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こうしてヒーローは誤解が解けた

 冬休みが終わり久々の登校日。クリスマスイブに美蘭にフラれてからは一切コミュニケーションを取っていない俺にとっては2週間ぶりくらいの美蘭との遭遇になる。教室に向かい自分の席に座り、隣の席を見るがそこには誰もいない。


「お年玉で服の福袋を買ったんですけど、翌日にそれを着て外に出たら同じ格好の人がいて恥ずかしかったです」

「あるある、私も100着限定の福袋をゲットしたんだけど、近くに100人同じ服持ってる人がいると思うと恥ずかしくてしばらく着れないや。緋村さんは何かあった?」

「ぬいぐるみとかキーホルダーの福袋を買ったら、私好みのが結構あって最初は嬉しかったんだけど、冷静になってみたらそれって私好みのグッズは売れ残ってるってことよねって悲しくなったわ」


 教室の中を見渡すと、美蘭と緋村さんとクラスの女子が何人かで楽しく会話をしているのが見える。修学旅行の時はうまく会話に混ざれていなかったようだが、美蘭も色々と覚悟を決めたのだろう、今までよりもハキハキと喋っているし、緋村さんのサポートもあるがきちんと会話に混ざれている。


「……」


 朝礼の時間になり美蘭は自分の席に戻って来るが俺とは一切目を合わせようとせず、気圧されてしまい彼女に声をかけることもできない。そのままロングホームルームで席替えとなり、俺達の席は離れ離れになってしまった。フラれたショックだったり、彼女が独り立ちしつつあり俺が不要になってしまったというショックだったりで、席を交換して彼女の隣に座ろうとするなんて気力は起きない。


「……」

「私達もご一緒していいかしら」


 昼休みになり、美蘭と緋村さんは自分のお弁当を持って、朝に楽しく会話をしていた女子グループの昼食に混ざろうとする。美蘭単体なら難色を示されただろうが学級委員のお願いということもあり女子達は快く了承してくれた結果、美蘭がクラスの女子とお弁当を食べながら会話をするという半年前からすれば考えられないような光景に。緋村さんを嫌っていた美蘭であったが、きっとこれを実現するためにプライドとかを色々捨てて彼女に頼んだのだろう、つまりはそれだけ美蘭が本気でぼっち脱却を狙っているということでもある。クラスメイトの会話を聞きながらクスクスと笑う美蘭を見るのが辛くなって、俺は自分のお弁当、といっても今までは美蘭の母親が作った弁当を食べており両親にも学食で食べると偽って食費を貰っていたので、途中で買ったコンビニ弁当を持っていつもの部屋へ。穂香も今まで一緒に食事をする時は教室まで迎えに来て誘っていたので、この日は俺以外誰もいない。


「……」


 もしゃもしゃと一人でコンビニ弁当を食べるが、全く味がしなくて箸が進まない。学校をサボるようになる前も、こんな虚無感を味わっていたっけなと、気付けば涙が出ており少し塩気の入った食事を堪能していると、部屋のドアがコンコンと叩かれる。


「美蘭」

「……アタシっす」


 美蘭が来たのだろうかと顔を整えてドアを開けるが、そこにいたのは思いつめたような表情をした穂香だった。ちょこんと俺の前に座りお弁当を広げる彼女に、今日は美蘭も緋村さんも別の子と食事をするから来れないんだと説明をして食事を再開する。しかし俺達の事情は既に知っていたようで、


「アネゴから、メッセージが届いたんす。あいつとはもう別れた、この部屋にももう来ない、後は好きにしろって」

「……そうか」


 俺の顔を見ないように黙々と食事をしながら、少しだけ顔を赤らめながら、二人目の彼女としてやってきたことを告げる。穂香が知っていたかはわからないが、これは美蘭の当初の計画通りだ。美蘭が独り立ちできるようになったら俺を解放して穂香とくっつける。それが一番円満な終わり方なのかもしれないが、人間は共に過ごすにつれ感情に変化が起きる。少なくとも俺の感情には色々な変化があったし、穂香は美蘭にもそういった感情の変化があると思っていたから今まで俺達を応援して来たのだろう。けれども美蘭はそんなものは幻想だと、勘違いだと俺に告げた。


「今日暇か? 早速だけどデートしようぜ」

「今日は部活は無いっすけど、アニキのためなら部活を辞めてでも毎日付き合うっすよ」

「部活はちゃんと出ろ」


 美蘭の言う通り勘違いなのかもしれない。客観的に見れば美蘭よりも穂香の方がいい女なのは明白だ。だからフラれた俺は目の前の俺を慕う少女を慰み者にすべく、放課後に二人で遊ばないかと誘う。どこか寂し気な笑顔を俺に見せながら穂香はそれを了承し、フラれてすぐに別の彼女が出来るリア充の気分を味わいながら教室に戻ると、何だかクラスメイトの俺への視線がいつもと違うような気がする。


「竜胆さん、停学になった理由って女の子を暴漢から守ったからってマジっすか?」


 自分の席につくと、席替えで隣になったお調子者の、今までだったら俺に怯えて話しかけて来なかった男子がリスペクトするような目で俺を見ながらそう尋ねて来る。正しいと言えば正しいのだが、自分でそれを肯定するのも恥ずかしいのでクラスメイトが突然こんなことを言い出した原因であろう二人の方を見る。


「しかもその女子はこの学校の後輩なんですよ。竜胆さんはその子に告白したいけど勇気が出ない、クラスメイトにも嫌われちゃってどうすればいいかわからないと私や緋村さんにずっと相談してたんです。練習のために彼女のフリをするのは大変でした、やっと後輩と付き合うようになって私の肩の荷も降りましたよ」

「へー、可愛いところあるんだね。緋村さんはともかく、松葉さんも面倒見がいいんだね」


 そこには俺をヒーローさんとは呼ばなくなった美蘭が、さりげなく自分の株を上げるような捏造エピソードを語っていた。どうやら俺が穂香と飯を食っている間に、美蘭と緋村さんで俺が凶悪な不良では無いことや、停学になった理由は女の子を助けたという格好いいモノであることをクラスに周知したようだ。俺が重度のヒーローオタクであり助けた理由もヒーローのようなシチュエーションに憧れていたから、という可愛いところでは済まない部分を隠して脚色された真実を広めた結果、あっさりと俺はクラスメイトに受け入れられるようになった。美蘭はこれで恩は返しましたよ、とでも言わんばかりの笑みを俺に寄こすと、クラスメイトとの会話に戻るのだった。


「アニキ、お待たせっす」

「おう。どこ行くよ?」

「といってもいつもアニキ達とはゲーセンばかり行ってたから、他の選択肢が思い浮かばないっす」

「……ゲーセンは辞めとこう」


 放課後になり、穂香の教室に彼女を迎えに行く。穂香も俺の評判の向上を手伝ってくれていたらしく、前の時のように後輩は俺の事を危険な人間として見てはいなかった。一緒に学校を出てどこへ行こうかと尋ねると穂香はゲーセンと答えるが、俺は顔を曇らせてその選択肢を除外する。あそこは美蘭の家からも近いし、彼女は一人でもゲーセンに行くから鉢合わせしてしまえばとても気まずいからだ。


「ん~、ここのアイスはやっぱり美味しいっすね。アニキはバニラっすか。大量にあるフレーバーの中からあえてシンプルなバニラを選ぶ、流石っす」

「あんまり味が混ざったのは苦手でな……それより穂香、いい加減アニキって呼ばないでくれよ。『彼女』なんだから」

「……そうっすね。えーと、竜胆先輩。これ食べたらスポーツショップ寄ってもいいでしょうか? 空手の道具を見たいんです」

「……ああ、勿論。お前のためならどこだって付き合うさ。『彼氏』だからな」


 ゲーセンから距離を取ってショッピングモールへ向かい、二人で少しお高いアイスを頬張る。未だに俺をアニキと慕う穂香に、恋人になったんだから舎弟のような喋り方はやめろと言うと、どこか悲しそうに彼女は丁寧な、きっと俺に会うまではそうだったのだろうと思わせるような口調に変わるのだった。

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