こうしてヒーローはヒロインと出会った
「……」
高校二年生になって3ヵ月。定期テストや夏休みの話題をちらほら聞く中、学食で唐揚げカレーを食べ終えた俺は教室に戻ると帰り支度を始める。そんな俺の行為に対して誰も何も言わない。あの日以来、友達と呼べる存在はいなくなってしまった。無言でカバンを手に教室を出て、玄関に向かい、靴に履き替えて学校の外に出て、大きく背伸びをする。
「まーたサボっちまった」
学校の授業が面倒くさいからサボっているなんてありきたりな理由じゃない。教室の空気に耐えられなくてサボっているのだ。我ながらダサい。
「夏休み明けたら学校辞めてるかもなぁ……親にまた泣かれるのか、それとも呆れて見捨てられるのか」
現状について、自分のことなのに他人事のように考えてしまう。自分という存在の価値がこの世に無いと思っているからこその悲しい客観的分析。
「今日は……あそこのゲーセンでも行くか」
不良になりつつある、と言っても、喧嘩に明け暮れたり、カツアゲをしたり、万引きをしたり、タバコやお酒を嗜んだり、そんなことは一切していない。ただ授業を真面目に受けていないだけ。それでもそれなりの進学校ということもあり、周囲からすれば不良でしかないし、授業を真面目に受けていないだけとは言うが、それを繰り返せば進級だってできなくなるし退学にもなり得てしまう恐ろしい行為なのだ。
「好きなゲーム置いてあるかなっと」
学校帰りの道にあるゲーセンへ入る俺。停学中は暇だったのでよく近所のゲーセンに入り浸っていたし今もよく遊びに行っているが、帰り道にあるここへ来るのは初めてだ。停学中にやり込んでいた格ゲーを探していると、
「……」
目当ての格ゲーに少女が座っているのに気づき、まじまじと彼女を見やる。趣味が同じだから気になるとか、一目惚れしたとかそんな理由では無く、彼女の服装が我が校の制服だからだ。皆が真面目に授業を受けている中、制服姿でゲーセンで遊ぶ。つまるところ彼女は俺の同類というわけだ。
ふと、あの日のガラの悪い連中がやっていた行為がナンパであることを思い出す。折角不良になりつつあるのだからナンパでもやってみよう、見た目は全然タイプじゃないけれど学校をサボって同じ格ゲーを好んでいる共通点があるのだから気も合うはずだし妥協しようと決意を固め、対戦をするために対面に座るのではなく、別のゲーム用の椅子を持ってきて彼女の近くに座る。
「ハロー」
「……は?」
ナンパと言えばチャラ男スタイルだよなと気さくな感じで声をかけると、彼女は非常に困惑した表情でこちらを見やる。髪はボサボサで目が隠れかかっており、化粧とかも一切していなさそうな、とてもじゃないが学校をサボってゲーセンで遊ぶような不良には見えないが、人は見かけによらないというやつなのだろう。
「今暇?」
「いや、ゲームしてて忙し……あっ」
顔をこちらに向けながら、手をガチャガチャ動かしている彼女ではあったが、最近の格ゲーはCPUレベルも高い。よそ見をしているとすぐにコンボを決められてしまい、無情にもYOU LOSEの文字が画面に映し出される。彼女は画面と俺を何度か見ながら、段々とその表情を曇らせていった。
「ごめんごめん、弁償するよ。ついでにジュースとアイスも奢るからさ、俺とお喋りしない?」
「も、もしかして、な、ナンパですか?」
「そういうこと。同じ学校でしょ?」
財布から100円を取り出して彼女に渡し、答えを聞かずに自動販売機の方に向かい、無難そうなチョイスでジュースをアイスを買って戻ってきてそれも渡そうとする。困った様子ながらも受け入れてくれたようで、アイスを頬張りながら、身体ごと俺の方へ向けてきた。スタイルも良くないなぁ。
「頂きます……同じ学校、みたいですね」
「俺は2年なんだけど、君は?」
「私も2年」
「あ、そうなんだ。いやー、同じ学校で、同じ学年で、学校サボり仲間で、ゲーセンで同じ格ゲーを遊ぼうとしてる。運命感じちゃうよね。ちなみに2年になってから何回学校サボった? 俺は丸々が5日と、今日みたいに午後からサボりが3回」
それでも運命を感じたのは確かなので、話を盛り上げるために共通の話題? である学校サボり事情についての会話を試みる。普通の学生なら無遅刻無欠席を誇るが、不良になると学校をサボった頻度でマウントを取るのだ。多分。
「丸々サボりが60日くらいですかね?」
「マジで? 負けました……ん?」
数倍の差をつけられてしまい、途端に目の前の少女がとんでもない不良に思えて震えてしまう。しかし冷静になった俺は、脳内でカレンダーを展開させて日数を数える。4月からスタートして、ゴールデンウィークを除いて……
「ほとんど学校来てなくない?」
「4月の中旬からずっと来てないですね」
最早学校をサボっているというレベルでは無い彼女の悪行に突っ込みを入れると、彼女は少し苛立ちながら、2年生が始まってからすぐに連続でサボり続けていると告白する。
「それって学校サボっているっていうか」
「……そうですね。私は不登校です。学校には行けるけど面倒だからサボっちゃおうかなウェーイ、なんて人とは違うんです。だからこれ以上ナンパしたって面白くないですよ」
これ以上は突っ込むべきではなかったのかもしれないが、つい魔が差して突っ込んでしまう。彼女は目を逸らしながら自分が不登校であることを告げ、不機嫌そうにこちらを睨みつけた。どう見ても学校をサボる不良娘に見えない彼女が学校をサボっているという違和感の正体が判明してしまい、しばらく気まずい沈黙が流れる。
「……何で学校来なくなったのか、聞いていい?」
「五月蝿いですね……人に物を尋ねる時は自分から、って教わりませんでした?」
場の空気に耐えられずに口を開くが、不登校の少女と喋る内容なんてこれくらいしか思いつかない。完全に地雷を踏んでしまったらしく、歯ぎしりしながら睨みつけられてしまい逆に学校をサボっている理由を聞かれてしまう。
「あ、はい。すみませんでした……俺、実は去年停学3ヵ月食らっちゃってさ」
「……へ?」
彼女の言うことも尤もなので、停学になってしまいそれが明けても学校に馴染めなくなってダラダラと、なんて現状を伝えてみるが、何かを察したらしくやがて彼女の身体が震え始める。不良の停学自慢に対する怒りで震えているのではなく、表情から完全に恐怖からなる震えのようだ。
「も、も、もしかして、あの反社組織を素手で全滅させたっていう」
「そこまで噂が大きくなってるの?」
「な、生意気言ってすみませんでした、こ、これお納めください。私なんかでよければいくらでもナンパに付き合いますので」
ナンパしてた男達と喧嘩になって倒した、という事実がどんどん脚色されていったらしく、悪質なデマを信じてしまった彼女は財布から千円札を取り出してこちらに渡そうとしてくる。
「違うんだよ、誤解なんだよ、俺は別にそんなバイオレンスな男じゃないの。俺の名前、竜胆一色って言うんだけどさ……」
今まで弁解をしてこなかった俺だが致し方ない。彼女の誤解を解くために、俺は自分の名前が一色であることも含め、何故停学になったのかを説明する。最初は恐怖から震えていた彼女であったが、話を聞くにつれ段々と笑いを堪えるための震えに代わり、
「あ、あーはっはっは! おかしい、おかしいですよ! キモオタ乙!!!!」
話が終わったところでこの日初めての笑みを見せるのだった。笑みといっても爽やかさの欠片も無い、人を馬鹿にしたような嘲笑ではあったが。