倉屋敷 萌子
私はこの生駒市のことが好きだ、愛している
倉屋敷 萌子は快活だ。
中学1年の時から始めた、地域新聞(不定期発行)は4枚目になろうとしている。A4用紙1枚の新聞。倉屋敷 萌子はこれを新聞と表現したがるが、高山 あかりは情報誌と呼びたがった。単純にそっちの方が今っぽい。
緑ヶ丘中学1年の春、倉屋敷と高山は生駒市立緑ヶ丘中学校の同じクラスなった。
倉屋敷は生駒小学校、高山は生駒東小学校出身で、お互いに面識はなくクラスの割合としては東小出身の顔ぶれが多かった。
高山は入学式の後、教室へ入った時に東小で仲の良かった中山 由美と大西 沙織を見つけた時は、緊張の糸が溶けるのがわかった。一方で面識のない生駒小の面々との距離は縮まらず、特に倉屋敷には本能に近いところで触れないようにしていた。
投稿初日の自己紹介でなんとなく、近づいてはいけないと感じた。2カ月以上が経ってなお思う。自分のカンは正しかったのだと。
クラス内が混ざり始めようかどうしようかと、ぎこちないまま停滞したタイミングで、ある課題が出た。それはグループ発表だった。
高山はそのグループ決めの当日、少しの頭痛を理由に欠席をした。半分以上は仮病だったこと、グループ決めの日だったことを思い出して午後は気が重かった。
けれど夕方過ぎには、どうせ普段仲の良い由美と沙織と一緒のグループになるのだろう。
そう安心してベットに寝そべってマンガを読み始めた。
〇
翌朝はいつも通り、家を出て登校した。グループが決まったからと言って特別その話題で持ちきりと言うわけでもなく、普段通りの風景。ただ、その日はホームルームまでの間いつもみたいに由美と沙織と談笑をしなかった。
可もなく不可もなく、そのまま時間が過ぎ、日直の仕事やらで結局は今日はまだ二人と一言も言葉を交わさず・・・いや、クラスの誰とも口をきいていないことに6限目にしてようやく気が付いた。
窓側の一番端を見やると、倉屋敷 萌子がものすごい速さ何かを書いていた。落書きでもしているのだろうか、あきらかに板書を写しているわけではなさそうだ。斜陽に照らされた長い黒髪が艶めいている。
彼女にとっては毎日のことなのだろうけれど、誰とも1日話さないというのはこんな気持ちなのか。高山は少し倉屋敷に同情したのだった。
だからと言って、終礼が終わるやノートを片手に猛ダッシュで教室を飛び出していた萌子の姿を見て、はやり関わり合いになるのはやめた方が思った。
だから、教室を出たところで、突然「私と一緒に来てほしい」倉屋敷に手を引っ張られた時は驚きのあまり、あかりは一声も発することができなかった
「待って!放して!」
時間にして1分程度、図書室の前まで来てようやく倉屋敷の手を振りほどいた。
倉屋敷は少し驚いた顔を見たが、そのまま図書室の中へ進んで行き、「これを見てほしい」と机の上に並べられたコピー用紙を指さした。
「なにそれ、あの、私帰ってもいいかな」
好奇心が先だって、問いかけてみたもののすぐにでも逃げれば良かったとあかりは後悔した。
「これは、グループ発表資料だ。昨日から取り掛かったけど、結局コピーし終わったのさきほどになってしまって、進捗だけでもと思ったけど言いそびれてしまって」
「グループ発表って社会のやつだよね?なんで私が倉屋敷さんの資料を見ないといけないの?」
「そうか、すまない。言い忘れてた。同じグループになった倉屋敷 萌子だ。よろしくお願いする。高山 あかりさん」
久々に呼ばれたフルネームにゾワっとした。呼ばれたのは入学式以来だ。
「クラス全員の氏名は覚えてる」
そんなことはどうでもいい、あかりは一瞬パニックになった。
「私と倉屋敷さんがなんで一緒のグループなわけ?」
私は由美と沙織のグループになっているはずなのに・・・・よりにもよって、なんでどうして倉屋敷さんなんかと・・・・
「最初は男女一緒で4人一組だったんだが、女子から反対が出て、男女別で3人一組になることになった。最初、高山は中山、大西グループだったけど、それでは私が一人になると担任が高山を私と一緒のグループにした」
なんでわからない?と言いたそうな顔が腹立つ。
彼女の説明で今私が置かれている現状は理解できた。由美と沙織を責めたい気持ちもあるけれど、昨日休んだ私が悪い。休んだ人間に口なしというやつだ。
「うそ・・・」
あかりは絶望した。そして、驚きのあまり気が付いた時には深く図書津へ踏み込んでしまっていた。倉屋敷の顔が近い。
「うそではないんだ」
倉屋敷は絶句する高山に一言だけ発して「発表の無いようなんだが」と用意した発表テーマの資料の説明をはじめた。
もちろん、高山は倉屋敷の説明など耳には入らず、今後1週間の製作期間中のことに思いめぐらせ気分が悪くなる思いだった。胃のあたりが締め付けられるようになった。
これが倉屋敷 萌子と行動を共にする切っ掛けになる出来事だった。