こうしてヒーローはヒーローになった
「それじゃあ松葉さんまたね」
「……さようなら」
ある日の放課後。美蘭の友人グループは放課後に街で遊ぶようなタイプでは無いらしく、別れの挨拶をすませると思い思いの場所へと散っていく。美蘭も帰り支度を済ませると一人で学校を出て行き、自分の住むマンションの方へ。ただし真っすぐ帰る訳ではなく、頻繁にゲーセンに通っているようだ。そんな美蘭をこっそりと尾行する俺。心細いから穂香や緋村さんにもついてきて欲しかったのだが、そのくらい自分一人でやれと一蹴されてしまった。
「……」
ゲーセンで美蘭が向かった先は格ゲーのコーナー。昔のように緋村さんによく似たキャラをボコボコにしてストレスを発散しているのだろうかと対面の筐体に表示される彼女のプレイを眺めるが、練習モードでボコボコにしているのは緋村さんに似た剣士キャラではなく、図体のでかい男キャラ。こっそり彼女の表情も伺うが、格ゲーで憎き相手をボコボコにしたところで彼女のストレスは発散されないらしく、非常に険しい表情をしていた。
「ハロー」
「……はぁ?」
ともあれ声をかけなければ何も始まらない。俺は半年前の出会いのシーンを再現すべく、ひょっこりと彼女の前に姿を現して気さくに挨拶をする。半年前は困惑した対応をしていた美蘭ではあったが、今回はすぐに俺だと気づき睨みつけて来る。この半年で更に格ゲーの腕前は上達したようで、よそみをしながらでもプレーに支障は無さそうだ。
「今暇?」
「見てわかりませんか? 竜胆さんは彼女とデートに来たんですか? 私に構っている暇があったら一緒に遊んであげたらどうなんですか?」
俺を睨みつけながら、文句を言いながらガチャガチャとレバーを操作する美蘭。ゲームオーバーになる気配は一向に無く、半年前のように自然な流れでジュースやアイスを奢ることは難しそうだが、別に俺は半年前の展開をそのままなぞりたい訳では無い。穂香と一緒に遊べ、なんて言う美蘭に俺はわざとらしく寂しげな表情を見せる。
「フラれちゃったよ。やっぱりヒーローとか魔法少女とか好きな男はキモイってさ」
「当たり前ですよ。今すぐそんな趣味は捨てるからヨリを戻してくれって頼むことですね。私からもお願いしますから」
「もうそういうレベルじゃないんだよ。俺達は終わったんだ。穂香も、俺と美蘭が仲良くしているのを見ている方が幸せだって」
「……っ!」
穂香にフラれたからヨリを戻してくれなんて言う、客観的に見たらかなりのクズムーブをかましている俺ではあるが、美蘭は穂香も俺達の応援しているというフレーズに強く反応し、レバーを動かす手が止まってしまい、少しずつ嗚咽をし始める。自分が操作するキャラがやられてしまいゲームオーバーが画面に表示される頃には、美蘭はレバーやボタンを涙で濡らしていた。
「私がっ……私が悪いんですか! 私のせいで! 天王寺さんが遠慮して!」
「遠慮とかじゃないんだよ。穂香は俺に憧れていたけど、好きだとか愛してるとか、それはまた別問題なんだ」
「そんな訳ありません! 天王寺さんはヒーローさんが好きに決まってるんです! だって……」
自分の存在が俺達の仲が進展するのを邪魔していると自分を責め始める美蘭に、それは勘違いだと諭すが彼女は俺の事を再びヒーローさんと呼びながら否定し始める。
「ヒーローさんは、優しいし、守ってくれるし、面倒見がいいし、喧嘩も強いし、深夜にメッセージ送っても返してくれるし、アニメの話をしても理解してくれるし……好きにならない訳が無いんですよ!」
そして聞いているこちらの方が恥ずかしくなりそうな、彼女が俺に惚れてしまった部分を列挙し始める。物凄く恥ずかしいが聞けて良かった。美蘭は俺の事が好きだが穂香に遠慮して身を引いたという前提で動いていたので、ここで特に何も出て来なかったら俺はその場でKOされていたところだ。
「そんなに俺の事が好きだったんだな、嬉しいよ。俺も美蘭が好きなんだ。まぁ、どこが良いのかと他人に聞かれたら口ごもるけど、恋愛ってそういうもんだよな」
「ふざけないでください!」
彼女による俺への告白と受け止めても何ら問題は無いであろう嘆きに対し勿論OKの返事を出すが、彼女は自分の気持ちに素直になることはできないらしく怒鳴りながら財布から100円を取り出す。
「もうたくさんです! これ以上私を苦しめないでください! 二人でどこか遠いところに行って幸せになればいいんです! ヒーローさん、勝負です、昔はヒーローさんが賭けを持ち出して来たんです、今回は私が持ち出す権利があるはずです! 私が勝ったら、もう二度と話しかけないでください! 例え次のクラス替えで一緒になったとしてもです!」
「……わかった」
泣きながら、怒りながら対面にある筐体を指差す彼女に促され、対面の筐体に100円を投入して対戦モードを選ぶ。俺が選んだのはさっきまで美蘭がボコボコにしていた図体のでかい男キャラ。きっと美蘭はずっと練習モードでこのキャラをボコボコにしていただろうし、キャラ対策はバッチリなのだろう。そうでなくても美蘭はずっとこの格ゲーをやっていたようだし、俺に勝機は無いと思っているのか対面からは『これで全部が終わるんです、全てを清算できるんです』と小声が聞こえる。それでも、俺は負ける訳にはいかなかったし、ヒーローというのは影で必死に努力して勝利を掴むものなのだ。
「……え?」
半年前はたった2分で彼女にやられてしまった俺ではあるが、数分間の死闘の末、俺の筐体の画面にはYOU WINの文字が表示される。立ち上がり対面に向かうと、放心状態でYOU LOSEを見つめている彼女の姿。
「俺の勝ちだ。文句無いよね?」
「嘘です、半年前ヒーローさんあれだけ弱かったじゃないですか、私更に腕を磨きましたし、ヒーローさんやってる素振りなんて」
「家庭用を買ってずっと穂香と練習してたんだよ。反射神経を鍛えるために緋村さんにも特訓を受けた」
素直になれない彼女をモノにするには、半年前の雪辱を果たすしか無い。そう考えた俺は影でこっそりと、仲間の力を借りて特訓していた。彼女のように孤独に戦うヒーローも強いが、仲間と一緒に戦うヒーローの方が強い、そんなのは当たり前の話だ。
「そんなの、インチキです、大体、天王寺さんとずっと練習するくらい仲が良いなら、付き合ったって何の問題も無いはずなんです、だからんーっ!」
自分の負けを認めようとしない美蘭は立ち上がって大声で抗議をして来るが、俺は賭けに負けたんだからわかってるよな? と言わんばかりに彼女の唇を、勿論手では無く俺の唇で強引に塞ぐ。美蘭は一切抵抗することなく、周囲の客にこいつらゲーセンで何やってんだと引かれながらも長いファーストキスを堪能するのだった。
「……髪飾り。どうせ持って来てますよね」
しばらくして、先に離れた美蘭は俺から距離を置いてしばらく黙った後、こちらに手を開いて差し出してくる。俺がカバンから値札のついたままの髪飾りを取り出して彼女に渡すと、値札のついたままのそれを自慢の髪につける。そしてスマホを取り出して、背伸びをして俺の頭に自分の頭を近づけて、記念すべき2ショットの写真を撮った。
「ヒーローさんの、アホ。変態。痴漢。レ〇プ魔。ヒーローオタク。魔法少女オタク」
「おいおい、さっきまで優しいとか守ってくれるとか言ってただろ」
「うるさい! ヒーローさんみたいなどうしようもない男、野放しにしていたらまた何かやらかして停学になっちゃいます。だから、だから……私が付き合ってあげます!」
俺をけなしながら、仕方なく付き合ってやるなんて態度を取る美蘭ではあったが、その表情は今までに見せたこともないくらいの満面の笑みだった。
「アニキ、アネゴ、お待たせっす! あれ、髪飾り別のになってませんか? 折角アニキから貰ったプレゼントなのに着けないんすか?」
「え、あ……その……」
もうすぐ高校三年生になるある日の放課後。正門前で合流した穂香は美蘭の髪飾りが俺のプレゼントとは別の物になっていることに気づき不思議がる。そんな穂香にどう説明をしようかと口ごもる美蘭。
「俺のプレゼント大切にしたいから着けずに部屋でケースに入れて飾ってるんだとよ。高級時計じゃあるまいし……」
「あはは、アネゴは付き合っても恋する乙女っすね」
「五月蝿いですね! 人を茶化す暇があったら男でも作ったどうなんですか、でも適当な男で妥協するのは許しませんよ、ヒーローさんよりいい男を探してください」
俺が代わりに説明してやると、顔を真っ赤にしながら地団駄を踏む美蘭。そんな美蘭を見てニヤニヤする穂香は、一時期俺と付き合っていた頃よりも遥かにいい表情をしている。
「……ところで私はもう一緒にいなくてもいいと思うのだけど。問題も解決したし、アクセサリーとかぬいぐるみとかの恩は十分に返したわよね?」
「駄目です! 学級委員には色々と負け越してるんですから、私が勝ち越すまで解放しません! そして例え三年生になって学級委員じゃなくなっても呼び方は変わりません!」
そんな俺達の横で少しうんざりしている緋村さんは、自分が勝ち越すまで解放しないという永久に終わりそうもない契約を結ぼうとしながらゲーセンへと向かって行く美蘭に、やれやれとため息をつきながらも後に続く。多分高校三年生になってクラスがバラバラになっても、この日常は変わらないんだろうな……そう確信しながら、何突っ立ってるんですか置いてきますよと怒る彼女に微笑み、突然何ですかと照れさせるのだった。