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こうしてヒーローは呼び捨てをした

「ヒーローさん♪ おはようございます!」


 翌日。結局連絡先も交換しなかったが本当に彼女は学校に来るのだろうかと疑問に思っていたが、校門で俺を待つ彼女の姿を見つけて安心していいやら、げんなりするやら。


「……おはよう」

「ささ、一緒に教室にレッツゴーです。あ、LUNE交換しましょう。といっても私インストールしたばかりで使い方わからないんですけどね。LUNE使うやつなんてゴミと思ってましたけど、やっぱり彼氏と連絡取り合うためには必要ですよね」


 俺という虎の威をかなり信用しているらしく、とてもじゃないが3ヵ月も学校に来なかった不登校娘とは思えないような明るさと共に教室へ向かう。明るさ、といっても爽やかさはどこにもないのだが。


「……」

「……」


 実際には虚勢を張っていたのだろう、いざ教室の前まで来ると呼吸のペースが速くなるのがわかる。俺の見守る中、大きく深呼吸をして覚悟を決めて教室に入る彼女。


「……」

「……あそこの席。ちなみに偶然にも俺の隣」


 教室の中をきょろきょろ見渡す彼女。ずっと学校に来ていない彼女には自分の席がどこかもわからないのだ。後ろの隅っこの方に追いやられた席を指してやると、とぼとぼとそこへ歩き、ぎこちない動作で座ってカバンをかける。3ヵ月というブランクのある彼女にとってはこの単純な動作であっても重労働なのか、大きく息をついて机に突っ伏した。


「それでさー……」

「昨日のアレみた?」


 クラスメイト達は彼女が久しぶりに学校にやってきたことに気づいていないのか、気づいているけれどいないものとして扱っているのか、一切反応を示していない。てっきりクラスの女子に『何しに来たの?』と言われるくらい嫌われていると思っていたのだが、それは俺の杞憂だったようだ。教師には事前に学校に復帰することは伝えていたらしく、『松葉さんが学校に戻ってきました。皆さん仲良くしてくださいね』なんて空気の読めない発言が出てくることもなく、平常運転で授業がスタートする。


「……」


 1時間目の授業を終えて休憩時間に入り、彼女は再び机に突っ伏す。1年の時もこんな感じだったのだろうか? いや、恐らく序盤は新しい環境で女子の輪に入って、性格の悪さがバレて、気づけばハブられて、休憩時間の度に寝たフリをする学園生活が始まってしまったのだろう。ほとんど自業自得とはいえ可哀想だな、と同情をしていると、何やら視線を感じる。


「何しに学校来たんだろうね」

「ずっと寝たフリしてるだけじゃん」

「またいなくなるんじゃない?」


 直接目の前に来て言われないだけで、本人にギリギリ聞こえるか聞こえないかくらいの距離で話されるくらいには嫌われていたようだ。机に突っ伏したまま、寝たフリなのか本当に寝ているのか判別のつかない、セミファイナル状態の彼女を見やる。寝ていないとしたらその表情は曇っているのだろうか、それとも『くくく、今の私には強力な仲間がいるんです、精々いい気になることです』的な感じに不敵な笑みを浮かべているのだろうか。


「それじゃあこの問題を……松葉」

「……! …………メア、リーはスコティッ、シュフォールドです」

「正解。ポイントはメアリーが人間なのか動物なのかという点でだな……」


 2時間目の英語の授業には教師に当てられてしまい、びくっとしながら立ち上がって回答する。幸いにも席が後ろということもあり、彼女の晴れ舞台はクラスメイトにじろじろ見られることなく平穏に終えることができた。回答を終えて座った後、彼女は大量の冷や汗をかきながら隣の席の俺にだけ聞こえるくらいの声でぜーはーと喘息のような息をする。2時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、教師の挨拶を待たずに彼女は教室を出て行ってしまう。色々限界が来てトイレにでも行ったのだろうか、はたまた保健室にでも向かったのだろうか。急な行動だったので後を追うことも出来ず、取り残された俺は教室の声に集中する。


「聞いた? 滅茶苦茶きょどってたよ」

「メア、リーだってさ。どこで区切ってんのって話」


 彼女が教室からいなくなったことで、陰口のボリュームも若干大きくなる。3時間目が始まる直前に戻ってきた彼女は少し目元が腫れていた。きっとトイレで泣いたのだろう。そして12時のチャイムが鳴り昼休憩がスタートする。仲の良い弁当組が机を繋げたり、学食組が教室を出ていこうとする中、


「ヒーローさん、一緒にお弁当食べましょう! いい空き部室があるんです」

「いや、俺学食……」

「お母さんに二人分作ってもらいました。『恋人』は屋上とか空き部室で二人で食べるのが常識ですから」


 彼女はクラス全体に聞こえるくらいの声で、特に恋人というフレーズを強調して俺に昼食の誘いをかける。3ヵ月ぶりに登校した女子が、停学経験もある狂暴なヤンキーだと思われている男子と付き合っているらしい、という唐突過ぎる新情報にクラスがざわめく中、彼女に腕を引かれながら教室を後にして、部室棟の中にある、今はどこも使っていないらしい小さな部屋へ。


「ささ、召し上がれ。ヒーローさんは学食代が浮いて、私は学園生活が保証される。ウィンウィンです」

「他人の親が作ったお弁当は少し抵抗があるんだけどな……今頃教室はどうなっているやら」


 彼女のより一回り大きいお弁当箱を渡され、静寂の中ランチを楽しむ。確かに学食で一人で飯を食うのは若干寂しかったし、こうして人目を気にせずに食事ができるのは良いかもしれない。


「私達の話題で持ちきりでしょうね。ああ、こんなことならスマホを録音状態にして机の中に入れておけばよかったです。午後は安心して授業に臨めそうです」

「ここまでは、松葉さんの作戦通りってとこかな」

「……下の名前で呼んでくれませんか? 彼女を名字で、それもさん付けしていたら校内最恐ヤンキーのメッキが剥がれてしまいます。ただの痛いヒーロー気取りだとバレてしまうのはお互いのためにならないんですよ。美蘭でもヴィランでも、お前でもお好きなように」

「俺はどっちがマシなのか真剣に悩んでいるよ……み、美蘭」

「それじゃあマイルドヤンキーです! DV彼氏になりきってください! 私を憎き悪の怪人だと思って!」

「調子に乗るなよ美蘭」

「あ、はい……ごめんなさい」


 食事中、名字で呼ぶのはやめて欲しいと言われて少し照れながら彼女を下の名で呼ぶ。穏やかな呼び方だったのが気に入らなかったようでもっと粗暴にして欲しい、と言われたので今でも日曜日には欠かさず見ている特撮物を参考に、ヒーローが悪の怪人に対するような敵意を向けてやると本能的に委縮してしまったらしく身体を震わせながら目を逸らす。加減が難しい。


「……ねえ、二人一緒に戻ってきたよ」

「さっき絶対恋人って言ってたよね……」


 お弁当を食べ終えて二人で教室に戻ると、俺達に気づいたクラスメイトの視線を二人占めすることに。といってもずっと不登校だったぼっち女と、ずっと狂暴なヤンキーだと思われているぼっち男のカップルでは、誰かが直接付き合っているの? と確認を取りにきたり冷やかしたりなんてことにはならない。


「……♪」


 その状況が松葉さ……美蘭にとってはクラス中が自分に恐れているように感じたのか、午前中とは打って変わってニコニコしながら食後の缶コーヒーを楽しむ。そして飲み終えたスチールの缶をそっと俺の机に置き、手を握るジェスチャー。


「……ふんっ!」


 何をして欲しいのかを理解した俺がそのスチール缶を握り潰すと、今まで遠巻きに俺達を見ていたクラスメイト達が目を背ける。これが彼女が望んでいた学園生活なのか? と疑問に思いながらも、何のストレスも無く午後の授業を受ける彼女を見てまぁいいかと考えることを放棄するのだった。

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