011 ブサメンとお食事
「…なぁニンゲン、ところで甘い物って有るのか?」
「有りますよ、冊子の後ろの方の…ここからここまでは甘い物です」
「…こんなに…選べないな」
「どうせですし一番高い物を選ばれてはどうでしょうか?」
フムフムと彼女は考える素振りを見せる。
「コレとコレが一番高いのか…これ等は何が違う?」
「そうですねぇ、こちらは甘めでこちらは少し大人向けの味付けになっていると思います」
「…ゴブリンは甘い物が大好きなんだ、私も例外ではない。どっちもと言うのは…ダメか?私のいた世界では基本的に甘い菓子と言うのは銀貨単位での支払いになる、私は十枚も金貨を出したんだし、検討しては貰えないだろうか?」
どっちも食べたいのか、食いしん坊さんめ。
「どうぞ、存分にご堪能下さい」
注文が決まった。
彼女はアンガスステーキ150gと大粒ホタテのベーコン巻グリルのサラダプレート、グラス白ワインとハイボール、キャラメルナッツブリュレパフェと栗とほうじ茶ブリュレパフェ。
俺は和牛サーロイン225gとシェフの気まぐれサラダ、デキャンタの赤ワイン、栗とほうじ茶ブリュレパフェだ。
ボタンを押してウェイターを召喚、オーダーを通す。
「…所で気になったことがるんだが?」
「何でしょうか?俺に答えられる範囲であれば是非聞いて下さい」
「…最初にあった時、何故私をエルフだと思ったんだ?こちらの世界のエルフはそんなに醜いのか?」
「こちらの世界ではエルフは創作にのみ登場する、つまり存在して居ないのですが、どの創作でも美形として描かれる物でして…貴方はあまりにも可憐で耳が長かったからてっきりエルフかと」
彼女が体を仰け反らせてヒヒヒ笑い声を上げる。
「アッハッハッハ!超ウケる。可憐だぁ?何処が可憐なんだ?是非とも教えてくれないか?」
前半は本気で笑っていたようだ。しかし後半はかなり殺気立っている。これは選択を間違えれば乱闘コース一直線だ。美味しいご飯が台無しになってしまう、ワードのチョイスが重要だ。
「体に対してコンパクトに纏まった顔、大きな目、シミやニキビ一つない綺麗な肌、スッと通った鼻筋、形良く薄い唇、凹凸のある体系…挙げるとキリが有りませんね」
そう言うと彼女はテーブルに視線を落として呟く。
「そんなにボロクソに言って楽しいか?どれもこれも汚点じゃないか…蔑まれこそすれ誇れるような物じゃない…ニンゲン、貴様は本当に嫌味な奴だな。お前は私がエルフだと言ったな、こんな貧相で醜いエルフが居るものか」
「ではこちらからも聞きたいのですが、そちらの世界のエルフとはどのような容姿をしているのでしょうか?」
そうだったな、と彼女は呟いて言葉を続ける。
「…ギョロリと左右に分かれた小さく厚ぼったい一重の瞳、大きく上を向いた高貴な鼻、広がった愛らしい口、不揃いでワイルドな歯、豊満で胴も胸も尻も等しく肥えた身体つき…これも挙げたらキリがないな…貴様に合った時は驚いたぞ、耳を見るまでは年若いエルフだと思ったくらいだ。それだけ優れた容姿でまさか人間だとはな」
疑念が確信へと変わった。そういう事ね、確かに俺が望んだ世界へと魔法とやらは導いてくれたんだ。イリス神よ、ありがとう。
意を決して口を開く。
「どうもこちらの世界とそちらの世界では容姿に関しては美醜感が逆転しているみたいですね」
彼女はえっ?マジで?みたいな顔をして言葉を紡ぎ出す。
「何を馬鹿な事を!そんな事有るものか!ゴブリンが美しい世界なんてあってたまるものか!」
彼女は立ち上がり声を荒げ怒鳴る、居合わせた客の誰も彼もがこちらを凝視してくる。
彼女の言い分も最もだ、世界を渡るとて染みついた価値観は中々拭い去れない物だ。
だが少なくともこちらの世界は彼女にとって優しい世界であるはずだ、飯は美味いし容姿で蔑まれる事はまず無いだろう。
だが俺が彼女にしてやれることは少ない。美味しいご飯を食べて貰って少しでも気分が良くなる様に祈ろう。
お酒と料理が運ばれて来た。
「いただきます」
「それは何だ?食前の祈りか?」
「そうだよ。この世の何処かにまします至高の創世神へ、料理の素材となった命に、作った人への感謝の気持ちを込めて祈るんだ。貴女もすると良い」
「イタダキマス…?」
彼女がいただきますを唱えたのを確認し、デキャンタから赤ワインをグラスへと注ぐ。カットされたステーキを一切れフォークで刺し口に運び咀嚼し飲み込む、そして赤ワインをあおる。
ペット焼酎のような安酒以外を口にするのは何年ぶりだろうか、和牛を食べるのはいつ以来だろうか、思えば子供の頃、義務教育の時分、旅行の時にステーキ専門店で食べた以来だろうか。誰かと食事を摂るのはいつ以来だろうか。ブラック会社で無理矢理パワハラで参加させられた飲み会以来だろうか。
ポロリと涙が目から溢れ吹き出物とニキビ跡まみれの頬を伝って髭に落ちていく。
俯いて涙を隠し、袖で顔を拭う
「旨い…」
ベーコンで巻き焼かれたホタテを口にし、呆然とした彼女が呟く。そりゃそうだ、良い値段がするんだ。
彼女はハイボールのジョッキを掴むと三分の一ほど飲み干すとビクリと体を震わせる。
「何だコレ、凄いシュワシュワするっ!」
炭酸だからな、でもエール飲んだことあるようなこと言ってたしエールって炭酸じゃないのか?もしくは微炭酸なのだろうか、謎だ。
そうして彼女はサラダに取り掛かる、煎り砕かれたピーナッツがドレッシングと共に葉野菜に掛けられている。
野菜をフォークで刺し、モリモリと食べ進める。程なくして野菜終了のお知らせ。
そして白ワインを口へ運びグラスを傾ける。
「白いワインを飲んだのは初めてだが随分と甘さが抑えてあるんだな」
「たしかに昔のワインは随分甘いようですからね」
「が、これはこれで悪くない。辛口だが飲みやすい」
気に入ってもらえたようで何よりだ。さあ、最後はメインディッシュのステーキだ。
彼女がごくりと唾を飲む、メインの牛のステーキだ。
疑うのも無理はない、牛は財産だ、アフリカなんかじゃ今でもそうだ。昔は牛と言えば年老いて乳を出さなくなった牛や加齢で農作業に使う事の出来なくなった牛しか出回らなかっただろう。食用の牛や子牛なんて特権階級の食べ物だ。
恐る恐るフォークをステーキに刺し、目を瞑りながら口にする。何度も何度もよく噛んでそれを飲み込む。
そして呟く。
「ダメだな…」
やはり牛はお口に合わなかったのだろうか、ひょっとして夕飯代金返却を求められてしまうのだろうか。やめてくれ…懐が寂しくなってしまう。やめてくれ。やめろ。
「完敗だよ、食ってみて不味かったといってゴネようかとも思ったがそんな気は今さっき失せた。金貨は返さなくていい…」
お口に合ったようで何よりだ、アンガスのサーロインでこれなんだから和牛のシャトーブリアンなんか食べた日には他の肉を食べられなくなるだろう。
その和牛のサーロイン、俺は今まさに楽しんでおります。コレ、大変美味しゅうございます。
二人でステーキを存分に楽しんだ後、お待ちかねのスイーツタイム。
スイーツが運ばれてくる。
彼女はパフェ二種類、俺は栗とほうじ茶ブリュレパフェだ。
彼女は飾られたチョコレートを、俺は甘く煮られた栗を、それぞれ口に運ぶ。
二人は幸せに身を捩らせる。次は本命。パリパリに炙られた表面の焼けたカラメルの層とカスタードクリームを口へと運ぶ。
魂が洗われるようだ。至高の時間。
生活保護を受けるようになってからは甘いものと言えば精々紅茶に入れる砂糖と食べ放題の店で偶に出されているフルーツくらいだった。
それが今やどうだ、異能の力を宿し怖いものなどまるで無い。あの女神様に乾杯だ。心の中で感謝を捧げながら手酌でグラスにワインを注ぎ碌に味わわずに一気に飲み込む。
思えば苦節三十八年、試練の時だったのかもしれない、自ら命を絶とうと真剣に毎日考えていた。そして俺は勝った。
自称ゴブリン族の美少女と会話しながらファミレスでパフェなどパクついている。
こんなに幸せで良いのだろうか。いや、今までが不幸すぎたのだ。
パフェを食べ終わりしばし雑談と洒落込む、食べるものは無くなったが、未だお互いに飲み物は残っている。