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こうしてヒーローはヒロインと付き合った

「あああああああ、言わなきゃよかった!」


 ゲラゲラと笑う彼女の前で頭を抱える。クラスメイトに弁解をしてこなかったのは否定が怖かったから、それは確かだ。だが、それは『言い訳』と捉えられて否定されることだけを恐れた訳では無い。正義のヒーローに憧れて、漫画みたいなシチュエーションに遭遇して、意気揚々として喧嘩をしただなんて、あまりにも恥ずかしい自分の趣味を馬鹿にされ、笑われることが怖かったのだ。弁解をしなくてよかった。していれば今頃は俺はクラスの笑いもので、彼女のように学校に来なくなってしまったことだろう。


「今年一番笑いました。いやー、体つきもしっかりしてるしバリバリのヤンキーだと思ってずっとビクビクしてたんですけど、ただのキモオタですね」

「俺は別にオタクじゃ……」

「何言ってるんですか? 正義のヒーローだなんて今時小学生でも卒業してますよ? それを高校生にもなって趣味にしている上に、現実と妄想の区別もつかずに俺はヒーローになるんだとか言いながら喧嘩するって。犯罪者予備軍のキモオタですよ。あ、もう暴行して停学になってましたね」


 許されるなら彼女に正義の鉄槌を食らわせたいが、退学どころか警察に捕まってしまうのでぐっと堪えながら彼女による辱めを耐える。


「ほら! 俺はちゃんと喋った! お前も喋れ!」

「お前じゃなくて松葉美蘭まつば・みらんですよ。ああでも、私の名前って『びらん』とも読めるんですよね。つまりヴィランです。きゃー、ヒーローに退治されちゃう」

「松葉さん、俺がヒーロー気取りのキモオタだろうとね、ムキムキで男3人ボコボコにするだけのパワーはあるんだからね? 一回停学になって若干吹っ切れてるところあるからね? こうなりたい?」

「あ、はい。すみませんでした……」


 これ以上彼女に弄られたくないので彼女の方にも話をさせようとするが、自己紹介ついでに再び俺を弄ろうとするので、流石にイラついて彼女が飲み終えたスチール缶を取り上げて両手で力をかけて潰す。実際にはそんなことをする度胸なんて一切無いのだが、彼女にとっては十分に脅しになったらしく、邪悪な笑みが消える。


「……実は私、友達がいないんです」

「でしょうね」

「女子にもキモがられてるんです」

「でしょうね」

「こりゃもうイジメのターゲットになるのも時間の問題だ、ということで逃げました」

「でしょうね」

「ちなみに制服なのはオシャレを気にしなくていいからで、ゲーセンに入り浸っているのはお母さんが専業主婦で家にいるので気まずいからです」

「ふーん」



 そのまま暗いトーンで身の上話をする彼女だったが、先ほど性格の悪さを存分に味わった身としては、そりゃそうだろうなという感想しか出てこない。下手に出ていると思いきや、相手にマウントが取れると判断すると全力でマウントを取る。友達が出来る訳がない。


「ひ、酷くないですか? 女の子がトラウマとかを思い出しながら、必死に紡いだ言葉ですよ? 辛かったねとか、君は悪くないとか、あるじゃないですか。それでもヒーローですか?」

「モノマネしていい? お題は『松葉さんをゲラゲラ笑う松葉さん』なんだけど」

「本当に、反省していますので、どうかそれだけはご勘弁を……」


 目元に涙を浮かべている彼女ではあるが、その涙は辛い過去を話したことによる涙なのか、先ほどまでゲラゲラと笑っていたことによる涙なのか判別がつかない。


「そんな理由なら学校行った方がいいよ。実際にイジメのターゲットになった訳じゃないんでしょ?」

「きっとすぐなりますって」

「調子にのる癖を無くして無難に生きればいいんだよ」

「そんな簡単に出来たら苦労はしませんよ。ヒーローさんだってヒーロー趣味辞められませんよね?」

「……」


 たまにサボっている程度ならたまにはサボりもいいよな、で終わる話だが、3ヵ月学校に行ってませんとなれば同級生としては学校に行こうねとしか言いようがない。そして彼女にカウンターパンチを食らってしまい、呼び方に突っ込むことも出来ずに口ごもる。仰る通りで一度は悲しみのままに破壊しつくしてしまったヒーローグッズだが、結局は決別することなど出来ずお年玉で買い戻すという醜態を晒していた。


「ていうか3組でしょ? そういえばずっと空いてる席あったよ」

「ああ、同じクラスだったんですか」

「俺も2年になってからずっとぼっちだけどね、嫌がらせなんてされたことないから安心しなって」

「誰が喧嘩で停学になるような人に嫌がらせをしようなんて考えるんですか。中身は私よりキモオタの癖に、華奢な自分が憎い……」


 お互い全く印象に無かったようだが少なくとも4月に入って数日くらいは俺達は一緒のクラスに在籍していたらしい。何も悪役を倒すだけがヒーローの仕事ではない。人を救うのもヒーローの仕事なのだと、あの日失ってしまったはずのヒーロー熱が気づけば復活していた俺はしばらく彼女と学校に行くべきだ、行きたくない論争を繰り広げる。


「……だったら格ゲーで勝負しようじゃないか。俺が勝ったらとりあえず1日は学校に来て貰うよ。俺は停学になった3ヵ月間ゲーセンでよく遊んでいた、松葉さんは不登校になってから3か月間ゲーセンでよく遊んでいた。条件はイーブンだろう?」

「望むところです」


 彼女の中に潜む悪の心を倒すため、格ゲーで勝負を持ちかける。正直勝てると思っていた。だって相手は女の子だし、反射神経だとかその辺の能力は圧倒的に俺の方が上だと思っていたから。……2分前までは。


「そ、そんな、俺かなりやり込んだはずなのに、こんな一方的にやられるなんて……」


 白熱したバトルが繰り広げられる、なんてこともなく、一方的にボコボコにされて2ラウンド負けを食らってしまった。対戦中は相手の顔が見えないが、きっと画面の向こうではそれはそれは素敵な笑顔がお出迎えしていたのだろう。YOU LOSEの画面を愕然としながらしばらく眺めた後、対面で不敵に笑いながら勝ち誇る彼女を見やる。


「ヒーローさん。何で女の私がこんな格ゲーをやってたんだと思います?」

「……何で?」

「このゲームに出てくる女キャラが、嫌いなクラスメイトに似ているからですよ! だからボコボコにするためにやり始めたんです!」

「か、勝てるわけがない……」


 確かに俺はこのゲームをそれなりにやり込んでいた。けれども暇潰しであり遊びでしかなかった。そんな生半可な気持ちで遊んでいた俺が、悪意を注ぎ込み続けていた、本気で遊んで、いや、戦っていた彼女に勝てるはずがないのだ。


「……俺の負けだよ、学校に来いなんてもう言わない。それじゃあね……ヒーローごっこは卒業するよ」


 やはり俺はヒーローにはなれなかった。下らない子供の頃の夢なんて捨てて、平々凡々とした人生を今後は目指そう。友達はいないけれど、授業も真面目に受けよう。彼女を救うつもりが逆に救われたのかもな、と彼女に背を向けてゲームセンターから立ち去ろうとしたのだが、


「待ってください」


 彼女に呼び止められて振り向く。まさか俺の気持ちが通じて改心してくれたのだろうかと希望を胸に彼女の顔を見やるが、そこにあったのは残念ながら暗黒微笑だった。


「俺が勝ったら学校来いなんて条件を持ちかけといて、負けたらさようなら、はおかしいですよね?」

「ぐっ……」


 完全に勝てると思っていたので負けた時の事を全く考えていなかったが、冷静になってみれば先ほどの賭け事はよくある『負けた方が勝った方の言うことを1つ何でも聞く』レベルの勝負だ。一体俺はこの悪魔にどんな命令をされるのだろうかと戦々恐々と怯えていたのだが、


「私と付き合ってください」


 あまりにも斜め上の命令に唖然としてしまう。どうしてこの流れで俺は告白をされているのだろうか。俺の気持ちが変に伝わってしまったのだろうか。友達がいないからちょっと話しかけられると靡くとかそういうやつだろうか。


「ど、どゆこと?」

「考えたんですけど、彼氏が喧嘩で停学になった危険なヤンキーなら、絶対嫌がらせとかされませんよね。それどころか、クラスメイトに優位に立てますよね?」

「そ、そんな理由でカップルに? おかしいよそんなの……恋人をマウント取るための道具にするなんて」

「恋人はステータスですよ? そもそもヒーローさん、私をナンパしましたよね? つまり私がタイプってことですよね? ヒーローさんは好みのタイプの女の子と付き合えて、私は周りに怯えることなく学園生活を楽しめて、ウィンウィンじゃないですか。さーて、そうと決まれば明日の登校の準備をしなくっちゃ」


 気持ちが変に伝わってしまったとしても、賭けに負けたのは俺だし彼女の想いを受け止めるべきだと思っていたが、告白した理由もロクでもなかった。共通点があると思ったから声をかけただけで別に好みのタイプじゃない、なんて言えるはずもない俺を他所に、これからよろしくお願いしますね、私だけのヒーローさんと今までに比べたら若干まともな笑みを見せて去っていく彼女。こうして俺は自分の恋愛を犠牲にして、少女を救うことに成功してしまうのだった……


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