5.リナ・ドールマン、愛について考える
5.リナ・ドールマン、愛について考える
廊下で高笑いしていると、向こうから見知った影が走ってきた。
「お、お嬢様!」
「あら、ニワじゃない」
「あ、朝起こしに部屋までお伺いしたら、居られなかったので・・・・・・その、お探ししていました」
ニワの尻尾は屋敷の中を走り回ったのか尻尾が少し乱れている。
「あぁ、ごめんね。ディーンの部屋に行っていたの」
「ディーンお坊ちゃまのお部屋ですか!? そ、そんな・・・・・・今まではおさけになって・・・・・・あ、すみません!」
失言だと気づいたらしいニワが慌てて自分の口を手で覆った。
「えぇ、仲直りしようと思ったの。いつまでも避けるなんて大人げないしね」
「そ、そうですか・・・・・・なんだか、お嬢様・・・・・・昨日から・・・・・・えっと・・・・・・」
ニワが私をジッと見る。
「えっと・・・・・・お変わりになられましたね・・・・・・」
「大人になったのよ、誕生日だったしね」
「は、はぁ、そうなんですね・・・・・・」
ニワの耳がピルピルと震える。
「ニワ、私、仲直りのためにキッチンでディーンに何か作ろうと思うの。だから、私の部屋に行ってディーンが来たら待っているように伝えてくれる?」
私は胸を張って、片手を置く。
フンスと鼻息を出す。
「りょ、りょうり!? お、お嬢様がですか!?」
「えぇ、そうよ」
「つ、作ったことないじゃないですか!」
「ないわ。でも、大丈夫よ。だって、料理は心が大事! そう、愛があればどうとでもなるわ!」
そういって、ニワに微笑む。
そう、料理は愛情だって聞いたことがある。
つまり、愛情さえあれば何とかなるのだ。
愛を伝えたい愛の伝道師たる私にはピッタリだし、愛のこもった料理を食べればディーン・ドールマンだって自分が愛されていると実感できるはず!
料理は愛情ではどうにもできないかもしれない。
私は五歳にしてこの世の無常に気が付いていた。
私の目の前には真っ黒に焦げたチキン。
それがかき集めると多分一羽分。
「おいおいおいおい、リナお嬢様! 勘弁してくれよ!」
コック長のバートが額に手を当てて頭を振る。
「このままだと、リナお嬢様がチキンを綺麗に焼ける前に、国中のチキンが黒こげにされちまうぜ!」
コック長が大げさに肩をすくめて、黒こげのチキンを摘む。
「おお、哀れなチキンくん、まさかこんな姿になるとは思っていなかっただろうに!」
更に大きく嘆いたコックの指先からチキンの破片がテーブルに落ちる。
いや、チキンの破片というか炭の破片というか。
「・・・・・・さすがに、ぐぅの音もでないわ」
コックの指先は真っ黒に染まっている。
ダメだ、完全に炭化している。
どうみても愛情のこもった料理には見えない。
なんなら、こんなものを食べろと出されたら、逆に悪意のこもったものにすら感じるだろう。
がっくりと肩を落とす。
「えぇ、諦めるわ。私には料理は向いていなかったようね」
というか、今までやったことはなかったが、料理って割と難しい。
前世は程々にやっていたと思うのだが、そもそも私は五歳。
材料を持つのもやっとだ。
その上、私の使っていた道具がないので勝手が違う。
いや、道具がここにないとかではなく、多分、この世界にはないのだ。
電子レンジどころではない、コンロもないのである。
石窯だ。
火の調整などできるはずがない。
「まー、簡単に料理できたら、俺らキッチン専用の使用人の面子がないですからね」
「それはそうね」
納得して頷いた瞬間に横の扉が勢いよく開かれた。
そこにいたのはディーン・ドールマンとニワである。
ディーン・ドールマンは肩を怒らせ震え、ニワはオロオロとしながら私とディーン・ドールマンを見比べている。
「ディーン」
「お・・・・・・!」
「お?」
「俺と一緒に居てくれると見せかけて、俺を部屋に追いやって一人で遊んでたのかよ!!」
「は?」
ディーン・ドールマンは顔を真っ赤にして、怒りに震えている。
「そんなに俺と一緒にいるのが嫌なのかよ!!」
ダンダンと足で床を踏みつけて叫んだ。
「え、いや、そうじゃなくて・・・・・・」
「姉ちゃんも俺が生まれたせいで、母さんが死んだって思ってんだろ!!」
そう叫ぶとディーン・ドールマンはどこかに走っていってしまった。
吃驚して、それを見送り、その背中が見えなくなってようやく意識が戻った。
「ちょ、ちょっと、ディーン!!」
私は慌ててその背中を追いかける。
「お、お嬢様!」
ニワの慌てた声が後ろから追いかけてくる。
というか、このドレス走りにくい!
一端止まる、そして両手でドレスをたくしあげ、全力疾走しなおす。
「お、おじょ、お嬢様!!??」
ニワの更に焦った声が背後で聞こえた気がした。
「見つけたわよ、ディーン!」
そう叫ぶ私にディーン・ドールマンが飛び上がらんばかりに驚いた。
というか、数センチ程浮いたように見えた。
「ちょっと、危ないから暴れないでよ」
そういうと、私はそのまま、腕の力で自分の身体を持ち上げようとした。
だが、力が足らなくて全身は無理だった。
仕方ないので、片足だけを持ち上げ、枝にひっかける。
「ちょ、姉ちゃん、スカートのまま登ってきたのかよ! なんで、そんな・・・・・・」
ディーン・ドールマンが目を見開いてこちらを見た。
震える手でこちらを指さし、もう片方の手はぶらりとさげてあるだけだ。
両足で枝を挟んでいなかったら、落ちていたかもしれない。
そう、ディーン・ドールマンがいたのは木の上だ。
一生懸命さがしても、なかなか見つからないわけだ。
ディーン・ドールマンに婚約の話が出て、相手が屋敷に来たときもここに隠れていたのだろうか。
そりゃあ、見つからないよな。
私も最初は屋敷の中を探そうと思ってたくらいだし。
だが、ディーン・ドールマンは屋敷よりも庭にいるかもしれないと考えなおし、外を探すことにしたのだ。
そう、ディーン・ドールマンは私に引っ付いていることが多かったが、私が一人で家庭教師と勉強していたり、外に出る用事があったときは必ず庭にいた。
男の子だから、外遊びが好きなのだと思っていたが、先ほどの「姉ちゃんも俺が生まれたせいで、母さんが死んだって思ってんだろ!!」という言葉から考えると、屋敷の使用人に何か言われたのかもしれない。
それで、屋敷にいたくなかった、いや、居場所がなかったから庭に逃げていたのだろうか。
全然、気が付かなかった。
まぁ、普通は主人たちの前では言わないから、ディーン・ドールマンもうっかり聞いてしまったのかもしれない。
まぁ、というわけで、私は外に探しに来たのわけだ。
そして、ディーン・ドールマンが特に好きだったのは、小さな森のようになっているこのエリアだということを思い出し、ここらを集中して探した。
__多分、私が見つけることが重要な気がしたから。
だが、朝から太陽が天辺を通り過ぎるまで探すことになるとは思わなかった。
朝から何も食べていないし、ディーン・ドールマンは全く見つからないしで、思わず天を仰いだ。
その時、緑に混じって黒い洋服が見えたので、スカートを捲り上げて、ここまで登ってきたわけである。
「と、というか、なんで、ここにいるんだよ! 姉ちゃん!」
ディーン・ドールマンが枝の上で後ずさる。
「ちょっと、危ないから動かない! 落っこちちゃうでしょ!」
それを制止してもう片足を持ち上げて、枝を両足で挟む。
そして、ようやく一息付いた。
スカートに小枝が刺さっているのを見つけて手で払う。
あー、穴があいているかも。
「なんでって、貴方を探しに来たからよ、当たり前でしょ」
続けて、スカートを払うと土埃が出た。
庭を駆け回りすぎたか。
洗濯係の使用人から怒られそうだ。
「・・・・・・俺を?」
「私があなた以外、誰を探してたっていうのよ」
「ふーん・・・・・・」
視線を前に戻すと、ディーン・ドールマンはそっぽを向いていた。
「ねぇ、部屋で待たせすぎたのは悪かったわよ」
「・・・・・・」
「ディーン、あなたに朝ご飯を作ってあげようと思ってたの。失敗したけどね」
「・・・・・・」
ディーン・ドールマンの側に寄ろうと少し前に進もうとしたが、思ったよりも揺れたのでやめた。
これで、枝が折れたら救いようがない。
「・・・・・・嘘だ。だって、料理なんか無かったし」
「バードが・・・・・・いえ、コック長が持ってた炭の塊よ」
「・・・・・・炭の塊を作ったの?」
「チキンを焼こうとしたのよ」
「チキン・・・・・・」
「だって、好きでしょ、肉料理」
「・・・・・・別に、炭は好きじゃない」
「・・・・・・ぎっ!」
叫びかけて、声を飲み込む。
喉から嫌な音が漏れたが、怒鳴ってはいないのでセーフとしよう。
というか、私だって炭を作ろうとしたわけじゃない。
気が付いたら、チキンが炭になっていただけだ。
大きく息を吐く。
落ち着け、落ち着け。
「・・・・・・ねぇ、仲直りをしましょうよ。ディーン、私たちこの屋敷に二人っきりの家族じゃない」
「・・・・・・」
ディーン・ドールマンはこちらを向こうとしない。
やはり、まだ怒っているのだろうか。
「ディーン、どうしたら、許してくれる?」
そっと手を伸ばしてディーン・ドールマンの肩に触れる。
「ね、こっち向いて、ディーン」
そういうがディーン・ドールマンはあらぬ方を向いたまま、振り返ってこない。
「・・・・・・料理はいらない」
しばらく沈黙した後、ディーン・ドールマンが口を開いた。
「姉ちゃんの料理食ったらお腹壊しそうだし」
「は」
思わず威嚇のような低い音が出た。
それを咳でごまかす。
「その代わり」
「その代わり?」
「・・・・・・今日、一緒に寝て」
ディーン・ドールマンがボソリと小さく呟いた。
全く、こちらを振り返らない。
「ディーン」
「・・・・・・」
「もしかして、照れてる?」
「はぁ!?? 照れてねぇし!!」
ディーン・ドールマンが勢いよく振り返った。
その顔は真っ赤に染まっていた。
「何言ってんだよ、ブス!!」
「あー、はいはい」
「別に寝てくれねーならいいし!!」
そういうとまたディーン・ドールマンが勢いよく顔を逸らした。
今度は拗ねているみたいだ。
もしかすると、ディーン・ドールマンは結構私のことが好きなのだろうか。
だとすれば、今私が愛情を伝え続ければ、未来のディーン・ドールマンが誰かに__聖女に異常な愛情や執着を覚えることはないかもしれない。
「はは、いいよ。一緒に寝ようか」
「え」
ふっと微笑むと、ディーン・ドールマンが目を見開いて此方を振り返った。
「寝るまで詩でも読んであげようか?」
「は? 詩なんて聞きたくねぇし!」
「んー、じゃあ、何か図書室で借りてこようかな」
「つまんねーのはやだ!」
「じゃあ、一緒に選びにいく?」
「・・・・・・ん」
ディーン・ドールマンが俯いて小さく呟いた。
「いく・・・・・・」
私がゆっくりと手を伸ばすと、ディーン・ドールマンの一回り小さな手が重ねられた。