3.リナ・ドールマン、策を巡らせる
3.リナ・ドールマン、策を巡らせる
決意の夜から一夜。
私はやはり、頭を悩ませていた。
というか、どうやったら兄弟を将来ヤンデレにしないですむのか、が分からないのだ。
なにせ、今はヤンデレではない。
だから、今「女の子に夢中になりすぎると破滅しちゃうよ」なんて言っても仕方がないのだ。
なんなら、そんなことを言えばダーク・ドールマンどころかディーン・ドールマンも私を心底バカにするだろう。
ダーク・ドールマンに至っては女嫌いの気すら見せているのだから、そんなことを言っても仕方ないだろうし。
つまりは、早速、どうすればいいのか詰んでいるというわけである。
庭園をディーン・ドールマンとナニー(乳母)のデイジーを伴い散歩していたが、いい案は浮かびそうにない。
どころか、昨日はあんまり眠ることができなかったので、眠くなってきた。
だが、ここで眠ってしまえば昼寝の時間に寝れなくなりそうだ。
手で隠して欠伸をする。
私とデイジーは木陰で座って休んでいたが、ディーン・ドールマンは木陰を飛び出して地面をほじくり始めている。
また、虫でも探しているのかもしれない。
「リナお嬢様、お暇でしたら詩でも朗読いたしましょうか?」
デイジーが読んでいた本を軽く持ち上げてみせる。
ふくよかな身体を少し動かし、デイジーは目尻の皺を余計に深くした。
「いいえ、大丈夫。ただ、考え事をしているの」
「あらあら、考え事ですか。それはどういった?」
優しいデイジーに聞かれるとするすると全て話してしまう。
私は木の幹に背中をより深く預けて、息を吐く。
「どうやったら、男性が恋愛にのめり込みすぎて、私生活や家をないがしろにしないか考えてたの」
素直に答えたら、デイジーが咳込んだ。
驚いて、そちらをみるとデイジーが軽く自身の胸に手を置いていた。
デイジーが混乱しているときの癖である。
「そ、それは・・・・・・また・・・・・・」
それ以上何を言ったらいいのか分からないのか、デイジーが口ごもる
「えぇっと・・・・・・もの、語りのお話ですよね・・・・・・えぇ・・・・・・」
そこで私も口を噤む。
そういえば、今の私は五歳の少女だった。
五歳の少女が「男が女にのめり込みすぎて、私生活や家をないがしろにしてるの~」はやばいな。
いや、五歳ってマセてるしいけるか。
いやいや、どうかんがえても箱入り貴族令嬢としては、いい成長はしてないよな。
ちょっと間違えたかも。
いや、間違えたな、これ。
「ああっと、そういう女性に盲目的になりすぎて破滅する貴族男性の人形劇があって・・・・・・お父様もダークお兄さまもずっと帰ってこられないし、ディーンは騙されやすそうだから心配になっちゃって・・・・・・」
私は両手をあげて顔の前で振ってみせる。
「まぁ!」
デイジーが大きく口を開けた。
「まぁ、まぁ! そうですよね! 旦那様もダークお坊ちゃまも全くお家に帰ってこられないし、相談できるお母様も居られないんですもの。不安になっても仕方ありませんわ」
そうして、何度も頷いて納得した様子を見せる。
デイジーはかつてはお母様のナニーだった。
お母様の死に大変に胸を痛め、今だってあの愛らしいお母様がいないからこそ、この家はこうなのだという強く信じている。
「全く、旦那様も少しくらい帰ってきてくれればいいのに」
そういって、首を左右に振ってぶつぶつとお父様に対する不満を呟き始めた。
ドールマン家に入り婿に入ったお父様に不満を持つ使用人も勿論いる。
そういう使用人は体外古くからの使用人で、他の使用人たちを取りまとめる地位にある。
だからこそ、お父様はよりこの家に帰りたくないのかもしれない。
お父様が用意した帝都の邸宅にいる使用人はお父様自身が見繕ったけれど、新しい者たちばかりだった。
若かったり、他の貴族に仕えていた者。
それにまた余計にこちらの使用人たちは反感を覚えていたみたいだけど。
それにしても、ヤンデレ。
ヤンデレってどうやったら回避できるんだ。
回避、ならないようにする。
そもそも、ダーク・ドールマンとディーン・ドールマンはどうしてヤンデレになったのだろう。
ヤンデレ。
ヤンデレ。
なぜ、人はヤンデレになるのか。
私は前世でプレイした乙女ゲームをいくつか思い出す。
キャラクターがヤンデレになってしまう時は__
「不安、だから__?」
ぽつりと言葉をこぼす。
不安だから、愛する人を縛り付け、異様なほどに執着する。
それは愛する人が他に取られないかという心配からだったり、過去に自分が愛されなかったという経験からくる不安だったりする__のかも。
つまり、愛されているという実感を与え、恋愛する際にも不安にならないようにケアし続けさえすれば、ダーク・ドールマンもディーン・ドールマンもヤンデレにならないのでは?
あぁ、そうか!
私の身体に電気が走り、思わず立ち上がる。
「? リナお嬢様どうかされましたか?」
「え、ううん。何でもな__」
愚痴をピタリと止めて此方をみるデイジーに微笑み、口にできたのはそこまでだった。
顔面への衝撃。
そして、視界が黒くなり、目が開けられなくなる。
頭が疑問符で埋まり、身体が固まる。
「で、ディーンお坊ちゃま!! リナお嬢様のかわいらしいお顔に泥を!!」
「はぁ?! かわいくないし!! ブスブスブス!!」
「ディーンお坊ちゃま!!」
「・・・・・・」
どうやら、ディーン・ドールマンが私の顔面に泥を投げつけたらしい。
道理で急に顔面に衝撃があって、何も見えなくなったわけだ。
泥。
うん、まぁ、泥で良かった。
これが馬糞だったら、もう、愛とか将来の安寧とかかなぐり捨てて、私がこの手でディーン・ドールマンを殺していた。
クソガキが。