こうしてヒーローは注意をされた
「体育の選択授業どうする? 剣道と卓球と柔道」
「やっぱ卓球かな、一番簡単そうだし」
ある雨の日。高校二年生の体育の選択授業をどれにするかでクラスメイトが盛り上がっている中、隣の席の美蘭は肘をさすりながら卓球は恐ろしいスポーツですと震えあがる。卓球は運動部じゃないとナメていた彼女が、今では卓球をきちんとスポーツとして認識しているのだから、痛みは人を成長させると言っていいだろう。
「じゃあ何をするの?」
「剣道にしましょう。柔道は他人に身体を触られたりして嫌ですし」
「ふうん。俺は柔道にしようかな」
「え? 女の子の身体を触ったり寝技がしたいだなんてヒーローさんも趣味が悪いですね」
「説明聞いてなかったの? 男女別だよ? 場所は同じとこでやるけど」
「じゃあ一緒に剣道しましょうよ」
剣で戦うタイプのヒーローでは無く拳で戦うタイプのヒーローを目指しているので我流が染み付いた自分の戦い方を矯正するために柔道を選ぼうとしたのだが、無理矢理剣道を選択させられてしまい、臭う防具をつけた俺達は体育館で剣道の基本的なルールを学ぶ。自由時間ということで大半の男子はふざけてチャンバラごっこをやっており、俺も実戦のために混ざりたかったのだが皆が俺を避けて行くので練習相手が見つからない。女子の剣道はどうなっているのかと言うと、
「ねぇねぇそこの貴女、私と勝負しましょう? あ、ヒーローさん、可能な限り近くで応援してください」
「は、はい……」
同じ空間に俺がいることで完全に調子に乗ってしまったらしく、クラスメイトにパワハラ的に勝負を持ちかけて接待剣道を楽しんでいく。この前は泣きながら友達を作るなんて言っていたのに、いざ復讐のチャンスがやってくると人はこうも醜くなってしまうものなのか。そもそも逆恨みなのだが。
「いい加減にしろ」
「いたぁい! 審判、ファウルです、レッドカードです! ヒーローさん、男子にハブられているからって女子の剣道に混じらないでください」
お灸を据えるために彼女の面に竹刀をコツンと振り下ろし、彼女はサッカー選手のように大げさに痛がり床を転がりまわる。お互いハブられているんだから大人しくしていようぜと彼女を退場させ、体育館の隅から皆が剣道で遊んでいるのを眺めることに。
「ぷはぁっ……防具って本当に臭いですね」
「剣道部が普段使っているのを借りてるしね。……うーん、やっぱり剣道部の人は動きに無駄が無いな」
もう剣道なんてやる気が無いと言わんばかりに、防具を外して見学モードに突入する美蘭。一方の俺は今後の戦い(何と?)に役立てるために剣道部の人達の動きを観察していく。素人ががむしゃらに相手に向かっていく中、経験者の人達は積極的に動くことなく、一瞬の隙を見逃さずに打点をあげていく。中でも別格なのは次期部長と言われている学級委員の緋村さんだ。
「あればかりはちょっと練習した程度じゃ真似できないなぁ」
「あんな女を見ないでください。ヒーローさんの彼女は誰ですか? 私ですよね?」
「そんなに憎いなら勝負を挑んだらどうだい、さっきも素人の女子相手に活躍してたじゃないか」
「あの女はヒーローさんをナメてるみたいですからね、わざわざボコボコにされるつもりはありません。そうですよ、ヒーローさんが悪いんです、あの女を倒して誰が最強かを誇示する時なのです」
「残念ながらちゃんとした剣道のルールなら俺に勝ち目は無いよ」
今後俺がフォームチェンジして格闘モードから剣士モードになった時の参考にと、華麗な足さばきと素早い竹刀の振りで男子剣道部員を打ち倒して行く緋村さんの動きをまじまじと観察しているのだが、非常に下らない理由で緋村さんを嫌っている美蘭はご機嫌ナナメのようだ。体育の授業も終わり、昼休憩にいつもの部屋で3人で食事を採り、美蘭と共に教室に戻る途中、
「ちょっといいかしら」
廊下を歩いていた緋村さんと鉢合わせし、こちらは美蘭がガンを飛ばしていることを除けば用なんて無いので素通りするつもりだったのだが向こうは俺達に用があるらしく声をかけてくる。
「何のよんぐーっ!」
「俺達に何か用かな」
美蘭を喋らせるとロクなことにならないのは分かり切っているので彼女の口を塞ぎ、多分良いニュースじゃないんだろうなと覚悟して緋村さんに用事を聞く。
「二人とも学校にちゃんと来るようになったのは良いことだけど、あまり問題は起こさないようにね。ゲームセンターに行くなとは言わないけれど、頻繁に入り浸ると流石に教師も問題視するわ。最近も、下級生のヤンチャそうな子とよく一緒にいるようだし。さっきの体育の授業も松葉さん……」
主に美蘭の方を見ながら、淡々と俺達の、というか美蘭の学校での言動を指摘していく彼女。学校には真面目に毎日来ているもののクラスメイトと良好な関係を築いている訳では無く、俺は皆から避けられているし美蘭に至っては俺がいることで調子に乗って女子を威圧する始末。きっと教師に頼まれて警告しに来たのだろうと、素直にすみませんと美蘭の頭を無理矢理下げさせる。
「気を付けるよ、わざわざありがとう。でも穂香……天王寺さんの事を悪く言うのはやめてくれないかな、あの子はとてもいい子なんだ」
「そう。話はそれだけ……いえ、ちょっと待って」
警告をされたからって明日から優等生になれるわけではない。今の俺達にはもう正しい学生としての振舞い方がわからないのだ。彼女もそんなことはわかっていると言わんばかりに、伝えるだけ伝えてその場を去ろうとしたのだが、何かまだ伝えたいことがあるようで数歩歩いた後にこちらを向く。その表情は先ほどの淡々とした様子から一転、言うべきか迷っているような困惑した様子になっていた。
「まだ何か?」
「……ゲームセンターのUFOキャッチャーに、めるあにのグッズが入ったって本当?」
「はぁ?」
「何でも無いわ。それじゃ」
追加のお小言を待っていた俺だが、彼女が何を言っているのかさっぱり理解できなかったので思わず呆れたような声を出してしまい、彼女はすぐに俺達に背を向けて去って行ってしまう。
「……何なんですかあの女! 最後何言ってるのかわかりませんでしたし!」
「学級委員も大変なんだろう」
口を解放された美蘭はその場で何度も地団駄を踏んで怒り狂う。午後の授業中、火の鳥のように緋村さんを睨みつけ続ける美蘭は放っておいて、俺はスマホで緋村さんの言っていためるあにとやらを調べてみることに。正式名称は『めるてぃ・あにまる』であり、液体化した動物のキャラクターコンテンツらしいのだが、溶け方があまりにもリアルで気持ち悪いと不評であり、一部のマニアがいる程度だとか。放課後になり、穂香も合流して帰りにゲームセンターに寄るため歩く途中、頻繁に傘を回転させてこちらに水滴を飛ばして来る美蘭と戦いながら、めるあにについて二人に話す。
「うげ……気持ち悪い……完全にゾンビとかモンスターですよこれ。あの学級委員趣味が悪いですね」
「猫は好きっすけどこの猫は無理っす……」
「キモ可愛いってやつなんだろうか、俺にはよくわからん……」
真面目な優等生にも変な趣味があるのだな、と思いつつ、めるあにには興味が無いし緋村さんのためにグッズを取ってあげる程の関係でも無いので(ノートを貸して貰っている一方的な恩義はあるが)、めるあにの事は忘れてゲームセンターで三人で楽しく遊ぶ。そろそろ帰ろうかと出口に向かう途中、UFOキャッチャーのコーナーで俺は立ち止まる。
「……」
そこには俺達の高校の女子生徒らしき、顔をマスクとサングラスで隠した不審な人間がUFOキャッチャーの筐体を食い入るように見つめていた。頭隠して尻隠さず、その髪型やスタイル、カバンに俺達はとても見覚えがある。
「なぁ、あれって……」
「絶対あいつですよね」
「雑な変装っすね」
どう見てもそれは緋村さんであり、彼女が見つめている筐体の中には溶けたグロテスクな動物のキーホルダーやぬいぐるみが置かれていた。美蘭は日頃の恨みを晴らす機会だとその姿をスマホで盗撮した後、ニコニコしながら緋村さんの方へ向かう。
「あれ、学級委員さんじゃないですか、奇遇ですねー」
「!? 人違いじゃないかしら、私は貴女を知らないわ」
「そうですか人違いですか。それより早く代わってくれませんか、遊びもしないのに筐体の前に陣取られると迷惑なんですけど」
「ご、ごめんなさい」
白々しいやり取りを続けた後、緋村さんを筐体から剥がして100円を投入し、慣れた手つきであっさりとめるあにのキーホルダーを獲得する美蘭。特に欲しくも無いキーホルダーを緋村さんに見せびらかすようにクルクルと回転させ、マスクとかで表情は全然見えないが、緋村さんはそれを心底羨ましそうに眺めていたことだろう。
「UFOキャッチャー上手なのね。私何回かやったけど全然取れなくて。コツとかあるのかしら」
「コツ? 勿論ありますよ、よく見ることが大事なんです。つまり……そんなサングラスとかつけてたら無理なんですよ外せやこらー!」
キーホルダーを自慢する美蘭に助言を求める緋村さん。憎き学級委員が下手に出ていることに快感を覚えているのかうへへと言わんばかりのだらけた表情になった後、その言葉を待っていましたと言わんばかりに、美蘭は緋村さんの変装を解くために飛び掛かった。
「い、いやぁっ!」
「ぐふぅぉっ……」
その瞬間、緋村さんは悲鳴を上げたかと思うと、持っていた傘で瞬時に美蘭の胴体を打ち抜く。防具もつけていない脇腹に大ダメージを受けて美蘭はその場に崩れ落ち、緋村さんは慌ててゲームセンターから逃げ去って行くのだった。




