こうしてヒーローはぬいぐるみをあげた
「あ~脇腹が痛いなぁ~」
「保健室でも行ったら?」
「あ~痛い。ほら、見てくださいよここ。私の真っ白に透き通るような肌が赤くなってます」
「あまり人前で見せるもんじゃないよ」
美蘭が緋村さんらしき謎の剣豪に倒された翌日。教室に入った美蘭はわざとらしく声をあげながらワイシャツをたくし上げて、少し赤くなっているお腹を見せてくる。勿論美蘭の視線の先は緋村さんな訳だが、彼女は何食わぬ顔で一時間目の授業の用意をしており、ここまで冷静ならばひょっとして昨日見たのは彼女では無かったのでは無いか? と思わせる程だ。しかし改めて美蘭の盗撮した画像を見ると、完全一致と言わざるを得ない。彼女に年が近い、もしくは双子の姉妹がいるなんて話は聞いたことが無いので、きっと彼女は冷静に見えて内心はかなり動揺しているのだろう。
「あの女どうしてくれようか……」
「学校に通報っす! 学級委員に傘で暴行されましたって訴えて、停学か退学にさせるっす!」
「まぁまぁ……この写真だけじゃ証拠としては弱いと思うよ」
昼食時、怒り狂って復讐について話し合う二人を宥めながらも、立場のあるクラスメイトの弱みを握ったのだから、俺達の地位向上のために役立てるべきだと色々と策を巡らせる。今は緋村さんも色々と俺達を警戒しているはずだと、気にしていないフリを美蘭にさせること一週間。筆跡がバレている可能性を考慮して穂香にラブレターを書かせて、緋村さんの下駄箱にそれを入れ、放課後に俺達は体育館の裏に隠れて彼女を待つ。
「イケメンだと思いました? 残念、超絶美少女の美蘭ちゃんでした!」
「……っ!」
「アネゴの仇はアタシが討つっす! 1ヵ月学んだ空手を食らうがいいっす!」
告白の断り文句でも考えていたのか溜め息をつきながら指定の場所にやってきた彼女に、武器として箒を持った美蘭とこの後部活にそのまま直行なのでジャージ姿の穂香が敵意を剥き出しにしながら彼女の前に立ちふさがる。逃げようとした彼女だったが、既にその後ろには俺が立ちふさがっており、絶体絶命の状況だ。
「手を出すな。緋村さんは確か合気道も得意だったはずだ、ボコボコにされる」
「まぁ私としては暴行の証拠が手に入りますからそれでも構いませんけどね」
「合気道はそんな攻撃的な武道じゃないわよ……私に何か用かしら?」
「とぼけてんじゃねー! 乙女の身体に傷をつけて謝罪も無しですか!」
敵討ちがしたい訳では無いし襲い掛かるとまた反射的に倒されてしまう可能性もあるので、ひとまず二人には大人しくして貰い、一定の距離を取って対話を試みる。この期に及んでもシラを切る緋村さんに、別に俺達は脅そうとしている訳では無いと、ポケットからキーホルダーを取り出して彼女に見せた。
「そ、それは……」
「これが欲しかったんだろう?」
「……はっ! ひ、ヒーローさんいつのまに盗んだんですか!? それでもヒーローですか?」
緋村さんが変装してまで欲しがった、美蘭は取ったはいいけど要らないからとカバンの中にとりあえず入れていたため拝借しためるあにのキーホルダーだが、あの日から美蘭は再びゲームセンターで出会った時にどう復讐しようか考えながら一人で店内を徘徊という無駄な一週間を過ごしていたが緋村さんとは出会わず、調べたところ需要が無さ過ぎてあのゲームセンターくらいしか導入していなかったとのことで、結局未だに入手出来ていないらしくドロドロに溶けた猫のキーホルダーを羨ましそうに眺めている。
「しかもぬいぐるみもある」
「何ですって!」
「ヒーローさん、私の獲ったキーホルダーを前座にしないでください!」
更に俺はカバンからドロドロに溶けたそこそこ大きい犬のぬいぐるみを取り出して彼女に見せてやり、キーホルダーよりもインパクトが遥かに高いからか緋村さんは声を荒げる。交渉材料としてこっそり獲得していたのだが、正直キーホルダーに比べると難易度が高くて結構な出費となった。それもこれも全ては俺達の学生生活を彩るため。
「これが欲しかったら……」
「欲しかったら私に土下座してください!」
もう完全にグッズの口になっている緋村さんに交換条件を話そうとするが、勝手に美蘭がその条件を自分への土下座にしてしまう。正直あれは正当防衛なところもあったし俺としては別にどうでも良かったのだが、勝手に話が進んでしまい緋村さんは何の抵抗も無く美蘭の前で地面に頭をつけた。
「申し訳ございませんでした松葉様」
「勝った……私、勝ったんです学級委員に! つまり私が教室のボスです!」
「意外とプライドが無いんすね……あ、自分そろそろ部活に行くっす」
憎き学級委員が自分に土下座しているという光景に、嬉しさからスカートなのにぴょんぴょんと飛び跳ねてパンツを見せるという土下座くらい恥ずかしいことをしながら、スマホでその様子を動画に撮り始める。あまり美蘭が調子に乗っても困るのでスマホを取り上げて動画も写真も削除しながら、部活へと去って行く穂香に手間賃としてついでに取った普通に可愛いキーホルダーをあげて見送り、もう十分よねと言いたげに立ち上がって頭についた土を払い、俺からキーホルダーとぬいぐるみを奪おうとする緋村さんの方を向く。
「俺は緋村さんには美蘭と仲良くして欲しいと言おうとしたんだけど。美蘭は孤立してるし、俺以外の知り合いは後輩だしさぁ」
「はぁ? 私が? こいつと? 願い下げですよ?」
「本人もこう言っていることだし、カップルの邪魔は出来ないわ。それじゃ」
同じクラスの頼られている女子を味方につければ美蘭も自然とまともになって行くだろうと思っていたのだが、非常に下らない理由で緋村さんを憎んでいる美蘭はそれを拒否し、緋村さんも美蘭とはあまり関わらない方がいいと本能的に察知しているのか目を逸らしながら、というか俺の持っているキーホルダーとぬいぐるみを凝視しながら拒否してくる。
「この後ゲーセンに行くんだけど、緋村さんもどう? まだ取ってないグッズとかあるでしょ? 美蘭はゲーセンの近くに住んでるからUFOキャッチャーとか得意なんだ」
「そ、そうね。気分転換にもなるし、たまには部活を休んで羽を伸ばそうかしら。……早くしないとグッズ無くなっちゃうかも知れないし」
「私は嫌ですー! 次期部長が練習サボってんじゃねー! あんな気持ち悪いグッズお前以外に誰が狙うって言うんですか!」
しかし無理矢理にでも美蘭は他人と交流させた方がいい。そう思ったので、思い切って彼女を放課後の遊びに誘う。真面目な、恐らくは可愛いのセンスがズレているであろう学級委員は本当に一週間全く減らなかったあのグッズを今日中に集めないといけないと思っているらしく、あっさりとそれを了承して剣道部へ休みの連絡を入れに行ってしまった。
「そもそも変装する必要なんて無かったんじゃないの? 放課後にゲーセンに行くくらいでグチグチ言うような学校じゃ無いんだし」
「模範的な生徒だと思われてる私があまり遊びすぎると全体に影響すると思っていたし、何より変な趣味だと思われたくなかったのよ。はぁ、今日も変装したいわ」
「自意識過剰ですよ、そういうところも気に入らないんです! 変な趣味で何が悪いんですか、ヒーローさんなんて未だに正義のヒーローを目指してるんですよ」
三人でゲーセンに向かう途中でぬいぐるみをもふもふしている緋村さん……緋村道子と軽く話をする。学校での凛とした態度は責任感の強い性格からなるものらしく、勉強もスポーツも頑張っていたら自然とヒーローのように扱われてしまいそれを演じ続けてきたという彼女にはとても親近感を覚える。俺は穂香以外にヒーローとして扱われた経験が無いけど。




