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こうしてヒーローはファミレスに行った

「おはようございます……どうですか……」

「いいんじゃないの、そっちの方が清潔感も出てるし。お世辞抜きで下の上だよ」

「もう少しお世辞してくれませんか……? そして昨日までの私は……いえ、言わなくていいです」


 将来黒歴史になりそうな気もするプリクラのついたスマホ、そして地味なカバンを彩るローカルヒーローのぬいぐるみと共に家を出て学校に向かうと、校門では昨日前でのメカクレゴワゴワボサボサヘアーだった彼女から一転、ウェーブがかかってさっぱりした、髪も思い切っておでこが見えるくらい切った彼女の姿。形式的な関係ではあるが彼氏たるもの彼女は可愛い方がいいに決まってる。ルッキズム万歳。


「……」


 教室に入るとクラスメイト達が誰が来たのだろうかとこちらの方を向くが、俺達だとわかるとすぐに顔を背けて各々の話題を続ける。イメチェンした彼女ではあるが、友達もいなければ彼女に興味のあるクラスメイトもいないので漫画のように『嘘だろ、あいつあんなに可愛かったのかよ』的な感じで教室がざわめくことはない。下の上だし。昨日は彼女の事をブサイク扱いしていたであろう女子も、どうでもいいやあんなやつと言わんばかりに昨日のドラマの話題で盛り上がっていた。


「それじゃ、ここがテスト範囲だからな……後は自習。わからないとこがあったら聞きに来い」


 皆が俺達なんぞに構っている暇が無いのは、今がテスト直前ということもあるだろう。あの日以来授業を真面目に受けなくなってしまった俺は理解ができなくなってしまった教科書やノートを見て悩む。どうしてあの時の俺は真のヒーローは文武両道だの訳の分からない事を言って勉強を頑張って偏差値の高い高校に進学してしまったのだろうか。いやしかし、俺には心強い仲間がいる。


「勉強を教えてくれ」

「……」


 空き部室で彼女(の母親)が作ったお弁当を食べながら、目の前で自分のお弁当をちまちまと食べる彼女に頼み込む。テスト前に彼女と出会い恋人関係となったのは、きっとこのための伏線だったのだろう。しかし彼女は俺の頼みをハン、と鼻で笑う。


「ヒーローさんは漫画やアニメの見過ぎじゃないんですか?」

「いやまぁ、一般的な男子よりは見てるかもしれないけど……これでも停学前までは中の上くらいだったんだぜ? 今の俺が馬鹿なのは認めるからさ、どうかお慈悲を」

「そういう意味で言ったんじゃないです。……『性格の悪いオタク系引きこもりは頭が良い』……本能的にそう思っていませんか?」


 彼女に指摘されてハッとする。確かに今まで見てきた漫画やアニメに出てくる、彼女のような性格の悪いオタク系引きこもり女子は大抵天才だった。頭が良いから、授業なんて受けても意味が無いから学校に来なくなってしまったヒロイン。頭が良いからと天狗になってしまって嫌われた結果学校に来なくなってしまったヒロイン。設定は様々ながら共通しているのは頭の良さだったが、現実はフィクションとは違うのだ。


「直前の成績は?」

「中の上」

「この三ヶ月間勉強してた?」

「全然」

「赤点確定じゃないか……」


 自分の現状について語りながらどんどん顔が曇っていく彼女。約一ヶ月の夏休みですら、明けた頃には休みボケが酷くなっているのだ。三ヶ月も学校をサボり、家にいるのが気まずいからとゲーセンに入り浸っていた今の彼女は教科書を読むことすら拒否反応を示すだろう。


「中学の時は成績トップだったんですよ……テスト前は結構人気者でした。でも今思えば井の中の蛙だったんですね……それに気づいた時には既に孤独になってたんです……というわけで勉強を教えてください」


 色々と思い出してしまったのかどんどん弱気になってしまう彼女。例え捻くれた性格をしていても、勉強が出来れば、スポーツが出来れば一定の地位が保障されるのが学校というものだ。学力というのは彼女にとっての最強のマウントの武器であり、日ごろはそれを使って他人をこき下ろし、テスト前にはそれを使って他人からの信頼を得てバランスを取る。しかし俺達が通っているのは県内有数の進学校。そこでもトップを取れる程の才能は不幸にも彼女は無かったようだ。才能があれば彼女はずっと天狗になっていただろうから、幸か不幸かという表現の方が正しいのかもしれないが。


「勉強会、しようか。放課後にファミレスに行こう」

「いいですね。……2年前は私にも友達、というかテスト前だけ頼ってくる取り巻きがいて、ファミレスでわいわいしてたんですよ。またあの頃に戻れますかね?」

「そのためには勉強も、自分を変えるのも頑張らなくちゃね」


 かつての栄光を思い出して少しだけやる気になった彼女。午後の授業はお互い真面目に受け、放課後になると駅前のファミレスに向かい、ドリンクバーと共に教科書やノートを広げる。


「……まぁ、考えることは皆同じですよね。大丈夫、ヒーローさんがいるから心細くはないです」

「敵は周りじゃない。目の前の教科書とノートだ」


 ファミレスで周囲の席を眺めながら少し不安げになる彼女。当然ながらこの時期の、それも駅前のファミレスなんてのはテスト勉強のために集まった学生の巣窟。様々な種類の制服の男女がひしめき合う中、周囲を気にしている余裕は無いと二人で黙々とテスト勉強に励む。


「……どうしてもここがわかりません」

「俺もわからん。しかし俺達には心強い仲間がいる」


 しかし現状はどちらも勉強が出来ないわけで、どちらもわからない問題に直面してしまい筆が止まってしまう。こんな時はクラスメイトを頼ろうと俺は席を立ち、少し離れた席で勉強会という名目の下、お喋りに興じて青春を謳歌しているクラスの男女へ近寄っていく。


「それでそん時さー……あ、竜胆さん……す、すいません、五月蝿かったっすよね? 自分達もうすぐ帰るんで……」

「……ちょっと数学でわからないとこあるんだけど教えて貰えないかな」

「……えーと、この問題は……おいお前、ノート貸してやれよ」


 これをきっかけにクラスメイトと勉強を教えあったり仲良くしたいとは思っていたのだが、向こうの方は俺と仲良くしたくはないようでそれぞれの科目のノートをかき集めて寄こし、別の場所で二次会をするために帰り支度を始める。


「悪いね、コピー取って明日には返すから」

「いやいや他でも無い竜胆さんの頼みっすから! それじゃ彼女さんとお幸せに~……おい行くぞ」


 持つべきものは優しいクラスメイト。終始和やかなムードで交渉は終わり、戦利品を持って笑いを堪えるのに必死な彼女の下へ。クラスメイト達の努力の結晶であるノートを机に広げながら、自分が周囲にどう思われているのかをはっきりと理解し悲しみに打ちひしがれる。


「俺はもう手遅れなのか……?」

「私がヒーローさんがいなくても何とかなるようになれば、全力でヒーローさんの悲しい過去を広めます! そうすればヒーローさんの誤解は解けます」

「恐怖の対象から嘲笑の対象になるだけだよ……」


 確かに停学が明けてから怖がられてはいたが、一切問題を起こしたことはなかった。昔だったら颯爽と解決のために割って入ったクラスメイトの揉め事もスルーしてきたし、一度も口を開かない日だって何度もあった。空気のように過ごしていればいつかは風化するとどこかで期待していたが、彼女のためにスチール缶を握りつぶしたり、男子に掃除の班を代わらせたりとアクションを起こしてしまったのがまずかったのかもしれない。ヒーローとは孤独な存在であり、恋人とは例え世界中を敵にしても君を守らなければならない存在なのだ。また一つ賢くなった俺の目の前で、守る存在はドリンクバーで作った灰色の液体を飲んでは顔をしかめるのだった。

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