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こうしてヒーローはプリクラを撮った

『心細かったんですからね? 遅刻は厳禁ですよ』

『全部テレビ・シン・ヒーローが悪いんだよ』


 遅刻をしてしまった結果、美蘭は俺のいない教室で心臓をバクバクさせていたらしく、2時間目の授業の途中でやってきた俺を見るなり安堵した表情になるも、彼氏の自覚が足りないですと言わんばかりにスマホでネチネチとメッセージを送ってくる。最終的には俺なんていなくても普通に授業を受けられるようにならなければ意味が無いのだ、言わば今回の遅刻は運命の神様が彼女に試練を与えるために起きた必然なのだ。


「お花摘んできます」


 3時間目の授業が終わり、彼女はトイレへ行くため教室を出ていく。一方の俺は次の授業の宿題をやり忘れていたことに気づき、彼女がいないのを良いことに勝手に宿題を写していたのだが、


『私のカバンも持って正門まで来てください』


 突然彼女からそんなメッセージが届く。訳が分からないが彼女の言う通りに二人分のカバンを持って正門へ向かうと、そこには顔を真下に俯かせ表情の読み取れない彼女が身体を震わせていた。


「何かあったのか?」

「……ひぐっ、うっ……」


 俯きながらポタポタと涙を落としている彼女に理由を尋ねるが、話す気にもならないらしくその場に立ち尽くすのみ。近所に公園があったことを思い出し、ひとまずは彼女をそこに連れて行き、ベンチに座らせて暖かいコーヒーを振舞う。


「トイレで水をかけられた……訳じゃなさそうだけど」


 コーヒーをこくこくと飲み、少しずつ落ち着き始めた彼女に改めて何があったのかを聞いてみる。俺の中での女子のいじめのイメージと言えばトイレの個室に入っていたら上から水をかけられるというものだが、濡れているのは彼女の目元くらいなものだ。


「あい、つらが……」

「あいつら? クラスの女子のこと? 何か言われたの?」

「トイレの個室に入っていたら、あいつらが話してたんです。私とヒーローさんが付き合っているって話になったんですけど、あいつら、ヒーローさんってB専なんじゃないかって……自分達だって、大したことない癖に!」


 何があったのかを話し終えた後、怒りに任せて空き缶を思い切り地面に叩きつける彼女。クラスの女子にブサイク扱いされてショックを受けた……彼女も中身は普通の女の子だとよくわかるエピソードだ。


「違いますよね! ヒーローさんは、B専じゃないですよね! 私が可愛いからナンパしたんですよね!」

「……この際だから言っておくけど、共通点があったから声をかけただけで可愛いとは全く思ってな」

「う、うううううっ」

「ごめん。可愛い可愛い」


 俺がB専であり、彼女がブサイクだと思ったから声をかけた訳では無いことを説明するついでにナンパの真相も話してみるが、余計な事を言ってしまったようで彼女が再び泣き始めてしまう。俺もヒーローを気取っているが、女の子と付き合ったことが無いからデリカシーとかがよくわかっていない普通の男の子なのだ。


「……ついてきてください」


 ひとしきり泣いた後、公園を出て駅の方へと向かう彼女。たどり着いたのはその近くにあるそこそこ高そうなマンション。中に入っていく彼女を見送りマンションの前で待たされることしばらく、戻ってきた彼女はフフンと鼻を鳴らしながら財布から高校生にとっては貴重な万札を3枚取り出す。


「お母さんにオシャレしたいって言ったら感動してお小遣いくれました。これで美少女になります!」

「その前に学校に復帰したと思ったら2日目で早退していることについて話し合うべきでは……」


 今までずっと服は母親が選んだチョイス、髪も母親にずっと切ってもらっていたという彼女。クラスメイトにブサイク扱いされたのが悔しくてというあまり前向きではない理由ではあるが、自分を変えたいという彼女の意思に快く付き合うことにする。


「は? 何でこれで数万超えるんですか? 皆どうやって買ってるんですか? パパ活ですか?」

「背伸びする必要はないよ。リーズナブルなチェーン店でも、自分で試着しながら選べばそれなりさ」


 高級ブランド店に飾られている服の値札を見てぎょっとしたり、お得な一式コーデに食いつくも他人と同じ服装なんて嫌だとオンリーワンを目指そうとしたり、駅前に無駄に大量に存在する服屋をハシゴすること3時間、皆が5時間目の授業を受ける頃に新しい服に着替えた彼女と共に遅めのランチをとる。


「これであいつらを見返して……! ひ、ヒーローさん、私とんでもないことに気づいてしまいました」

「学校じゃ制服だから意味が無いって?」

「知ってたなら何で事前に言ってくれなかったんですか」

「そんな意図で服を買おうとしてたなんて知らんて……オシャレに気を遣うようになれば、自然にキレイになるよ」


 頑張って選んだ服は自室かたまのお出かけくらいしか使わないのでコストパフォーマンスは悪いが、大事なのは意思だ。見栄えを良くしたいという意思は制服の着こなしだったり、髪の手入れだったり姿勢だったり、学校での彼女にも影響はするはずだと説得し、感化された彼女は美容にいいらしいハーブティーを3杯注文する。


「どうですか、ハーブティーで綺麗になりましたか?」

「そんなすぐに効果があるわけ無いでしょ。こういうのは毎日飲んでアンチエイジングがどうのこうのだよ」

「ぐぬぬ……すぐに可愛くなるには……そうだ、プリクラならすぐに可愛くなれる!」

「現実は変わらんでしょ……」


 美を渇望する彼女はハーブティーでたぷたぷになったお腹をさすりながらゲームセンターの方へ。プリクラコーナーには色んな種類のプリクラがあるが、一体どんな違いがあるのか男の俺にはわからない。


「超美麗……超映え……超キュート……何が何やら」

「美は妥協しちゃいけません! たくさん種類があるならたくさん撮るのです!」


 各々のアピールポイントで攻めるプリクラの筐体を眺めながら頭をかしげる俺を他所に、彼女は全制覇するつもりらしく両替機にお札を入れ続ける。太客だなあとベンチに座って彼女のプリクラ巡りを眺めようとしたのだが、1つ目の筐体に入ろうとしている彼女に早く来てくださいと急かされる。


「俺はいいよ……一人で可愛くなりなよ」

「恋人なんですからプリクラ一緒に撮るのは当たり前ですよ。奢ってあげますから」


 無理矢理彼女に筐体の中に押し込まれ、テンション高く硬貨を投入する彼女を他所に観念してカメラの前にスタンバイする。勢いで何もかも押し切ろうとしているのか、カメラの前でダブルピースを決める彼女と対照的に無理矢理付き合わされた感を隠すことなく無表情の俺。カシャという音がした1分後、画面にはプリクラによって色々と補正され、顔は細く目は大きく、グレイのような顔になった俺達が映し出される。プリクラは基本的に女子向けなので、彼女はともかく補正された俺の顔は不気味でしか無い。


「美顔なのか……?」

「ここから更にデコレーションをして究極の美を目指すんです」


 タッチペンで俺達の写真に落書きをする彼女。猫耳をつけたり、俺の頭上に『最恐ヤンキー』と恥ずかしい言葉をつけたりして、プリントアウトされたそれをハサミで切って半分寄こしてくる。その後も店内に置いてある違いがわからないプリクラ達をハシゴして、気づけば俺は大量のプリクラを手にしていた。


「それじゃあ明日、生まれ変わった私を魅せてあげますよ。……あ、好きな髪形とかありますか」

「いいんだよ、他人の好みに合わせなくって。自分の好みの髪形にして自信をつける方が大事さ」


 最後の仕上げと言いながら美容院に消えていく彼女を見送った後、大量に溜まったプリクラの使い道に悩む。剝がすとき大変そうだなぁ……と思いながらもひとまずはスマホの裏に一枚それを貼って恋人ムーブをかますのだった。

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