こうしてヒーローはクイズをした
ファミレスを出ていつものゲームセンターへ向かう俺達。本来ならばファミレス同様に高校生は追い出される時間帯のはずなのだが、最近はゲームセンターも経営が厳しいからか、店員は制服姿の俺達に対して見て見ぬふりを決め込んでいる。
「このクイズゲームで勝負です。ヒーローさんが勝ったらあの女のノートをもう1部コピーさせてあげます」
「俺が負けたら?」
「その隠し持っている英語のノートを貰います」
「くっ……ばれていたのか」
店内対戦機能のあるクイズゲームの筐体の前で賭けについて説明をする美蘭。向こうが差し出すノートは英語以外の教科でこちらは英語の教科のみ。俺に有利な賭けに思えるかもしれないが、既に自分の分のコピーは持っている彼女にとっては負けたデメリットが無いようなもので、俺からすれば苦手分野である英語の教科のノートを奪われるのはかなりの痛手。絶対に負けるわけにはいかない。
「……俺はこのゲームやったことがないんだけど」
「ひょっとして私だけやり込んでいると疑っているんですか? 確かにプレイしたことはありますけど、数回ですよ数回。問題丸暗記なんて出来ません。ほら、証拠のユーザデータです」
二人並んで別々の筐体に座り、俺はゲストプレイで硬貨を入れ、彼女はカードをタッチした後、俺に数回しかプレイしていないデータを見せてくる。この程度なら彼女が有利ということは無いだろう。
「(確か彼女は化学が苦手だったはずだ。それにスポーツや芸能の知識もあまり無いだろう)」
お互いにクイズのジャンルを3つずつ選び、計6つのジャンルで勝負して最終的にポイントが高い方が勝利。いかに自分の選んだ得意ジャンル、もしくは向こうの苦手ジャンルでポイントを稼ぐかが勝負になるため、彼女が興味無さそうなスポーツや芸能のジャンルに加え、勉強中も苦手そうにしていた、俺はそこそこ得意な化学のジャンルで勝負に出る。
「まずは俺の選んだ3つのジャンルからか」
「へえ、私が化学苦手なのを知ってて選ぶとは、彼氏にあるまじき行為ですね」
「全ては補習を避けるためさ」
お互いジャンルを選択し終えていざ決戦。最初は俺の選んだジャンルから出題されるということで、化学の文字を見た瞬間に彼女はこちらを睨みつける。目を合わせずに筐体に向き合い、中高生レベルの化学の問題に解答していった。こちらの予想通り彼女は化学の知識が無く、一方の俺はヒーロー物に割と出てくる悪の博士の影響で学校で習うような知識以外も有しており、最初のジャンルで大きくポイント差をつけることができた。
「悪く思わないでね。……野球は地元球団くらいしかわからないな」
2つ目のジャンルはスポーツ。そこまで詳しい訳では無いが俺は男で彼女は女、一般的な知識で言えばこちらに軍配があがるはずだ。こちらの思惑通りオフサイドやスチールといった単純なスポーツ用語を彼女は知らず順調にポイント差を広げる中、地元では無い球団についての問題、それもタイピング問題が出てきたので諦める。どうせ彼女もわからないだろうしポイント差が大きくついている現状マニアックな問題は大歓迎だ。しかしこちら側の筐体からブブーと音が鳴り、彼女の筐体からピンポンと音が鳴るのを聞いて思わず彼女の方を見る。
「え? 野球詳しいの?」
「全然詳しくないですよ? 生で試合なんて見たことないです」
予想外の彼女の正解に驚きながらも目の前の問題に集中する。続いてはサッカーの、地元では無いチームの歴代監督を在籍順に答えろというあてずっぽじゃ無理な問題。地元のチームの歴代監督だって知らねえよと適当に解答して案の定不正解となるが、隣の筐体からはピンポンと音がする。
「な、何で……」
「ヒーローさん、いいことを教えてあげましょう。……引きこもってネットばかり見てると知識が偏る! 野球知らないのにマニアックな野球知識ばかり入ってくるし、見たこともないプロレスの試合の詳細も鮮明に語れるようになる!」
「悪いことだよそれは」
決して勝ち誇れないことを勝ち誇りながら、続いての芸能ジャンルでもその偏った知識で一般正答率の低い、クイズゲーム的にはポイントの高い問題を答えていく彼女。こんなことなら彼女の事をもっとよく知ろうとしておくんだったなと後悔しながらも、どうにか一般知識のアドバンテージを駆使して前半部分はこちらの優位で終えることが出来た。しかしこちらで選んだジャンルなのだから優位になっていないと話にならない、問題は彼女がどのジャンルを選択したかだ。俺が英語が苦手なのは知れ渡っているがそんなジャンルは無かった。となると彼女が選ぶであろうジャンルは――
「3つともアニメゲーム……」
「同じジャンルは1つしか選んでいけないなんて言いませんでしたよ?」
「そうだね。けれど美蘭、いつも馬鹿にしているように俺はヒーローオタクなんだ。一般人レベルの知識だと思うと怪我するよ」
アニメゲーム三連発という一般的には恥ずかしいチョイスを堂々と実行し勝ち誇る美蘭。しかしアニメゲームの中には俺の得意なジャンルも出てくるはずだし、彼女だって全てのアニメゲームを網羅していないはずだ。勝機は十分にある、と目の前の問題に集中する俺に、今まで出てこなかったサブジャンルの名前が表示される。
「異世界転生アニメ……? ちょ、ちょっと待ってくれ、俺が化学とかスポーツとか選択する時はこんなの指定出来なかったぞ?」
「このクイズゲーム、アニメゲーム関連だけ問題数がたくさんあるんですよ。だからサブジャンルも選択できるようになってるんです」
「……騙したな!」
「いやですねえ、プレイは数回しかしていないですよ。ゲームシステムは理解してましたけどね。おーほほっほっほ!」
見たことのないジャンルのアニメの問題に頭を抱える俺を後目に、高笑いする彼女。二択問題、四択問題でヤマカンで正解するくらいしかできない俺と違い、完全に自分の守備範囲をチョイスした彼女はほとんど全問正解。
「くっ……2つ目のジャンルは乙女ゲームか。しかしこっちだってギャルゲーは友達に貸して貰って遊んだ経験があるし、ヒロインが乙女なゲームもやってきた! だから勝算は……」
「馬鹿ですねヒーローさん。乙女ゲームってのは乙女を攻略するゲームじゃなくて、乙女用のゲームですよ? だから攻略対象は皆イケメンです」
「どうしてだ! じゃあ何でギャルゲーは男ゲーって言わないんだ!」
続くジャンルである乙女ゲームでは名前から自分にもチャンスはあると期待するが、すぐに彼女によってその幻想を打ち砕かれてしまう。乙女用のゲームの知識なんて俺にはわかるはずもなく、5つのジャンルを終えた時点で既にポイントは彼女に逆転されてしまっていた。
「さーて、最後の魔法少女アニメ問題でとどめを刺してあげます。プニキュアの主題歌? うーん、これはパス……あ、魔法少女クイーンナイトだ。今続編作るためにクラファンやってるんですよねぇ」
既に勝った気分になっているようで、無言の俺とは対照的に鼻歌を歌いながら独り言を呟きつつ問題を解いていく彼女。しかし俺の筐体からずっとピンポンと音がしていることに気づいたらしく、真顔になってこちらを見やる。
「ど、どうして……」
「プニキュアシリーズっていつやってるんだっけ?」
「日曜日の朝……ま、まさか」
「そうだよ。その前にやってたおじゃ魔法少女メロディも含めて一通り網羅済さ」
「でも、深夜アニメの魔法少女モノまで知ってるのはおかしいですよ!」
日曜日の朝に起きて戦隊ヒーローと乗り物ヒーローの番組だけ見て終わる、なんて勿体ないことは当然していない。ヒーローオタクにおじゃ魔法少女メロディシリーズやプニキュアシリーズという一般知名度の高い魔法少女モノの知識があるのは当然のことだった。しかしそれ以外のマニアックな問題にも答えているのはおかしいと狼狽える彼女だが、何もおかしいことはない。何故なら、
「魔法少女は……変身ヒーローだ」
「キモ……」
正確には変身ヒロインなのだろうが、魔法少女アニメも大量に視聴しているということを彼女にカミングアウトしてドン引きされながらも、最後の問題に答えてとどめを刺すのだった――
「それじゃあ、お互いテスト頑張ろうね」
「私はこんなのと付き合っていたなんて……」
負けた悔しさと、彼氏がヒーローオタクに加えて魔法少女オタクだったことへの嫌悪感から複雑な表情になっている彼女から約束通りノートのコピーを受け取り解散する。本当は教室で魔法少女アニメについて熱く語っているオタク達の会話に混ざりたいけど、多分注目しているポイントとかが全然違うんだろうなぁ。