こうしてヒーローはフラグを保留した
「アタシはそんな……」
「どう考えても好きでしょ、彼の事」
放課後のゲームセンターはそこそこ人がいるはずなのだが、美蘭の発言により結界でも形成されたかのように辺りには静寂が漂う。こっそり話を聞いている立場上彼女達の表情を見ることは難しいが、美蘭はこの質問をするのが怖かったのか、かなり震えているようだった。
「質の悪いチンピラにナンパされているところを助けて貰うなんて漫画の冒頭のような展開、乙女が惚れないはずがないわ。私の立場だったら惚れてストーカーになるわ。こないだ読んだ小説でもヒロインがストーカーになっていたわ。同じ学校に来たのもそれが理由なんじゃなくて?」
「それは違うっすよ……アタシそこそこお嬢様っすから、あの時既に推薦でこの高校入るのは決まってたんす。……アタシのせいで不愉快なんすよね? ごめんなさい、今後はあんまり近づかないようにするっす。そろそろ帰るっす、アニキによろしく言っといてくれっす」
「待って」
天王寺さんがこの高校に入ったことすら恋愛感情とこじつけようとする美蘭に、天王寺さんは困りながらも否定するが、肝心の恋愛感情自体は否定していない。ペコリと頭を下げてそこから去ろうとする天王寺さんの手を美蘭が掴み、強引にベンチに戻らせる。
「……私達、好き合って無いの」
「……? 付き合ってるんすよね?」
「付き合っているけど好き合って無いの。彼……ヒーローさんは、馬鹿だけど喧嘩が強いから、学校で私を守ってくれるんです。ヒーローさんが私を好きな訳でも、私がヒーローさんを好きな訳でも無い。ただの契約カップルなんです」
「れ、令和っすね……」
そのまま自分達の関係を暴露する彼女。語るにつれて、声色も、口調も普段の彼女のモノへと戻っていく。そんな理由で付き合うカップルがいるなんて信じられなかったらしく、天王寺さんは随分驚いた様子だがそういう時代なのだろうとそれを受け入れる。
「だから、私は学校生活が無事に送れればそれでいいんです。ヒーローさんが放課後に誰とデートしてようが、誰とヤってようが、学校では私の騎士様としてクラスメイトを睨みつけて、私を女王様にしてくれればいいんです。そこまでヒーローさんを束縛する権利、私にはありませんから。だから、私に遠慮する必要なんて無いんです。二人がここで再開したのはきっと運命なんですから、すぐにでも告白するべきです」
自分が男に守られながら学生生活を送っているという恥ずかしい事実を打ち明けてまで天王寺さんと俺が付き合うように仕向けようとするのは、彼女なりに後ろめたさがあったからなのだろう。彼女の勇気を無駄にしないためにも、彼女の提案を受け入れるべきなのだろうと、学校では美蘭の彼氏として振舞い、放課後は天王寺さんの彼氏として振舞う充実した学生生活を想像する。いいじゃないか、公認二股生活も……とノリ気になっていたのだが、美蘭の提案を聞いていた天王寺さんの笑い声にそんな妄想は掻き消される。
「ふ、ふふふっ……あ、アネゴ、漫画とかの読みすぎっすよ」
「な、何ですって!? アニキとかアネゴとか言ってる人に言われたくないわよ!」
いつだったか俺に言った言葉を自分も受ける羽目になり、顔は見えないが多分赤面しているであろう美蘭。ヒーロー物ばかり見ている俺と、満遍なく見ているであろう美蘭と、恐らくはヤンキー物とか格闘技物とかを見ているであろう天王寺さん。果たしてどれが一番マシなのかなんて答えの無い問題を解く中、
「アタシ別にアニキの事好きじゃないっすよ。大体アタシとアニキ、会うの3回目っすよ? 内面だって全然知らないのに、そんなんで付き合うなんておかしいっすよ。一目惚れなんてのは頭の緩い恋愛脳のするもんす。そんなんだから喧嘩強い男カッコいいなんて付き合って暴力振るわれるアホな女が後を絶たないんす」
「ぐ、ぐふっ……」
サラッと天王寺さんにフラれてしまい心の中でダメージを受ける。口調こそ子分キャラだが、彼女は結構辛辣な性格をしているらしい。会うの3回目どころか、会ってすぐに付き合うことになった、天王寺さんからすればおかしすぎる美蘭もダメージを受けたのか、口でダメージを表現しつつ項垂れる。
「そりゃアニキに助けて貰った時はカッコいいって思いましたし、アニキに憧れて自分を変えましたけど、結局今までの自分が駄目だったのって、受け身だったからだと思うんす。親や教師の言う事を聞いておけばいい、素敵な相手もそのうち自分の前に現れてくれる……そんな考えで生きていて実際に目の前に現れたのはチンケなナンパ野郎共だったっす。たまたまアニキに助けられましたけど、それでアニキ格好いい付き合いたいなんて、それじゃ何も変わらない気がするんすよ。だからアタシはもっと自分で考えて行動して、納得いく選択をしたいんす。今のアタシは昔より充実してるっすよ、アニキなんて必要ないんす」
「……強いのね」
中学時代から生き方を変えなかった結果友人を失った美蘭と、中学時代から生き方を変えた結果友人を失った天王寺さん。似たような境遇でありながらも前者と後者では自主的に行動したかについて大きな違いがある。人としての格の違いを見せつけられてしまったように感じたのか更に落ち込む美蘭に、まだまだアタシも訓練中なんすと言いながらベンチから立ち上がる。
「それにアタシの目には、二人は好き合っていないようには見えないっすよ? アニキだって男なんすから、好きでもない子と一緒にいたりしないと思うんす。本当は相性ピッタリなんじゃないっすか?」
「私達はそんな……」
「二人のやり取り、夫婦漫才って感じでしたよ? 久々に会ってアタシも舞い上がって今日も遊びについてきましたけど、別にそれだけっす。明日からはただの先輩後輩っす。そろそろ本当に帰るっす、それじゃ」
気まずいながらも一応は決着のついたやり取りの後、天王寺さんはそのままゲームセンターを出て行ってしまう。その途中、すっかり気分の滅入ってしまった美蘭には聞こえたのかわからないが、
「ま、もう少しタイミングが早かったら、どうなるかわからなかったっすけどね」
そんな天王寺さんの悲しそうな呟きを、俺は確かに聞いてしまった。缶コーヒーを2つ買い、天王寺さんの代わりに俯いたままの美蘭の隣に座り、1つを渡して缶を開け、早々に一気飲みしてゴミ箱へと投げ入れる。
「……いつから聞いてたんですか」
「何のことだ? 天王寺さん帰っちゃったのか?」
受け取った缶コーヒーをコクコクと飲みながら、盗み聞きを咎める彼女。とぼける俺だが、彼女の目からポロポロと涙が出てきて缶コーヒーの味変をしていることに気づきハンカチを取り出す。
「わ、私、最低です……あんないい子に嫉妬して、邪魔をして……」
「いい子だったし強い子だったな。フラれちまった」
「そんなの、強がりに決まってますよ。本当はヒーローさんの事が好きなんです。例え今は好きじゃなくても、ある程度一緒にいれば好きになるに決まってるんです。だってヒーローさん、ヒーローオタクなのに、喧嘩も強いし、ヒーローオタクなのに、世話焼きだし、ヒーローオタクなのに……」
「……」
ハンカチでぐしゃぐしゃと目をこすりながら、天王寺さんは嘘をついていると指摘する彼女。最後の呟きを聞いてしまった身としては、それを否定することも出来ず彼女が泣き止むのを待っていたのだが、色々と吹っ切れたようで彼女も残った缶コーヒーを一気に飲み、勝手に人のハンカチを空き缶の中に捻じ込んでゴミ箱へと投げ入れる。分別しろ。
「私、ちゃんと友達作って、ヒーローさんと別れます。そしたらヒーローさんはあの子と付き合えて、それで全てがうまくいくんです。だからもう少しの間、よろしくお願いしますね。さよなら!」
そしてこの純粋では無い恋愛契約をどう終わらせるかについて語った後、俺を置いて彼女もまたゲームセンターを出て行ってしまった。後に取り残された俺は、
「俺の気持ちは完全無視かよ」
女の子達に振り回されるやれやれ系主人公を気取り、飲み足りないのでもう1本缶コーヒーを買いに自販機へと向かうのだった。




