こうしてヒーローは卓球をした
「は~プリントの提出期限も守れないなんて、そんな人間がどうやって地球を守るんですか? そもそもヒーローさんの進路希望なんて第一志望:戦隊ヒーロー、第二志望:変身ヒーロー、第三志望:魔法少女に決まってるじゃないですか」
「大事な進路だし……美蘭は真面目に書いたの?」
「こんなもん適当な大学書いとけばいいんですよ」
ある日の放課後、先生に提出するプリントを書き忘れていた俺は美蘭に文句を言われ続けながらも書き上げて、いつもより遅めに教室を出る。ここは高偏差値の進学校なのでほとんどの生徒が進学だし俺も当初は何となく大学に行くつもりだったが、一時期荒れていたこともあり、後悔しない人生を送るために進学以外にも真面目に考えておきたいのだ。第一志望にアクション俳優、第二志望にスーツアクター、第三志望にアニメ関係と美蘭曰く予想を遥かに超える不真面目な進路希望を書き、見た瞬間に困惑した表情になった担任にそれを渡して本日の任務完了。待たせた罰としてトッピングモリモリのクレープを奢ってくださいなんて美蘭の要求は無視して学校を出ると、ジャージ姿の穂香と鉢合わせる。
「お疲れ様っす」
「やあ天王寺さん……じゃなかった、穂香。あれから何か変わりは無い?」
「何だかクラスメイトがよそよそしくなった気がするっす」
「ヒーローさんとつるんだばっかりに……そうだ、これからクレープをヒーローさんが奢ってくれるんですけど一緒に行きませんか?」
俺が穂香の教室に行ってやりとりをしたことで穂香が俺の舎弟だという情報は十分周囲に伝わったらしく、彼女のクラスでの浮きっぷりが加速し始めているようが、俺や美蘭と違ってクラスメイトと会話したりはしているようなので心配するなんてのは余計なお世話なのだろう。勝手にクレープの件を後輩を使ってまで既成事実にしようとする美蘭だが、スイーツ欲に駆られて目の前の彼女の服装にも気づいていないようだ。
「申し訳ないっす、今は空手部の練習でランニング中なんで。それじゃ」
穂香はペコリと礼をすると、体力作りのために学校の周囲を走る作業に戻っていく。あれから結局空手部に入ったらしく、今は毎日基礎体力をつけたり正拳突きをしたりと充実した部活ライフを満喫しているようだ。礼儀が重要そうな空手部で染髪はどうなのかと思いつつも、道を踏み外すことの無さそうな彼女を見送り、財布の中を確認しながらクレープ屋へと向かっていく。
「部活入ったら? 確か放送部が事実上オタサーだったはずだよ」
トッピングを過剰につけすぎて零れそうなクレープに悪戦苦闘する美蘭を眺めながら、友達作りのためには部活に入って趣味の合う人を見つけるべきだと主張する。俺はヒーローに憧れて身体を鍛えていただけであってスポーツに特段興味があった訳では無いので部活には入らなかったが、もし入っていれば力を持つ者としての振舞い方について常識も身についていただろうし、揉めて安易に喧嘩をするなんてことも無かったはずだ。そうなった場合美蘭は今でも学校に来ていなかったのかもしれないが、と運命の奇妙さについて考えるが、美蘭は放送部と聞いて嫌な顔をする。
「ああいうのって内輪のノリが酷くて新規にはきついと思いますよ。その証拠に今年の放送部、新入部員ゼロだったはずです。今の三年生の代からオタク連中が放送部を私物化した結果ですね」
「そこまで調べてるくらいには興味あるんだ」
「実は一時期仮入部して、ノリがきつくて辞めたんです。……この際だから言っておきますけど、私は別にヒーローさんと違って根っからのオタクじゃないですから。友達がいなくなるにつれて、自然とネットばかりやるようになった結果ですから。友達たくさん彼氏もたくさんになれば漫画もアニメも卒業です」
オタク扱いするなと俺を睨みつつ、普通の女子高生を目指してクレープに齧り付く彼女。友達たくさん彼氏もたくさん出来る日が来るのかは置いておき、彼女でも問題無くやっていけそうな部活をいくつか列挙してみる。料理研究部、科学部、文芸部……それに対して難色を示していた彼女だったが、数個挙げたところで怪訝そうな顔をする。
「そもそもどうして文化部ばかりなんですか。運動部という選択肢もあります」
「は? 美蘭が運動部? 冗談だろ? 何が出来るんだ?」
文化部だけが部活じゃないと主張する美蘭に対し、出会ってから今までの思い出を振り返る。プールに行った時は授業をずっとサボっていたので酷い泳ぎだったし、木登りも出来なかったし、パンチ力も小学生レベルだったし、運動が出来るイメージは全くなかったのだが、実は足が速いだとか身体が柔らかいとか才能があるのだろうかと自信満々に運動部にも入れると言い出す彼女の次の言葉を待つが、
「実質文化部である卓球部なら!」
「ナメんな」
偏見まみれの言葉に即座にツッコミを入れる。確かにプロ同士の戦いならともかく、学生の部活レベルの卓球ならそこまで激しい動きは無いのかもしれないが、そうだとしても美蘭がやっていけるとは思えない。しかし聞いたことがある、卓球は性格の曲がっている人の方が曲がった球を打てるので強いと。彼女の卓球センスを確かめるために、俺達はゲームセンターのスポーツコーナーに向かいラケットを持って対峙する。
「……? ヒーローさん、そのラケット欠けてますよ。壊れたラケット相手に勝っても意味がありません、代えて来てください」
「ペンだよペン、何も知らないでよく卓球が出来るなんて言うね」
ラケットの種類すら知らない彼女にまともなサーブが出来るとは思えないので、中学の選択授業で何回かやった事のある俺は彼女に向かって軽いサーブを放つ。彼女は甘い球ですと言わんばかりに笑みを浮かべ、来た球を全力で打ち返し、
「……」
「ちっ」
ボールは俺の顔面を狙って来たのでサッと避ける。その後も何度かラリーをするために彼女に向けてボールを打つも、俺の顔だったり胴体だったりを狙ってスマッシュを打って来る。卓球のルールをちゃんと理解しているのかいと問うと、似たような球技の漫画である程度は把握していると自信満々に答える彼女。確証は無いがきっとそれはテニスの漫画であり、その中で繰り広げられているのはテニスでは無いのだろう。
「でもボールを返す時の動きのキレは良いと思う」
「相手を倒したいという想いが私をパワーアップさせたのかもしれません」
「物理的に倒そうとしないでよ……」
ボールの方向こそ違うものの、俺の打ったボールに対し空振りすることは無かったし、返す威力もそれなりに出ていた。二年生の秋に卓球部に入る事が果たして可能なのかはさておいて、きちんとコートに入れることができるなら素質はあるのではないかと真面目にやらない彼女の卓球にしばらく付き合う。
「そろそろ私にもサービスエースをさせてください」
「サーブはちゃんと一回自分のコートで跳ねさせないと駄目だよ。テニスとは違うんだからね」
自分が真面目にやらないのが悪いのに続かないラリーに業を煮やした彼女が俺からボールを奪い取り、真正面に立ったままボールを上に投げる。あの構えはバックハンド、それもかなりラケットが傾いている、サーブが決まれば非常に回転のかかった、彼女の性格をよく表現するようなものになるだろう。
「これが私の全力ぜんか……ぐほぉ!」
バックサーブには弱点がある。身体を横向きにして行うことの多いフォアサーブと違い、真正面にして利き手をクロスさせて打つバックサーブは肘とかを卓球台にぶつけやすいという、物理的な弱点が。ネットにぶつかってコロコロと転がり地面にボールが落ちると共に、彼女もまた崩れ落ちるのであった。K.O。