第一話 少年は剣聖を超えたい!
森の葉一枚一枚が夕日に照らされて茜色に染まっていく。なんとも幻想的なんだろう。
しかし、そんな景色を楽しむ余裕は無い。ここで立ち止まったら騎士団に直ぐ捕まって終わりだ。今は逃げるしかない。
「そっちに行ったぞ!」
ここはノスデア大陸の北側に位置する国、ミズガルズ王国。
建国してからもう直ぐ千年経つ長い歴史を持つ国だ。そしてこの国には剣聖がいて常に秩序と平和を守っていると言われている。
剣聖は今から三百年前に起きた大規模の魔物大暴走が起きたときにその危機から初代剣聖であるフロージ・バァニルがこの国を魔物から守った時に与えられた称号で、今はフロージ・ヴァニルの子孫が剣聖の称号を引き継ぎ、国を守っている。
そして今剣聖とその直属の騎士団、セイクリッドは一人の少年を追いかけていた。
今騎士団から逃げている少年、イグニスは二十人以上の騎士から追いかけられていた。セイクリッドたちが毎日犯罪を追うわけじゃ無い。特別なことが無ければ近くの街の騎士団かギルドから要請が出る筈だ。
しかし、セイクリッドが理由もなくこんな場所に来るはずがない。
「おい、このままだと街に行ってしまうぞ!」
そう、この森を抜けたら街がある。イグニスはそれを知っていて街に走っていた。
しかし、いくら街が近いとは言え、相手はセイクリッドだ。逃げる方が難しいと言えるだろう。もう既にイグニスの少し先に三人もいる。
一対一でも勝つのは困難な相手が三人もいる。まともに戦っては勝ち目がない。イグニスはその場でしゃがみ、前三人が動くことを待つことにした。
街に行けば逃げられる。
その一瞬の気の緩みが良くなかったのかもしれない。
いつもなら気づく距離まで騎士が近づいていたのにイグニスは気づくことができなかった。後ろを振り返ろうとした時にはもう相手は剣を振りかざしていた。
イグニスの直ぐ後ろに居た騎士は首を斬ったと思ったが、体から離れたのはイグニスの左腕だった。
間一髪で首が切られるのを避けたイグニスは腕を切られた痛みに襲われながらも、すぐさま後ろを向き持っていたナイフで襲って来た騎士の肩にナイフを突き刺した。
「くっそ、何しやがるクソッタレ」
「人の腕切っといてお前がそれを言うかよ」とイグニスは思ったが反撃を喰らわないようにすることをが大事だと思い、その場から急いで離れた。
しかし、騒ぎを嗅ぎつけた騎士たちがこっちに向かって来た。
「居たぞ、捕まえろ!」
二十人以上いる騎士が一斉にイグニスの方を向き、向かって来た。
イグニスはその場から逃げようと走ろうとするが片腕が無いせいでバランスを崩し、その場に倒れ込んでしまった。
騎士の一人がイグニスを縄で縛ろうと近づいた。すると突然イグニスの体が淡い光に包まれ始めた。
周りにいた騎士達は動揺していたが、イグニスも何が起こったのか分からなかった。しかし、イグニスは状況を飲み込むよりも逃げることを考え、騎士達が混乱しているうちにその場から逃げようとした。
すると、騒ぎを聞きつけたのか剣聖がイグニスの方へ向かって来た。助けじゃないのはわかるが、何故か剣を構えこっちを向いていた。
「神速、ライトニング!」
消えたと思ったときには剣聖が直ぐ後ろにいてイグニスの右足は宙を舞っていた。イグニスはバランスを崩してその場に倒れた。
しかし、斬られた腕と足は何故か再生していてイグニスを包んでいた光は強い光を発してその場から消えた。そして光に包まれていたイグニスもいなくなっていた。
どこだここは? もしかして転移魔法か?
取り敢えず、よく分からないところにところに来たみたいだが、なんとか助かったみたいだ。
とにかく休まないと。全身が痛い。
特にさっき斬られた腕と足の部分が凄く痛い。再生はしたけど痛みはそのまま残るみたいだ。
多分ヒールとは別の魔法なんだと思う。
てかなんで再生したんだろう、誰の魔法だろう。
多分剣聖ではないと思うから元々仕込まれてた魔法なのかもしれない。
正直考えても意味はないと思うから考えないようにしよう。
次の問題はここが何処かだ。元々いたミズガルズ王国なのかそれとも別の国なのかすらわからない。
しかし、一箇所だけ絶対に行きたくない場所がある。それは剣聖のいるアースガルドだ。
アースガルドにある勝利の塔と言われるダンジョンはこの国で一番階層が多く、今は44階層まである事が分かっているが、まだ何階層まであるか分かっていない。
ちなみに何故アースガルドに剣聖がいるかというと、王国が剣聖に勝利の迷宮を攻略してもらうように命令しているかららしい。
多分、王国の狙いは剣聖にダンジョンを攻略してもらうことで手に入るお金や珍しい素材だろう。
疲れたな。兎に角ここから移動して現在地くらいは確認しないと。
立ちあがろうとすると横に床があって自分が倒れた事が分かった。
なんか眠くなって来たな。もう体もあまり動かないし、どうなんだろう、俺。
死んじゃうのかな。それなら最後に一つだけやりたいことがある。
俺は剣聖に復讐をしたい。
目を覚ますととっくに日は沈んでいて空には星が沢山輝いていた。
いつの間に気絶していたんだ?まあ、いいや。
なんか背中が冷たいな。どうやら相当長く寝ていたらしい。
路地裏で寝ていたお陰か、持ち物は何一つ盗まれていないみたいだ。
取り敢えず、この路地裏から早く抜け出して大通りに出よう。
気絶してたからまだここがどこか分かっていない。早く現在地を知らないと。
「と言ってもなぁ……」
まだ足の痛みも引いていないからしっかりと歩くのは無理だ。壁に寄りかかりながらなら歩けるかもしれないけど。
「よいしょ」
よし、なんとか立てた。大通りに出たら人いるといいんだけど。
「うわ! 夜なのに明るい」
もしかして魔石灯?ここまで大量に使ってる道は初めて見た。どこの通りでもこのくらい明るいのかな。
だとするとずいぶん大きな街な気がする。夜なのに人が結構居るし。
「ねえ、あなた」
街並みに感動していたら誰かに呼び止められた。
声が聞こえて来た方を振り向くと、そこにはフードを被った少女がいた。
「大丈夫? さっきから壁に寄りかかりながら歩いてるけど」
「……大丈夫です」
「本当に?」
「はい、本当に大丈夫です」
「ならいいんだけど。ところであなた、冒険者?」
「いや、違いますけど……」
「じゃあ、なんでそんな格好をしているの? そういう格好をしている人は大抵は冒険者だと思うんだけど」
自分の格好をを確認してみると、確かに冒険者じゃなければ着ることのない鎧や剣などを装備していた。
流石に転移したとかいえないから、嘘をつくことにした。
「実は森で遭難していてたまたまここに来たんです」
「そう。じゃあ、通行証を見せてくれる? この街に来たら誰でも貰ってるはずよ」
「ああ、それ無くしちゃったんですよ」
「本当に?」
「ほ、本当です」
そう言ったものの、つい目を逸らしてしまった。
「あなた、嘘が下手ね。今本当のことを言ったら見逃してあげないこともないけど」
流石にこれ以上は嘘をつくやばいな。いやでも、転移して来ましたとか言って信じてくれるとは思えないな。
仕方ないこうするしかないか。
「すみません! 実は転移魔法で飛んできたんです!!」
結局、本当のことを言うことにした。
嘘は良くないからね、うん。
「よし。じゃあ、騎士団のところまで行こっか」
「いや本当ですって!」
真実を言ってもダメってなんだよ。
「仕方ない。そこまで強情なら連行するしかないわね」
「はあ……わかりました。どうぞ、連れて行ってください」
そう言って、俺は目の前の少女に両手を出した。
「もし、あなたが俺を捕まえる権利があるならですけど」
「うっ……。そ、それは……」
「それじゃあ、帰らせていただきます」
「ま、待って!」
「まだ何か用でもありますか」
「ああ、もう! せっかくお屋敷を抜け出して来たのに!」
少女は悪態をつくと、誰もいない場所に声を発した。
「この人を連行して」
その一言と共に建物の陰から何人か出て来た。
「わかりました、お嬢様」
少女の護衛と思われる人たちが俺を捕まえようとしてきた。
「ちょ、離してください!」
しかし、まだ疲れが残っていたせいか抵抗する力もなく捕まってしまった。
「俺が何をしたって言うんですか!」
「怪しい人は取り敢えず、捕まえると思うけど?」
「転移魔法で飛んできたのは嘘じゃない!」
俺は必死に訴えるが、少女は聞く耳を持たない。すると、少女の護衛が口を挟んだ。
「残念ながら、彼は探している人とは別の人物かと。そして彼が言っていることも真実のようですよ」
「え、本当!? 魔眼で覗いたの? じゃあ、この人は……」
「お嬢様が勘違いして捕まっただけの一般人ですね。ただ、転移魔法で飛んできた一般人ですが」
それを聞いた少女はこっちに顔を向けて来た。
「じゃあ、あなたは何者なの?」
「俺は田舎の村に住んでいた、ただの村人です」
あの護衛の能力の詳細はよく分からないけど、嘘発見機か心を読むみたいなものだと思う。なんとかそれに引っかからないように言葉選びをしないと。
「じゃあ、転移魔法はどうやって使ったの?」
「すみません、それは俺にも分からなくて……気づいたらこの街にいたんです」
「それは災難だったわね」
よし、やっぱり心を読めるわけじゃないのか。これならなんとかできる。
「ちなみに犯罪経歴とかはある?」
「ないです」
「わかったわ。もう質問はない。あなたからは何か質問はある?」
質問か……。
ありすぎて何を質問しようか悩むな。ただ何者かぐらいは聞きたい。
「じゃあ、あなたはは何者ですか? 見たところ貴族のように見えますが」
「そういえば名乗っていなかったわね。ブリッグ・ベルゲン公爵の長女、アイラ・ベルゲンよ」
……わお、護衛特とかいるし貴族とは思っていたけど、まさか公爵の娘とは。
「あなたは人に名乗らせておいて自分は名乗らないの?」
「ああ、すみません。俺の名前はイグニスと言います」
「イグニス……。いい名前ね。よろしく」
アイラは手を差し伸べてそう言った。
「はい。よろしくお願いします」
「そういえば、まだ質問はある?」
えーと、……あ、そうだ。今いる場所を知りたいんだった。危ない、危ない。忘れるとこだった。
「じゃあ、あと一つだけ質問があります。ここはどこですか? 転移魔法で飛ばされた関係でこの場所がどこか知らないんですよね。」
「確かに、転移魔法で飛ばされたならここがどこか分からないよね。さっきまで全然信じていなかったけど、今あなたの転移魔法の話の信憑性が増したわ」
いや、今まで信じてなかったの?!後ろの護衛の人が心眼とやらで嘘をついていないことは確認したんじゃなかったのかよ。
まあいいや。ここは丁寧に少し信じてくれたことにお礼をしよう。
「少しでも信じてくれたのなら嬉しいです」
「……あなたってそんな礼儀正しかったのね。まだ、会って間もないけどもう少しが雑な人だと思っていたわ」
おいおい、礼儀正しくしたらこれかよ。
「ごめんなさい話が逸れたわね。えっと、ここの都市の名前だったわね。ここの都市名前は……」
よし、ようやくこの都市の名前が聞ける。頼む、王都の近くか栄えている街であってくれ!
「ヴェストランよ」
……やった!
ここなら剣聖のいる場所からも遠い。
王都に近いと言えるほど近くはないが、王都の次ぐらいに栄えてる都市だ!
これなら仕事も見つかりそうだし、これほど好条件な場所はない。
「どうしたの。この都市に来れてそんなに嬉しかったのかしら? それなら領主の娘としては嬉しい限りだわ」
「はい、ここに来れてすごく嬉しいです」
「あの、ごめんなさい。そんなに喜んでくれるのは嬉しいけど顔が近いわ」
そう言いながらアイラは顔を赤らめてていた。
「ああ、ごめんなさい。失礼しました、あまりにも嬉しかったもので」
近くで見たら結構可愛かったな。
これからは気をつけるとしよう。
ふう。これで取り敢えず今気になる質問は聞けたな。
……なんだか疲れたな。急に眠くなって来たし、足に力も入らなくなってきた。
「……ぶ、……丈夫?!」
なんか声がするけどよく聞こえないな。どうなっているんだ?
まあいいや。どうでも良くなってきた。
今は楽になりたい。
「大丈夫?!」
アイラは必死に呼び掛けるがその声が届くことはなかった。