こうしてヒーローは覚悟を決めた
「竜胆さんおはざっす! 昨日のナローレンジャーも気合入ってましたね!」
「おう。そうだな、特にブルーの葛藤が凄かった。来週はいよいよグリーンの新必殺技が完成するっていうから昨日今までの必殺技のシーンを見てたんだが、確かにあの必殺技は改良の余地があるな。当時見ていた時はちょっと手抜きな必殺技だったんじゃないかと思っていたが、まさかあれが伏線だったとは」
美蘭と俺がクラスの輪の中に戻るようになって数日。美蘭は特撮モノを見ている男子にそれとなく俺も見ているという情報を横流ししたらしく、俺にとっては趣味を語れるクラスメイトも出来ていた。教室の片隅でプニキュアについて語っているオタク男子達と交流を深めるのは当分先か無理そうだが。
「今週のバトプリ、矢田部様メイン回だと思ってたらほとんと出番が無くて雑誌殴っちゃった」
「アンタは高校二年生にもなっていつまで矢田部のおっかけしてんのさ……松葉さんも言ってやってよ」
「わ、私は川路派なので結構よかった……」
「えー、川路のどこがいいの? 図体でかいだけじゃん」
「確かにイケメンじゃないけど、だからこそ付き合った時に劣等感抱かないというか……」
「松葉さん観点がリアルだね……」
美蘭も緋村さんに手伝って貰ってクラスの女子グループをハシゴした結果、地味なオタクグループに収まったらしく教室の片隅で漫画やアニメの話をしながらニヤニヤとしている。緋村さんも仕事は終わったと言わんばかりに自分の席で読書に興じており、少し前まで一緒に行動していたという事実は最早見る影も無い。
「先輩、今日も菓子パンですか? 栄養偏りますよ。両親にまたお弁当を作ってくれって頼めばいいじゃないですか」
「何か恥ずかしいだろ、高校二年生の終盤になって『またお弁当作ってくれ』なんて」
「確かに。それじゃあ私のお弁当をどうぞ」
昼食時には菓子パンだったりコンビニ弁当だったりを持っていつもの部屋へ行く。そこには可愛い彼女が待っていて、二人で楽しく食事を採る。穂香は舎弟モードから恋人モードへと切り替えたらしく、口調は丁寧になってはいるが髪型とかは変わっていないので違和感が物凄い。それでも平和なハッピーエンドのその先を、俺はこうして噛みしめていた。
「よっしゃ放課後だ、カラオケ行こうぜ」
「悪い、俺補習になったからパス」
「はぁ? しゃーねーなー……つっても3人じゃイマイチ盛り上がらねーし……あ、竜胆さんもどうすか? カラオケ。特撮の曲歌いたいすけど一人じゃ恥ずかしいんすよ、こいつら高校生にもなって戦隊だのライダーだのアホかよって言うんす、〆めてやりましょうぜ」
その日の放課後。穂香は部活なのでこの日は一人でのんびり帰ろうと思っていたのだが、特撮モノ好き同士で割と仲良くなったクラスメイトにカラオケに誘われる。昔に比べたらクラスメイトとも打ち解けたとは言え、まだまだ会話できる相手は少ないので交友を深めるべくそれを了承し、放課後に男子4人で近くにあるカラオケ、つまりはゲーセンへ。
「あー歌った歌った。竜胆さん相当昔の戦隊モノも知ってるんすね、俺高校生になってから弟が見てるのをついでに見たらハマったんで最近のしかわからないんすよ。あーそうだ、併設されてるゲーセンのチケット貰ったから皆で遊ぼうぜ」
特撮モノの曲を歌うことも叶いそれなりに満足し、気分良く帰れると思っていたのだがカラオケの料金を払った時にゲーセンのチケットを色々と貰ったらしく、自然とそれで遊ぼうなんて流れになり俺達はゲーセンの階へ。UFOキャッチャーだったりメダルゲームだったりで遊んでいたのだが、
「……」
店内をクラスメイトと歩いていると、こちらには顔を見せないように俯いた、同じ高校の制服をした少女とすれ違う。他のクラスメイトはそれが誰かなんて気づかないし気にも留めなかったが、それが美蘭であることは明白だった。
「んじゃお疲れー、また明日」
ゲーセンでの二次会も終わり、解散したクラスメイトが各々の帰路へと向かって行く中、俺は店内に戻りこっそりと美蘭の姿を探す。探すことしばらく、格闘ゲームのコーナーで美蘭を見つけたので物陰から様子を伺う。
「……」
そこには俺達が出会った時にやっていた格闘ゲームを無表情でプレイする美蘭の姿があった。友人は出来たがゲーセンで一緒に遊ぶような仲ではまだ無いだろうし、そもそもそういう趣味の友人でも無いのかもしれない。この半年間ですっかり芽生えてしまった父性から彼女が心配になるが、声をかけることも出来ず、情けなく俺はゲーセンを後にするのだった。
「先輩、本当にこのままでいいんですか?」
そんな未練たらしい日常を繰り返すことで自然と俺の表情は曇っていたのかもしれない、ある日の昼食時、舎弟モードのように俺を慕うで無く、恋人モードのように俺を愛するでも無い、真っすぐと諭すように俺を見つめる天王寺穂香。
「何のことだよ」
「とぼけても無駄ですよ。アネゴ……松葉先輩のことです。ちらっとこの前見ましたけど、友達と一緒に喋っていてもあまりご機嫌そうには見えませんでした。先輩も最近イライラしてる時が多くなってますよ、アタ……私が声をかけたら、取り繕ったような笑顔になりますけど、私だって馬鹿じゃないんですから」
そのままここ最近の俺や美蘭の様子を淡々と述べ始める。彼女の言っている事は大当たりで、今も穂香の前で精一杯素敵な彼氏を演じるために笑いながら昼食を採ってはいたものの、その頭の中はここへ来る前に見た、愛想笑いをしながら友人と食事をする美蘭の事で一杯だった。自分を慕っていた後輩に自分の事を見抜かれてしまったことを認める訳にも行かず、少し理解らせてやる必要があるみたいだなとぐいっと穂香に詰め寄る。
「……うるせえな。あいつはもう俺を必要としてないんだよ。あいつとはもう終わったんだよ。何でお前が俺の昔の女を気にするんだ、お前俺にベタ惚れなんだろ? 自分の幸せの事だけ考えとけよ。先輩大好き昔の女なんて忘れて私だけを見てって言ってろよ」
「……」
俺と美蘭の事を心配するよりも自分の欲望に忠実になってくれるように顔を近づけるが、穂香は顔を赤らめるでもなく、気まずい沈黙の後に俺から目を逸らす。その様子は照れ隠しではなくまるで、
「お、おい、嘘だよな? お前俺の事大好きだよな?」
「……憧れと愛は、違うって言うか……やっぱりもうすぐ高校三年生にもなるのにヒーローとか魔法少女とかが趣味なのは恋人として少し引くと言うか……」
「うおおおおおおおい!」
普通に俺への恋心が冷めてしまったかのような様子だったので必死で肩をガクガクと揺さぶりながら否定させようとするが、彼女は無情にも大人になってしまったらしく、空手部で鍛えた技で俺を引きはがす。この短期間に二人にフラれてしまったショック、恥ずかしいセリフを言った後に撃沈してしまったショックで俺は情けなく床に崩れ落ちる。
「私、先輩に憧れてましたし、こうして先輩と一緒にいて幸せでしたけど、松葉先輩と先輩が仲良くしてるのを眺めるのも好きだったんです。だから私の為にも、松葉先輩と幸せになって欲しいんです」
そんな俺を優しく諭すように手を差し伸べる穂香。穂香が俺にゾッコンという前提だったから美蘭は俺と別れたし俺も穂香と付き合うことにしたのだが、それが崩れてしまったことにより俺の中で色々と吹っ切れる。全てを失ってしまった俺に出来る事はただ一つ。
「穂香、協力してくれ! 俺を美蘭をくっつけるために!」
「一度フラれても諦めない! それでこそアニキっす!」
偽りのハッピーエンドのその先にあるトゥルーエンドを目指すべく、穂香の手をがっしりと握る。それに呼応するように、穂香はニヤリと笑い俺を再びアニキと慕うのだった。