1.リナ・ドールマン、前世を思い出す
1.リナ・ドールマン、前世を思い出す
リナ・ドールマン。
ふわふわの金髪に生意気そうな碧眼。
デフォルトがツンとした表情のせいで、周りからは常に不機嫌だと思われている。
そんな私、リナ・ドールマンの五歳の誕生日。
弟である、ディーン・ドールマンに部屋に虫を放り込まれて発狂し、したたかに頭を打ち付けた私は__とある記憶を思い出していた。
私は草臥れた社会人だったはずだ。
他人に仕事を押しつけられ、私がやるしかないと一生懸命に仕事を夜中まで続ける毎日。
残業がバレないように、退社したフリをして電気もつけずに仕事をしていた。
時折見回りに来る警備員さんに見つからないように、トイレに逃げ込み便座に座って一息付いたとたん・・・・・・そうだ、気が遠くなった。
そうか、最近寝ていないもんなと納得して少し仮眠をしようと目を閉じたところまでは覚えている。
「え、私、死んだ?」
部屋の床にひっくり返った幼女、いや私が呟いた。
「し、しっかりしてください、リナお嬢様!!」
きゃんきゃんとリナ付きの、いや私付きのメイドのニワが私をのぞき込んでいる。
犬のような耳と尻尾が見えるのは幻覚ではない。
獣人なのである。
髪と揃いの茶色の耳と尻尾がピルピルと頼りなく揺れている。
「だっせー!! 虫にビビってひっくりかえって、死にかけてやんのー!!」
ディーン・ドールマン、いや、弟、いやいや、クソの下品な笑い声。
「死んでない! お嬢様は死んでいませんからね!! だから__」
私の意識は再びそこで途切れた。
リナ・ドールマン。
金髪碧眼の公爵令嬢。
公爵令嬢・・・・・・あぁ、ここでイヤな予感がプンプンと漂ってきた。
地位があるお嬢様って悪役にされがちなんだよな。
・・・・・・悪役?
あぁ、そうだ。
就職してからは全然時間がとれなくて積んでた沢山のゲーム。
そう、いつか時間がとれたら、いつか余力があればしようと思っていた乙女ゲームたち。
ドールマン。
公爵家。
兄弟。
ディーン・ドールマン。
ダーク・ドールマン。
その単語に覚えがあった。
いや、ありすぎた。
プレイはしていない。
だから、内容は分からない。
分からないが、そのタイトルは分かる。
【聖女は今日もヤンデレたちに殺されそうなほどに愛されている】
略して【殺愛】と呼ばれるゲームである。
そして、私の脳内にはいつかみたネタバレ達が駆けめぐる。
「もはや死にゲー」
「どうやったらこのヤンデレ共をブったおせるんですか?」
「乙女ゲーの皮を被ったサイコホラー」
「これが「本当に怖いのは人間」ってやつか・・・・・・」
「なんで聖女どうやっても監禁されてしまうん?」
「今回、足は無事だった! ヨシ!!」
「ドールマン兄弟怖すぎるだろ・・・・・・」
「いや、妹はブラコン悪役令嬢かと思ったら、こっちも聖女大好きなやべぇ百合なんかい!!」
はっきり言おう。
ネタバレしてんじゃねぇよと思った。
SNSどころではない。
動画サイトのオススメにまででてきて、タイトルで、サムネイルでネタバレしやがって絶対に許さねぇからなと思っていた。
そのせいでたまの休息にスマホをいじれなくなって、ストレスが倍々で溜まっていったし。
だが、今、思う。
「まって!! 私もヤンデレ百合になるって事!?」
飛び起きる。
気が付けばベットに寝かされていた私は目の前で覗き込んでいた弟、ディーン・ドールマンに頭突きをかました。
直毛の黒髪に碧眼。
父親そっくりというか、父親をそのまま小さくしたかのような少年__というか、私の弟。
うん、私の弟だ。
ダメだ、なんだか、頭がまだ混乱している。
「いって!! 何すんだブス!!」
そんな弟、ディーン・ドールマンが額を押さえながら叫んだ。
「はぁああ!!?? 」
私もそれに答えるように腹から叫ぶ。
「はわわわ!! おお落ち着いてください、お嬢様お坊ちゃま・・・・・・!」
ディーン・ドールマンが寝込んでいた私に掴みかかり、私も襟首を掴んでそれに応じる。
そして、私付きのメイド、ニワが心底怯えて震えていた。
ディーン・ドールマンこと私の弟とベットの上でのボクシング擬きをした後、両足を絡めて締め付ける、所謂四の字固めをしながら私は考えた。
「いたいいたい!! 離せブス!!」
「お、お嬢様!! お嬢様!! スカートが!! スカートが!!」
今日は私の五歳の誕生日である。
だが、リナ・ドールマンの、いや、私の家族は誕生日を祝ったりしない。
父のディートマー・ドールマンは今日も国王のために南へ北へと駆け回っている。
母のリヒャルディス・ドールマンは弟のディーン・ドールマンを産んで亡くなった。
兄のダーク・ドールマンは私の誕生日ごときで大好きな寄宿学校から帰るはずはない。
祖父母はきっと贈り物をしてくれるだろう。
まぁ、入り婿の父が祖父母というかドールマン家に苦手意識があるせいで最低限の関わりしかないんだよな。
祖父母も聡い人たちなので父のそれを察知して無理に距離を詰めたりしないし。
というわけで、現状祝ってくれるのは家にいる使用人達くらいのものだ。
弟のディーン・ドールマンはないものとする。
まぁ、記憶を取り戻す前の私は「今年のお誕生日こそは父も兄も帰ってきてくれて、祖父母もきてくれるに違いない」と夢見ていた。
というわけで、誕生日の準備を大々的にお願いしていたわけだが・・・・・・。
うん、どうせ、こない人間を待ちたくない。
料理は冷めるし、きてくれない人間を待ち続けることほどキツいことはない。
そう、仕事で「約束があるから」と数時間待っていても「なんで待ってたの? おたくと契約なんかするわけないでしょ」と相手方から言われることほどキツいことはなかった。
アポイントメントの地点で断れよ。
待っている時間で一体どれだけの仕事を処理できたか。
しかも、相手方の会社で待っていたから本当に何もできなかったし、上司にはサボリだと決めつけられて減給された。
本当に最悪だ。
来ないなら来ないでいいから、最初から期待もたせるなよ。
というか、興味がないならアポイントメントを最初から受けないでくれよ。
説明中に「あ、マジで興味ないんだな」っていうの分かるとこっちだってシンドいんだよな。
どれだけがんばって資料集めても元々興味がないんじゃ、勧めても意味ないじゃん。
こっちだって、興味がないなら勧めたくないんだって。
「くそが!!」
「いって!!」
「落ち着いてください!! お、おじょうさまー!!」
色々な感情が胸中に渦巻き、締め上げる足に更に力を込める。
ディーン・ドールマンとニワの情けない声が私の部屋に響く。
いや、ダメだダメだ。
落ち着け、私。
クールになれ、一つ一つ。
そう、一つ一つ片付けていくんだ。
まずは・・・・・・まずはそう・・・・・・盛大に準備させてしまった誕生日パーティーの後始末が必要だ。
「ほ、本当によろしいのでしょうか、お嬢様!」
ドールマン家への忠義に厚い執事長、オーメンが立ったままオロオロと視線をさまよわせる。
周りにいるメイドや庭師たちはさっさと席に着きたそうだけれど、執事長よりも早く席に着くわけにはいかないと立ったままだ。
「いいのよ」
実質、席に座っているのは私とディーン・ドールマンだけである。
ニワは私の隣の席の隣に突っ立ったままだ。
耳も尻尾も力なく垂れて、オーメンよりもずっと忙しなく視線をさまよわせ、もはや挙動不審である。
まぁ、獣人って未だに被差別階級だし、ニワは元奴隷だ。
自分よりも上の立場の執事長や他の人間の目は気になるけれど、自分が仕えているのは主人である私が座れと命令している。
どうしたらいいのか分からないのだろう。
「いいから、座って、オーメン。せっかく貴方たちが用意してくれた料理が冷めてしまうわ」
私は手をつけていないが、ディーン・ドールマンは一切気にすることなく手をつけている。
「それか、冷める前に私の弟に全て食べられるかね」
「んぐ」
ディーン・ドールマンが何か言おうとしたが、口一杯に食事を詰め込んでいるせいで何を言っているか分からない。
数回モゴモゴした後、ディーン・ドールマンは私に文句を言うよりも食事を口に投げ込むことを選んだらしい。
凄い食事マナーだ。
父がいれば鞭打ちされるだろう。
「ちょっと、喉に詰めないでよ」
そういって、ディーン・ドールマンの口をナプキンで拭う。
ディーン・ドールマンは一瞬体を強ばらせたものの、素直に拭かれている。
「お、お嬢様・・・・・・ご立派になられて・・・・・・」
オーメンが感極まったようにハンカチで目元を拭った。
「いいから、オーメンも席について」
ディーン・ドールマンの口元を綺麗に拭いながら、忠実なる執事長に声をかける。
「い、いえ、ですが、これはお嬢様がお父上とダークお坊ちゃま、そしてディーンお坊ちゃまとご一緒に食べるためにとご用意されたものではないですか・・・・・・」
オーメンが再び辞退しようとする。
「どうせ、帰ってきやしないわよ。結局、冷めてから貴方たちのディナーになるじゃない。それなら、温かいうちに皆で食べた方がいいわ」
「お、お嬢様・・・・・・」
オーメンの声が震える。
そして、恐る恐るという感じで、私の正面の席に座った。
「ほら、座って皆で食べましょう」
私が微笑めば、他の使用人たちも次々とそれに従っていく。
そして、ようやく私の隣にニワが浅く座った。
ついに全員が席に着いた。
「はい、どうぞ、召し上がれ」
無言の食卓が始まる。
無言。
前世の記憶が戻った私としては思うところがないわけではないが、確かこのドールマン家の使用人たちの食卓は無言だと聞いたことがある。
普段姦しいメイドたちも独自のアイコンタクトはしているものの、言葉を発することはない。
だが、食事のペースは速い。
庭師見習いの少年と靴磨きの少年なんかは競うようにして肉をかき込んでいる。
ディーン・ドールマンに負けずとも劣らないって感じだ。
普段はあまり肉は出ないのだろうか。
そういえば、使用人たちは上の食事の残り物が出るんだったか。
ディーン・ドールマンはいくら肉が食卓に盛られても、その全てを駆逐せんばかりに胃に詰め込むから、もしかすれば残っても口にできるのは執事長位なのかもしれない。
「リナお嬢様・・・・・・その、お、お肉食べてもいいですか」
ニワがビクビクと上目使いに私を見上げてくる。
「えぇ、とってあげるわ、キジでいい?」
「あ、はい・・・・・・お願」
「ニワ! 自身がお仕えする主人に物を頼むなど!」
オーメンが声を荒げた。
ニワがビクつき、前屈みになる。
「ご、ごめんなさ・・・・・・」
「ちょっと、オーメン、止めて」
「しかし!」
「これだけテーブルが広くて物が並んでいたら、自分じゃとれない物もあるし仕方ないでしょ。それにニワは他の使用人に比べて、身体が小さいから取れないのよ」
「で、ですが・・・・・・」
「皿をとってあげなきゃ、私付きのメイドが餓死しちゃうでしょ。自分の専属メイドを餓死なんてさせたらドールマン家の恥よ」
「え、えぇ・・・・・・」
オーメンが頷く。
まぁ、今この地点ではこの家の女主人でもあるわけだし、反抗できないだけかもしれない。
「ごめんなさいね、オーメン。使用人には使用人のルールがあるのにくちをだしちゃって。
だけど、今日は私の誕生日なの。皆が自分の好きな物を食べられるように、今日だけは見逃してくれないかしら」
そう、別にオーメンのことは嫌いじゃない。
いつだって私を気にかけてくれるし。
「オーメンにもニワにも他の使用人の皆にも、いつも感謝しているの。お父様たちは見ていないし、今日くらいはね、マナーなんて考えずにお腹一杯食べてほしいわ」
にっこりとオーメンに微笑む。
ディーン・ドールマンから変な音がした。
というか、咽せている。
はぁ、と息を吐いてディーン・ドールマンの背中をさする。
食べ過ぎて詰まったのだろうか。
紅茶のカップを口まで持って行けば、奪うように受け取って一気にあおった。
「お、お嬢様・・・・・・」
オーメンがナプキンで顔を覆ってさめざめと泣き始めた。
「本当にご立派になられて・・・・・・」
本当に感動しているみたいだ。
まぁ、オーメンは全く帰ってこない父の代わりに世話を焼いてくれたからなぁ。
私はナニー(乳母)とオーメンに育てられたようなものだ。
「ね、オーメンも今日くらいは席を立って、好きな物を取ってたべて欲しいわ。まぁ、デザートやフルーツをまだ冷やしてあるからここでお腹一杯になるともったいないけどね」
「えぇ、えぇ、お言葉に甘えさせていただきます」
オーメンがナプキンで鼻をかんだ。
他の使用人たちがソワソワとするなか、オーメンが立ち上がり、キジとマトンにカツレツを少しずつ、そしてロブスターとタラをたっぷりに、野菜__特にアスパラガスを山のように乗せて、再び席に着いた。
それからメイド長や従僕たちが立ち上がり、おそらく序列順に好きな物をとっていく。
まぁ、皆一斉にとはいかないか。
私もそれ以上は口を挟まずに、ニワにキジ肉の皿からいくつかとって載せてやり、自分用に子羊をいくつか皿に載せた。
「姉ちゃん、デザートって何があるの?」
「さぁ、リンゴのケーキとアイスは頼んだからあると思うよ」
「あ・・・・・・と、トライフルも作ったって言ってました・・・・・・」
ディーン・ドールマンの問いに自分の頼んだ物を答えたが、ニワが更に付け加えてくれた。
「あと、多分ゼリーもでるね。コック長が好きだし」
とりあえず、誕生日の食事が無駄にならなくて良かった。
毎年、完全に冷め切ったのを使用人たちに食べさせていたしね。
・・・・・・いや、うん、とりあえずだ。
「ヤンデレと百合化フラグを回避し、巻き込まれて殺されない様に生きなくては・・・・・・」
じゃなきゃ、殺される。
内容は知らないけど、ネタバレの呟き的に確実に殺される。
他人の恋路に巻き込まれて殺されるなんて絶対にごめんだ。
こっちは前世で社畜死してるんだ、今生は絶対にハッピーライフを送って老衰で死んでやる。