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こうしてヒーローはパンツを見なかった

「ヒーローは~正義の~味方~♪」


 お風呂で恥ずかしいフレーズを歌う俺。上機嫌の理由は勿論助けたあの子の存在だ。客観的に見れば俺は男三人に暴行をしたゴミクズでしかない。美蘭の言う通り、現実とフィクションの区別がつかないキモオタなのだ。それでもあの子が感謝してくれるなら、自分のやったことは間違いじゃないと自信が持てる。大人しい清楚な子がヤンキーになってしまったのも、あの子の活き活きとした表情を見るに間違っていないのだろう。一人でも味方がいる限り、ヒーローはヒーローでいられるのだ。


「ふぁ……おはよ……」

「……」


 上機嫌なままヒーローアニメを夜遅くまで見たせいで翌日は遅刻ギリギリとなってしまい、寝ぼけ眼で教室に向かうと美蘭は寝たフリをするわけでもなく自分の机でぼーっとしていた。昨日は彼女から特にSNSのメッセージは来なかったが、彼女も深夜アニメを見ていたのだろうか。


「……」

「……」


 ずっと無言だった彼女と共に午前中の授業を終え、いつものように空き部室へ向かう。しかし先導する彼女は気分転換でもしたいのかいつもとは全然違うルートを歩き始めたため、お弁当を広げるのが少し遅くなってしまった。


「……♪」

「……」


 まだ余韻が残っているようで自然と鼻歌を歌いながらお弁当を食べ終える。いつもは美蘭が色々喋って来るのでそれに対応しながらの昼食だったが、この日の彼女はひょっとすると女の子の日で体調が悪いのだろうか、無言でもしゃもしゃとご飯を食べるのですぐに食べ終えてしまった。


「ごちそうさま」

「お粗末様でした。ところでパンツ見ませんか?」


 空になったお弁当箱を彼女に渡すと、この日は食後のデザートも用意されていたらしく立ち上がった彼女はスカートのすそを持って下着を見せようとしてくる。折角なので頂こうかな。


「……ごめん。意味が分からない」

「パンツ見たくないんですか?」

「それより意味不明過ぎて脳がバグってるんだよ」


 流されるままにパンツを見ようとしたが、すんでのところで冷静になってスカートをたくし上げようとする彼女を止める。彼女も突然痴女になった訳では無いらしく、スカートを持つ手は震えており顔も真っ赤だ。


「女の子の! パンツを! 見たくないんですか! 上の方がいいってことですか!」

「ここが空き部室だからって大声で言うような内容では無いよ。何があったのさ」

「う、うう……あの女が……」

「クラスメイトに何かされたの? 暴力は無理だけど、ちょっとにこやかにお願いくらいなら出来るから」


 痴女になった訳でもない彼女が自発的に下着を見せようとすることに理由があるとすれば、何か俺に頼み事があるのだろう。スカートから手を離した彼女はポロポロと涙を流し始める。


「……昨日会ったあの女に、ヒーローさん奪われちゃう」

「昨日会った? ああ、あの助けた子のこと?」

「ナンパされたところを助けられて、しかも同じ学校だなんて、どう考えてもメインヒロインですよ。少女漫画なら私は物語開始時点に付き合っているだけのかませヒロインですよ。まだ私、ヒーローさん無しじゃ学校に行けない……だから純潔を捧げるしか無いんです」


 どうやら彼女は昨日会ったあの少女に俺が奪われると焦っているらしい。確かに俺達の関係は恋人とはいっても恋愛感情により結びついた高尚なものでは無く、彼女の平穏な学生生活を守るための偽りのものだ。何度もデートはしているしSNSでのやりとりだって頻繁にやってはいるが、それはお互い友達がいないから。彼女は俺に恋愛感情を抱いている訳では無いだろうし、俺も彼女と一緒に行動するうちに同情心は芽生えているが、愛があるかと言われると難しいところだ。そんな時に、明確に俺を慕っているであろう少女が出てきたのだから彼女からすれば自分の立場が怪しくなると考えるのも仕方がないことなのだろう。


「落ち着きなよ。確かに賭けに負けて無理矢理付き合った形だけどさ、俺も友達いないから、美蘭の孤独も理解してるつもりだよ。美蘭以外の知り合いが出来そうだからってすぐに離れるようなヒーローに見えるのかい?」

「……でも、あの女が告白してきたら、どうするんですか? 友達のいない陰険女を守るなんて理由で、あの女の恋愛感情を蔑ろにするんですか?」

「それは……向こうが俺の事を好きだって決まった訳じゃないし。俺達名前も知らないし、ほぼ初対面だよ」

「向こうはヒーローさんの喧嘩姿に憧れてヤンキーになるくらい心酔してるんですよ?」

「……」


 そんな簡単に彼女を捨てたりしないと宥めるが、真顔になった彼女の問いかけにはっきりと答えることができない。あの子俺のこと好きなのかなぁ、なんて昨日の晩に考えたのも確かだ。


「それに……どう考えてもあの子の方が私より可愛いじゃないですか。売れないグラビアアイドルは限界まで脱ぐしかないんですよ」

「そんなに自分を卑下するもんじゃないよ」

「下の上って言った癖に」

「……」


 自分を売れないグラビアアイドルと、自己評価が高いのか低いのかよくわからない例えをしながら泣きじゃくり、シャツのボタンを外そうとしたので制止する。客観的には美蘭よりもあの子の方が可愛いのは確かだ、髪型や印象は大きく変わってしまったが、なんせナンパをされているくらいなのだから。


「あの子もナンパされた。美蘭も俺にナンパされた。つまりイーブン。ささ、そろそろお昼休憩も終わるし教室に帰ろう」


 涙を拭くためにポケットティッシュを渡して、空き部室を出て教室に戻ろうとするが、普段の道を歩こうとすると後ろから美蘭に腕を掴まれてこっちだと行きに使った遠回りな道を歩かされる。行きの時は理由がわからなかったが、あの子のいる一年生の廊下に行って出会うのを避けているのだと今になって理解した。


「おい、お前下級生に告白されてんじゃん」

「人のスマホ見るなよ」

「隣のクラスの子と付き合ってただろ? どうすんだ?」

「中学の頃から付き合ってるけど、正直飽きて来たんだよなぁ~ 後輩の方がおっぱい大きいし乗り換えるかな~」

「おっしゃ隣のクラスに言いふらして来る」

「冗談だ冗談」


 5時間目の休憩時間。近くで談笑していた男子のうち1人が、別の男子のスマホを勝手に覗いてタイムリーな話題を提供し、寝たフリをしていた美蘭をビクンと痙攣させる。幸いにも乗り換えるなんて流れにはならなかったが、寝たフリをしながらカタカタと震えていた美蘭は、立ち上がって死にそうな顔でフラフラと教室の外に出てしまい、『保健室で休みます』なんてメッセージを俺に送って6時間目の授業にはやって来なかった。恋愛感情が無いのに俺に捨てられることをあそこまで恐れるあたり、俺と一緒にいる時は明るく振舞う場面も多かったが、内心は常に孤独を恐れていたのだろう。少し浮かれていたな、と反省しつつ、戻って来ない彼女の分も掃除をして、ゴミ袋を持って焼却炉へ向かう。


「あ、アニキ。お疲れ様です、持ちます持ちます」


 運命の神様とやらはメインヒロインと俺をくっつけたいらしく、焼却炉の方から自分の分のゴミ出しを終えたであろうあの少女が俺を見つけて、ニコニコと駆け寄って来てゴミ袋を1つ奪い取る。


「……竜胆一色」

「アニキの本名っすか? ヒーローなんてカッコいい名前っすね! アタシは天王寺穂香てんのうじ・ほのかっす!」

「天王寺さんね。一応言っておくけど、昨日俺の横にいた子、彼女だから。俺を慕ってくれるのは嬉しいけど、出来ればあんまり近寄らないで貰えるかな。嫉妬深い彼女なもんで」


 一緒にゴミ出しをしながらお互い自己紹介をし、彼女がいるからあまり近づかないで欲しいとすぐに天王寺さんを突き放す。自意識過剰かもしれないが、天王寺さんが俺に好意を持っているのだとしたらこの発言はかなりダメージを受けるだろうしと、言い終わった俺は目の前の彼女の表情を見ないように顔を逸らした。


「人を勝手に嫉妬深い女にしないでください」

「うおっ……い、いたのか」

「あ……彼女さんっすか? アタシは天王寺穂香っす」


 顔を逸らした先には美蘭がこちらを冷めた目で見つめており、狂暴なヤンキーという設定にそぐわない情けない声を上げてしまう。天王寺さんは特にダメージを受けていないような表情と声色で、美蘭に自己紹介をしてペコリと頭を下げる。


「松葉美蘭……天王寺さん、放課後は暇?」

「部活に入ろうか迷ってるっすけど、今は帰宅部っす」

「そう。それじゃあ3人でゲームセンターで遊ばない?」


 そんな礼儀正しい恋敵? に対し美蘭は、何を考えているのか一緒にゲームセンターで遊ぼうと天王寺さんを誘うのだった。

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