砂の夢
気候変動で荒廃した未来、人類のリーダーたちはジオ・エンジニアリングで自然に立ち向かったが、予期せぬ悲惨な結果を招いてしまう。地球のほとんどが砂漠化し、人類はドーム都市に退避し、そこが、地上を絶え間なくかき乱す砂嵐から逃れる唯一の避難場所となる。
盲目で生まれたアヤナは、ドーム内での生活が他の人々よりもさらに制限されていた。しかし、彼女は「砂の夢」を見るという特殊な能力を持っていた。生まれてこのかた視覚的な刺激を感じたことがなかったにもかかわらず、彼女は夢の中で〈見た〉ものを他人に語ることができ、それはまるで現実世界を見ているかのようだった。アヤナの幸せを願う両親は、様々な専門家に彼女を調べてもらったが、明白な説明は得られなかった。大胆な仮説として、砂が現実世界と彼女の鋭敏化した感覚の間で媒介として働いているのではないか、感覚中枢間の特殊な神経回路が形成されているのではないか、見ないことで使われない脳の領域が他の能力に利用されているのではないか、などと推測された。
アヤナの「砂の夢」はただの夢ではなかった。それは砂粒に隠された過去と未来の光景だった。アヤナは、これらの夢が地球回復の鍵を握っていると信じていた。
アヤナの最初の鮮明な砂の夢の記憶は、彼女をとりまく現状とは驚くほどかけ離れたものだった。それは、緑豊かな世界で、生命で満ち溢れていた。そびえ立つ木々の葉は風にそよぎ、幹は青色や金色に彩られた空に向かって伸びていた。透き通った川が緑したたる平原を蛇行し、活気ある生態系を育んでいた。多様な形や大きさの生き物たちが自由に歩き回り、お互いに調和していることが見て取れた。しかし、この平穏な光景の中にアヤナは胸騒ぎを感じた。夢の雰囲気が微妙に変移していき、異変の兆しを告げた。そして豊かだった草木が枯れだし、川の流れが細くなり、生き物たちの数が減少した。夢は、彼女が住んでいる世界に酷似した荒れ果てた風景で終わった。それは失われた楽園の不気味な光景であり、過去の世界を示しているようだった。
別の夢では、アヤナは世界の再生を見た。かつての砂漠は、今や緑のモザイクで覆われていた。見たこともない高層建築が空に向かって聳え、植物を取り入れた都市は、自然とテクノロジーが調和して溶け合っているように見えた。肌の色が異なる人々は、実用的でありながらスタイリッシュな服装で目的を持って生き生きと行動していた。新鮮な空気は、笑い声と何かを作り出す音で満ちていた。飛行するビークルは、航跡を残さず空を飛びまわっていた。それは、互いにコラボしている感覚で、人類と自然のほぼ完璧に見えるバランスだった。しかし、この光景が現れるやいなや、それは急速に消え始め、暗闇が広がっていった。それは、にじり寄る不吉な影で、前途に横たわる困難の予兆だった。
都市のリーダーたちは彼女が見る光景をただの迷信として相手にせず、むしろ彼女を脅威と見なした。それは、彼女が見る「砂の夢」は、彼らには理解できず制御できない現象だったからだ。論理と科学的理解の上に構築された社会では、アヤナが見る光景は規範からの逸脱であり、潜在的に社会を動揺させる力と見なされた。それに権力構造はいつも変化に抵抗するものだ。リーダーたちは、アヤナの影響が彼らの権威を弱める可能性を懸念した。もし人々が彼女の予言を信じ始めたら、それは彼らのリーダーシップの基盤を揺るがす可能性があったからだ。
「先生、有難うございます。たいへん参考になりました」
高校の夏休みの宿題で、雑草の種類と分布の変化を記録していたアヤナは、生物のスズキ先生にリモートで質問していた。
「ところでアヤナさん。教育委員会から学校側に、あなたのソーシャルメディアへの書き込みについて問い合わせが来てたけど、あなた遠慮することありませんよ。信じていることは、お書きなさい。応援してますよ」
なんで教育委員会が出てくるのか、よく分からなかったが、アヤナ自身、砂の夢について理解している訳ではないので、あまり頑張るつもりはなかった。でも先生の言葉は心強かった。
そんなある日、凄まじいソーラーストームがドーム都市を襲い、電力網と生命維持システムを修復不能なほどに破壊した。これは壊滅的な出来事であり、リーダーたちは、慎重に構築したはずの社会インフラが失われ、ドームでの居住者の存続がこれ以上不可能な事実を認めざるをえなかった。明確な計画もなくドームから脱出することは自殺行為に等しく、希望はほとんど残されていなかった。
この絶望的な状況の中で、アヤナの砂の夢が注目された。人々は、砂の下に隠された世界を実体を超えて垣間見る彼女の不思議な能力に、縋るしかなかった。彼女が見た緑豊かな過去と希望に満ちた未来の光景は、一筋の可能性の光、未知の砂漠を移動するためのロードマップの提供を期待させた。
アヤナが見た夢の一つは、星座マップだった。夢の中で彼女は果てしなく広がる砂原の上に立っていた。夜空には無数の輝く星が広がり、それらは見慣れた星座とは異なり、複雑な配置を形成し、生き物のように移動し変化した。天体の配置の中心には、特に明るく輝く星があり、異世界的エネルギーで脈打っていた。その光は灯台のように闇を切り裂き、彼女を引き寄せるようだった。彼女が近づくと、その星は羅針盤に変わり、光線は特定の方向を指した。彼女が星に触れようとした瞬間、夢は終わった。目覚めたとき、星の羅針盤のイメージは彼女の心に刻まれていた。彼女は、それが彼らの進むべき道であり、生き残るための唯一の希望であると確信した。
ドームの電力網と生命維持システムを失い、過酷な砂漠への大量脱出を余儀なくされたとき、アヤナの砂の夢は人々の唯一の希望となった。特異な知覚に導かれ、彼女は彼らを油断できない危険な砂漠の中を導いた。盲目の彼女が人々を導くというのは、皮肉なことだ。
ベールに包まれたオアシスへの旅は、人間の忍耐力の限界を試す試練の場となった。過酷で無慈悲な砂の広がりの中で太陽は容赦なく照りつけ、その熱は蜃気楼のように地平線上で揺らめいた。砂嵐は、摺り削る砂粒の巨大なつむじ風でキャラバンを一瞬で飲み込む威力があり、常に生き地獄だった。
食料と水は乏しく、貴重な資源として容赦なく管理された。毎日は、脱水症状や飢餓、絶望との闘いだった。荒涼とした砂漠をいくら進んでも、果てしなく続く砂漠は彼らの前進を嘲笑っているようだった。人々は自身を限界まで追い詰め、1㎞進む毎に力が衰えていった。
アヤナはキャラバンを助けるために出来ることはすべてやった。彼女は、砂のパターンを読み取り砂嵐の接近を予知して避難や準備を急がせ、特異な感覚を活かして隠れた水源を発見し、危険な地形や捕食生物の存在を感じ取って犠牲を防いだ。
キャラバンは人間の本質の縮図だった。希望と恐怖が絡み合い、感情の複雑な様相を形成した。人々は、僅かな資源を分かち合い、弱者をサポートすることで、連帯と慈愛が試された。しかし、時には個人が集団の利益よりも自分の生存を優先する自己中心と絶望の場面もあった。しかし、アヤナの揺るぎない信念と決意は、キャラバンメンバーの強力なモチベーションとなり、逆境に立ち向かう精神を維持するのに貢献した。
そして終に、アヤナが見た最後の砂の夢で、砂漠化の影響を受けていないベールに包まれたオアシスを突き止めることができた。それは、地下水源、肥沃な土壌、生命を維持できる局地的な気候が存在する場所で、先住者はいなかった。
挑戦と犠牲に満ちた過酷な旅を生き残ってオアシスに到達した生存者たちは、新たな住居を築くという困難な課題に直面した。彼らは知識と技術を駆使して、持続可能な居住地を建設し、地下水を利用して農業を行い、再生可能エネルギーを開発して動力とした。アヤナは、勉学と並行して、大地に対する理解という特殊能力を役立て、新しい都市を環境と調和させて計画するアドバイザーとして働いた。
教育はこの新しい社会の礎となった。子供たちは過去の過ちと、地球を保護する重要性について教えられた。
彼らの旅はまだ終わっていなかった。オアシスは脆弱な生態系であり、その持続可能性を維持するには絶え間ない対処が必要だった。しかし、生存者たちは、新しい世界を再建し始めた。砂の一粒一粒のように少しずつ。
〈終〉