それまでは手紙で我慢しろ」

「私の声聞こえてます?」



 こうして、私は早朝に叩き起こされた上に文通の約束を一方的に叩きつけられたのだった。



誤字報告ありがとうございます!

あと、今作も前作もブクマや評価いただいて嬉しいです、ありがとうございます

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