こうしてヒーローはショーを見に行った
「……やったー!」
夏休み直前、貼り出された順位表を見て美蘭はテンションが高くなり、周りの目も気にせずに俺とハイタッチをしようとする。今更な話ではあるが、彼女の身長は155㎝、俺は175㎝とそこそこ差があるので俺はハイタッチでは無く普通のタッチをしようとしたのだが、彼女のプライドがそれを許さないらしくぴょんぴょんジャンプして無理矢理ハイタッチをする。
「サボりと不登校が補習回避しちゃったら、益々周囲の反感を食らいそうだけどね……」
クラスメイトのノートの力でめでたく二人ともギリギリではあるが補習を回避することが出来た。勿論喜ばしいことではあるが、落ち込んでいる人からすれば他人が喜ぶ姿は苛立つだけだ。俺達がやる気を出して学校に復帰したせいで補習になってしまった人達から逃れるように教室に戻り、終業式が終わればすぐに帰れるように支度をする。
「今年の夏休みどうする?」
「海行こうよ海」
「あ、じゃあ終わったらファミレスで色々相談しようよ。適当に男子も呼んでおくから」
教室の一角ではカースト上位の女子が夏休みの予定について話し合っており、遊び相手としてそれなりの男子が誘われて行く。きっと夏休みが明ける頃には、カップルが出来ていることだろう。
「あー補習マジしんど……」
「お前も補習か。俺もギリギリアウトだったよ。お前は?」
「最下位から数えた方が早い!」
「ははは……しょうがねえな、少しは手伝ってやるよ」
不幸にも補習になってしまった、それも片方は俺達のせいで補習になってしまったクラスメイトも、それがきっかけでいい感じになりそうなムードを醸し出している。罪悪感から心の中で応援しつつ、同じようにすぐに帰れるように荷物をまとめている彼女を見やる。
「何ですか?」
「何でもないよ」
複雑な関係ではあるが一応は彼氏なのだから、夏休みどうするか、なんて話をしようとしたのだが辞めた。彼女は学校での立ち位置のために俺を彼氏役として任命したのだ。学校に行く必要の無い夏休み中は、恋人関係も一時解消といったところだろう。終業式を受け、ホームルームを終え、クラスメイト達が盛り上がりながらそれぞれの思い出を作るために教室を出ていく中、無言で学校を出る俺と、無言でついてくる彼女。
「それじゃまた。ちゃんと9月には学校に来るんだよ」
「はい」
駅の近くで彼女にそう言って別れ、自分の家に戻り夏休みの計画を練る。今は写させてくれるような友達もいないし、美蘭に至っては俺のを写そうとする気がするから、少しずつでも宿題はやらないといけないな、とか、暇なんだし短期バイトでもやるかな、とか、そんな事を考えているうちにスマホが鳴る。
『宿題は半分ずつやりましょう。そして二人で写しましょう』
『真面目にやらないと次のテストとかで泣きを見るよ』
それは美蘭からのLUNEだった。お互い暇だからかそれなりの頻度でスマホ越しの会話を繰り返していくうちに時は経ち、気が付けば夏休みも4分の1が終わり、8月に突入していた。
『ヒーローさんは行きたいところとかないんですか』
『特に思いつかないなぁ』
『一人で行くのが恥ずかしいなら、特別についていってあげますよ。彼女ですし。恩がありますし』
『ずっと家にこもって暇なの? バイトでもしたら? 案外楽しいよ、引っ越し業者』
『働いたら負けです』
てっきり美蘭は平気で何ヶ月も引きこもって趣味に没頭できるタイプだと思っていたのだが、人恋しいのか回りくどい言い方でデートのお誘いをかけてくる。とはいえいきなり言われても何も考えていなかったのですぐに誘うことは出来ず、彼女の好みに合わせるべきなのか、それとも彼女の言葉をそのまま受け止めて俺の好みに合わせるべきなのか、そんなことを考えながら短期バイトで大量の段ボールを運ぶ。その帰り道、プール施設の入り口で、俺にとっては一際輝くイベントのポスターが目についた。
『というわけで、プールでヒーローショーを見たいんだよ』
『確かにヒーローさんの行きたいところについていってあげますよって言いましたけど! 限度ってもんがあるでしょう! 高校生が! ヒーローショーって! しかも夏休みのプールなんて! 魔窟ですよ! 水着も着ないといけないじゃないですか!』
『ごめん、流石に難易度高かったよね。美蘭ならギリギリ小学生で通るかなと思って、お兄さんとして自然に参加できるかなって』
『通るわけ無いでしょう! 私を舐めないでください! いいですよ、女に二言はありません! ただし時間をください、イベントの最終日はいつですか?』
大半の客は小学校低学年であろう、俺ですら恥ずかしくなって中学生になってからは見ることが出来なかったヒーローショー。ついていってくれるという彼女に甘えて提案をしてみると戸惑いながらも了承してくれたので、恋人とのデートよりも久々のヒーローショーを楽しみにするという彼氏としては問題のあるモチベーションで日々を過ごす。当日に現地集合して中に入り、ささっと海パンに着替えて彼女を待っていると、モジモジとしながらワンピース型の水着に身を包んだ彼女がやってきた。
「……痩せた?」
「痩せましたよ、水着で人前に出るんですからね、そりゃあ痩せますよ」
「別に元々太って無かったでしょ、健康に悪いよ」
「女の子はそういうものなんですよ……ヒーローさんはマッチョですね……ヒーローって、もっとスラっとして華麗なアクションで敵を倒すもんじゃないんですか?」
「所詮あれはテレビさ。身体を鍛えていたら、力を欲していたら自然にこうなっちゃうんだ」
彼女はこの日までずっとダイエットに励んでいたらしく、制服姿から水着姿になっているということもあるが、目に見えて細くなっていた。女の子も大変だなぁと思いつつ、逆に彼女にまじまじと身体を見られて恥ずかしくなってしまう。ヒーローになるために身体を鍛えた結果自然に筋肉質になってしまい、どちらかと言うと脳筋タイプの悪役っぽい見た目になってしまったことはずっと気にしていたのだ。生理という都合のいい概念を武器に水泳の授業をサボりまくっていたせいで日本の高校生とは思えないくらい泳ぎの下手な彼女に水泳の補習を実施したり、海?の家でご飯を食べながら、無理なダイエットは良くないよ、心配しなくてももう水着を着ないので明日からは毎日がチートデイですなんて会話をしたり、プールで時間を潰しつつ、小学生の男子と親が9割くらいを占めているヒーローショーの観客席に座りスマホカメラを構える。
「何をそんなにキョロキョロしてるのさ」
「私は見張りですよ。もしここに学校の人達がいたら、ヒーローさんがただの空想と現実の区別のつかないヒーローオタクだってバレてしまい、私の安定した学園生活は崩壊するんですから」
「気にしすぎだって。その時は美蘭がヒーローオタクで、俺はそれに付き合ってやっている心優しい凶悪なヤンキーってことにすればいいさ」
「私の評価が下がる一方じゃないですか……何ですか心優しい凶悪なヤンキーって……」
恥ずかしさから周囲を気にする美蘭であったが、最近のヒーロー物は大きなお友達も楽しめるように出来ている。いざ始まると無言でショーを食い入るように見る彼女。周りの小学生が頑張れと応援する中、流石に大声を出して応援することは出来なかったが、代わりに隣で集中してショーを見ている彼女の横顔を折角だしと写真に収めて、心の中でヒーローを全力で応援するのだった。